6-7
「じつは、酒に酔って言うんじゃないですけど、この話は社長の腹に納めておいてくれますか」
「ああいいよ。……何だい、そんなに難しい話なのか?」
「先週の日曜に紀子さんと見合いをしたじゃないですか」
「ああ。それがどうかしたのか」
「中華を食べたあと、紀子さんとふたりになっていろんな話をしていたときに、私は本心を打ち明けてしまったのです――結婚する気持がないと」
「ほう。そいで?」
「すると紀子さんは、『……わかりました、立場上あなたからはこの話を断わりにくいでしょうから、私のほうから断わるようにします』と気を遣って言ってくれたんです」
「そういうことだったのか――」
江端は、ぐい飲みの酒を一気に呷った。
「すいません」頭を下げた。
「いいんだよ。こういった話は、傍が思うほどそう簡単にまとまるもんじゃない。俺もこの歳になるまでに数多く世話をしたことがあるが、うまくいったのはほんの数えるほどしかない。男と女の間に繋げられた糸は誰にも見ることができないんだ。そんなことは百も承知だ。安心していいよ、俺と弘さんの約束だ」
ふたりは改めてぐい飲みを合わせた。鈍い音がした。
しばらく世間話をしながら酒を二、三度追加した。ふたりとも結構いい気分になってきた。いつもとは違う酔い方のような気がしてならなかった。
「弘さん」
「何でしょう?」
「いや何でもない」
江端は咽喉まで出ていた――あの夜のことが頭のどこかに引っ掛かっている。だが正面切って訊ねることができなかった。
客が増えはじめた。しかしどの客もわきまえているのか、耳障りな会話は聞こえてこない。
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