6-8

「日本酒はいいね。どことなくまわり方に角がないよね」

 江端は多少呂律がもどかしかったが、見る限りでは上機嫌の部類であった。

「やはり社長もそう思います?」

「ああ、飲み相手がいいせいもあってね」

「その言葉、まともに受け取ってもいいんでしょうか」

 弘蔵は、はじらいを含んだ笑みを浮かべて訊ねた。

「俺って、そんなにひとを持ち上げる性格に見えるかい? 本当に弘さんと飲んでるときがいちばんリラックスできるよ」

「私もそうなんです。このところよく誘って頂けるので嬉しく思ってます。

私も酒が嫌いなほうじゃないので、偶にはどこかに出かけようと思うんですが、

ひとりで飲みに行っても重ッ苦しいばっかで、ちっとも酒の味なんかわかりゃしないですよ。

 でも、こうやって社長と一緒に仕事の話や女の話をしてると、憂さなんてどっかに消えてしまいますよ」

 弘蔵はいつも以上に饒舌だった。江端は首を立てに振りながらただ黙って聞いている。

 じつは他のことを考えていた。酒がもたらした気怠く甘い時間を切っ掛けにして、例のことを確かめたいと思っているのだが、どうしても口からその言葉が出て来ない。

 遠慮や気兼ねをしているわけではないのに、思うようにならなかった。ある意味、弘蔵の見えないちからに抑圧されているようにも取れた。

 結局、この日もそのことを確かめることはできなかった。

 江端は家に帰って、なぜそれほど自分は執拗に弘蔵のことを究明したいのだろうと自問する。

 ただの興味本位か、それとも雇用者のすべてを知っておきたいという雇用主の責任からくるものか説明のしようがなかった。


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