八の話 交通事故

 夕方近くになって史江のもとに一本の電話が入った。

 電話に出た史江の顔が一瞬にして凍りついた。

 立ったままで聞ける話の内容じゃなかった。

 しかし、史江は気丈に一部始終を聞こうと必死になって絶えた。

信じ難いものだった。

 電話の先は長野県の警察で、連絡の内容は江端が高速道路で居眠り運転をし、ガードレールを突き抜けて崖下に転落したと事務的な声で言った。

 史江はヒロシをつれて、取るものも取り敢えず収容先の病院に向かった。

ところが病院に着いたとき江端はすでに事切れていた。

 目の前の変わり果てた夫の姿を見ても、史江はすぐには信じられなかった。

 ことの成り行きを掴みきれないヒロシは、母親の手を握ったままで口をへの字にしながら横たわった父親を見詰めている。

「残念ですが、いまから丁度前に息を引き取られました」

 病院の医師は腕時計と史江の顔を交互に見ながらはっきりとした口調で伝えた。

「……」

 それを聞かされた史江は、まだ動揺が醒め切らなくてどう返事を返していいのか逡巡した。

「……一時間前ですか?」

 やっと見つけた言葉がそれだった。

 たった一時間のことで別れの言葉を告げることができなかった……。

 史江はどうしようもないくらいの慙愧に見舞われた。

 あのとき無理にでも引き止めておけばよかったと後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る