(2)

 心が荒んだままの弘蔵は、見知らぬ老人に突然声をかけられて、もし鬱陶しいことでも言われるようだったら、右手一本で殴り倒してやろうと思った。

「そんな怖い顔しなくていいよ、わしは別にわるい人間じゃないから。それよりむしろあんたのちからになろうと思って声をかけたんじゃ」

「俺のちからに?」

「そうさ、あんたはまだ若い。そんな将来のある若者を見ていてわしは思った。あんたの左手が健常だったら、もっと別の人生を歩むことができたのに、現場の事故でそんな躰になってしまった。いや、なったと言うよりもされたと言ったほうがいいかもしれない」

「えっ、何で現場の事故だと知ってるんだ、オッサンは?」

 弘蔵は顔から血の気が退いた。

「さっきの店で話しかけたかったが、あまり他人に聞かれたくないだろうと思って、あんたが店を出るのを待ってた」

 老人は弘蔵の質問をはぐらかすように話した。

「………」

 弘蔵はどう答えていいかわからない。

「もし腕を元に戻して、いままで通りの生活をしたいと思うんだったら、わしの言うことを信じてみることじゃな」

「まさか? そんな夢みたいなこと、誰が信じるもんか」

 弘蔵は自分の躰を見て、揶揄されているとしか思えなかった。

「まあ、信じようと信じまいと好きにすればいい。いまからわしの教える場所に行ってみたらそれもわかる」

 半信半疑のまま老人の教えてくれた場所に行ってみると、弘蔵の眼前にはいままで想像もしなかった世界が拡がっていた。

 それが『人市場』だったのだ。

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