2-6

 しばらくすると今度は、松葉杖を突いた若い男が躰を揺するようにしながら向こうからやって来た。

 よく見ると、その若い男は右の大腿部から下がなかった。

 ところが、もう一度目を凝らして見ると、若い男は紐で縛った大腿部を背中に背負っていた。

 何がどうなっているのか皆目見当がつかない。

 背筋に寒いものが奔るのを覚えた――。

 江端は左右に目を配り、人の気配がなくなったのを確かめると、おもむろに階段の下まで行き、意を決して階段に足をかけて昇りはじめた。

 怖気(おぞけ)が臀の辺りから這うようにしてせり上がってくる。

 三、四十段ほどがとてつもなく長い階段に思えるくらい足がすすまなかった。

 やっとのことで階段を昇り切ると、そこには誰ひとりとして姿がなく、あるのは防犯用の常夜灯が二、三点いているだけだった。

 どの灯りにも煙ったように夏虫が集いている。

 それを捕食しようとするのか、乾いた土色をしたヤモリが、脚の指を目一杯拡げた格好で凝っと壁にへばりついていた。

 ふと灯りに目をやると、巨きな蛾が鱗粉を撒き散らしながら飛翔しているのが目についた。まるで夏の闇を呼び招いているようだった。

 身震いが襲う。江端はそれ以上足を前にすすめる勇気はなかった。

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