参の話 夜市

 あまりの恐怖心にたまらず引き返そうとしたとき、本殿の横のほうから突然人の話し声が聞こえてきた。

 江端は慌てて燈篭の陰に身を寄せる。

 声は段々と大きく聞こえ、やがて闇の中に人の姿が見え隠れしはじめた。

 目を細めてよおく見ると、先ほどの老婆と幼子の姿が薄暗闇の中に浮かび上がった。

 子供の腕はと見ると、意外なことにちゃんと二本ついていて、左のそれは老婆の右手に繋がっている。

 少し離れているので、はっきりとはわからなかったが、老婆の顔にはここに来たときのような血相はなかった。

 ここから見る限りでは、どこにでも見かけるおばあちゃんと孫といった睦まやかな情景だった。

 老婆は、「早くやってもらってよかったね」と幼い子供にいいながら本殿の前まで来ると、軽く綱を揺らして金鼓こんくを鳴らしたあと、二拍手をしてから丁寧に頭を下げた。

 横で幼い子も老婆を真似て小さな掌を二度叩いた。

 江端は小首を傾げた。まるで狐につままれているようだった。

 自分がつい先ほど見た、あの禍々しい光景とはまったく結びつきようがなかったからだ。

 よせばいいのに、これほど恐怖心に苛まれながらも江端は、技術屋の性と言うべき探究心からなのか、どうしてもその事実を確かめたいという気持が頭を擡げてきた。どうしようもないくらいに――。

 ふたりの姿が見えなくなるのを確かめると、江端は跫音を忍ばせるように、老婆たちの現われた反対側から本殿の裏に廻る。

 信じられなかった――

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