伍の話 過去

 ――日曜日の夕方。

 都内のホテルの中華料理店が見合いの席であった。

 この日のことは、妹のこととあって妻の史江がすべてのセッティングをした。

 江端は妻の史江に任せっきりで、ここに着くまでまったく知らなかった。当然弘蔵にも報せていなかった。

 見合いというと大袈裟に聞こえるが、格式ばらない、言ってみれば顔合わせのようなものだった。

 席についたのは当の本人ふたりと、江端夫婦の四人。

 ひとり息子のヒロシは近所の友達のところに頼んで、二、三時間預かってもらうことにした。

 個室は丁度いい広さだったが、中華料理独特の円いテーブルなので鼻を突き合わせるようなことはなく、適当な距離感が自然とお互いを観察しやすくさせた。

 弘蔵は、向かいに黙したまま温順に坐る社長の義妹本人見るのは今日がはじめてで、写真とは随分違って見えた。

 細身で淑やかな身のこなしを見て、好感の持てる女性であると弘蔵は思った。

と同時に、これほどの女性がどうしていままで男が放っておいたのだろうといらぬ詮索をする。ひょっとしたら閑潰しで自分を引っ張り出したのかな、とも思った。

 料理が搬ばれる前に簡単にお互いを紹介する。

 その間、ふたりは目を合わせることはなかった。

 はたから見るとふたりはそれほど一生懸命ではなさそうで、まさに江端夫婦がおせっかいを焼いた引き合わせとしか思えない空気が流れていた。

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