6-4
正直なところ、江端はどこに行ったら自分の頭に浮かべた通りの飲み屋があるのか、まったく不案内だった。
駅のコンコースからは仕事帰りの勤め人が止めどなく吐き出されて来る。
まだ昼間に負けないくらいの明るさが充分に残っていた。
日が落ちれば目に目映いくらいの街のネオンも、まだその華麗さを発揮するにはまだ少し時間が早い。まるで化粧前の女のような街だった。
若者ならいざ知らず、この歳になってチェーン店の居酒屋には入りたくない。
当てもないままのそぞろ歩きの中で、江端は嗅覚に導かれたのか、駅前を避けて一本裏の通りを目指した。
縄のれんの下がった店を見つけ、早速覗いてみると、店内はすでにサラリーマンで満席だった。しかたなく二、三軒先の少し小洒落た、居酒屋でも小料理屋でもない、どちらかといえば和風バーのような店のドアを引いた。
店の中は薄暗かった。開店間際で灯りを押えているわけではなく、元々が照度を落としたまま雰囲気を愉しむ空間のようだった。
大きなL字形のカウンターの他に五つほどテーブルが配してある。
客が利用する時間帯が違うのか、まだ店の中は閑散としていた。
ふたりには少し場違いのような気がしなくもなかった。
若い店主が、黒いバンダナ姿でふたりを迎えた。
誰もいなかったのでカウンターでもよかったが、周りに気兼ねすることなく話ができるので、やはりテーブルせきのほうを択んだ。
「早速だが、弘さん、この間の見合いのことなんだが……」
ビールが来るかこないうちに、江端はやっとのことで口に出したという様子で話しはじめた。
「はあ」
弘蔵は知らぬ振りをしたままで返事をする。
とっくに紀子とは話がついている。そんなこととはつゆ知らず、江端社長は弘蔵に断りを入れるのに一生懸命に言葉を捜している。
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