人市場
zizi
壱の話 工場の町
カーン、キーン、カンカン、キィーン……
どことなく身の引き締まる音が余韻をもって胸に響き渡る。
新幹線の駅から徒歩で十分ほどの場所ではあるが、駅の周辺とはうって変わったこのあたりは、その昔、日がな一日様々な金属の音が絶えることのない一画だった。それくらい町工場が蝟集し、活気に満ち溢れていた時期があった。
ところが、あるとき突然のように襲いかかった不景気という冷ややかな風に圧されて、どの工場も泪ながらに灯りを消して行った。
多くあった中で、かろうじて残ったのは、機械部品を製作する江端工業所を含む二、三の町工場だけだった。
江端工業所がここまで持ち堪えることができたのは、製品の精度は勿論のこと、客先に価格や発注量のことでひと言も不満を洩らさなかった江端社長の人柄がそうさせたといっても過言ではない。
江端製作所はけして大きな会社ではない。
社員十二名ほどの小さな町工場で、所帯持ちの四人と女子事務員以外は、工場の裏手にある社宅というにはほど遠い、うらびれた二階建ての建物に寝泊りしている。
丁度その頃世の中の景気が徐々に回復しはじめていたころだったので、江端社長は弘蔵を気に入って即決のようにして雇用を決めた。
仕事が忙しくなりかけて、人手が欲しくなり、職業安定所に求人の手続きをしようと思っていた矢先のことだった。
どの工場も活気に満ち溢れていた頃は、人の善し悪しは別として、それなりの技術を習得した人材が掃いて棄てるほど集まって来ていた。ところがこうやって働く場所が消滅していくと、当然のことながら誰ひとりとして寄りつかなくなってしまった。
そんな廃墟のようになってしまった場所に、わざわざ向こうから仕事場を求めて来るにはそれなりの理由があるのだろうと江端社長は察したが、用は真面目に働いてくれさえすればいいと思った。
弘蔵は、人と話をするのが苦にはならない性格だったが、自分のことを根掘り葉掘り聞かれるのを好ましく思わなかった。
弘蔵の性格を察したわけでもなく、もともとここで働く工員たちはそれぞれが何らかの傷を抱えているようで、お互いに詮索しないというのがここの取り決めのようだった。
江端工業所は、そんな弘蔵にとって居心地のいい場所であることこの上なかった。
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