第4話 父は秘密を抱えている
私が頭痛で保健室に行ったことはわざわざ父さんに知らされたらしく、その日の下校は迎えにきた父さんと共にすることになった。
高校生にもなって父親と裏門をくぐる子なんて、私くらいだよ。恥ずかしい。
集団転移で登下校する生徒たちが使うのは、正門。
それとは別に、パートナーを見つけて結婚した生徒たちの為に用意されているのが裏門だ。
高校生でも既婚者ともなれば、バングルの保護レベルを除いて成人同然の扱いを受けるようになる。登下校中の寄り道は自由だし、休日に出掛けられるエリアも拡大されるし、銀行口座だって使える。個人端末の携帯も許可されるから、色んな情報を一気にゲットできるようになる。
「今日の夜ごはん、どうする?」
「んー。一緒に作るのでもいいし、たまには外食もいいかも。ハニーちゃんの好きな方でいいよ」
「わ、ホント? じゃあ、ここ行きたい!」
いちゃいちゃしながら裏門が開くのを待っていたカップルの女の子が、端末を起動させてどこかのレストランの情報を呼びだしたようだ。三年生の証である群青のネクタイを締めた男子生徒は、可愛くてたまらないと言わんばかりに、端末ではなく女子生徒の顔ばかり見ている。
「ああ、聞いたことある。評判いいみたいだね。いいよ、ハニーちゃんの行きたいとこ行こう?」
「えへへ。嬉しい~」
ハニーちゃん、だって。そわそわする! 無性にそわっとする!
彼らはしまいには、くすくす笑いながらお互いの頬にキスし始めた。誰もいなければ唇にしたんだろうなと分かる勢いだった。すごい。高校生ってやっぱりすごい。
私も三年間のうちにパートナーを見つけたい。いつかこうして裏門で相手にハニーちゃんと呼ばれ……たくはないけど。
いや、呼ばれなければ。夢を叶える為には、恥ずかしいとか爆発しろとか思っちゃいけないんだ。まあ私の力じゃ、爆発なんて無理だけど。
甘ったるい会話を交わしてるカップルは彼らだけじゃない。
新婚っぽい夫婦だらけの中、男親と立ってなきゃいけない私の気持ちを6文字で表すなら、いっそころせ、だった。さすがの父さんも居心地が悪そうにもぞもぞしている。
ようやく裏門が開き、外に出た。門が開く時間は決まっているので、タイミングがちょっとでもずれると30分は待つことになる。今日はまだ10分で済んで良かった。
「えーと、どうする? 僕たちも外食にする?」
「なんではにかんでんの。気持ち悪い」
「いや、そういえば父さん、セントラル時代に裏門使ったことないから、初めてだな~って感慨にふけっちゃって」
「ふうん。もしかして母さんと一緒に寄り道する自分を想像して、ニヤけてるとか?」
「べ、別にいいじゃないか!」
図星だったみたいで、父さんの耳は赤くなった。
母さんが死んで5年。強力な純血パワードである父さんの元には後妻の話が降るほど来ている。男の方はそれこそ死ぬまで生殖能力あるし、年上好きの女の子には魅力的に映るんだろう。
それでも父さんは、「僕のパートナーは神野アザミただ一人です」と言って政府斡旋の縁談を全部蹴っていた。
私のことを気にしているなら別にいいよって何度か言ってみたんだけど、父さんはすごく頑固で私の話を聞こうとしない。
私が本当は父さんが母さん一筋ですごく嬉しいと思ってること、きっとお見通しなんだろうな。せめて私のプロテクト能力がBくらいあれば、簡単に気持ちを読まれたりしないのに。
「僕が母さんと初デートしたお店に行ってみる? 高校の入学のお祝い、まだしてなかったし」
「うん……行く」
懐かしそうに目を細めて私を見る父さんの声は、どこか寂しげだった。母さんのことを思い出してるんだろう。能天気でマイペースな父さんらしくない感傷的な態度に、私まで寂しくなる。
「わあ、あーちゃんが珍しく素直だ!」
「うるさいよ」
大げさに喜ぶ父さんの脛を蹴る真似をして、歩き出す。
父さんは大通りに出るとタクシーを拾ってとあるレストランの名前を告げた。私でも知ってるような老舗の三ツ星レストランだ。タクシーの中で父さんは端末を操作し、予約を入れた。電話口でお店の人と話す父さんは、すごく大人だった。一連のスマートな所作に驚く。
エプロン姿でご飯を作ってる父さんや、お風呂あがり変なスウェットでビール飲んでる父さんとは全然違った。
「……父さん、外ではちゃんと社会人してるんだね」
「今更!?」
父さんは素っ頓狂な声をあげ、タクシーの運転手さんを笑わせた。
レストランの入り口で出迎えてくれた店員さんは、私の制服を見ても眉ひとつ動かさなかった。よく訓練されていると感心した。
リーズンズとパワードは、見た目では区別できない。長袖を着ていたら、バングルは隠れてしまうし。そういう意味でセントラルの制服は、純血パワードを示すとっても分かりやすいシンボルマークだ。
私達が周りのお客さんにじろじろ見られないようにとの配慮だろう、奥の個室に通される。こういうさりげない気遣いも流石三ツ星レストランって感じ。
料理はね。うん、上品すぎた。
盛り付けは芸術品みたいで綺麗だったし、味も極上なんだけど、量が少な過ぎて物足りない。コース料理で次々に運ばれてきたから、デザートが来る頃にはまあまあ満たされたけど、パワード向きじゃないなと思った。
私達はとにかく良く食べる。
能力発動で凄まじいカロリーが消費されるせいだ。肥満とは無縁なパワードを羨ましがるリーズンズもいるっていうけど、痩せれば痩せるほど死が近くなるから、沢山食べなきゃって切実だったりする。
少しの食料で長い間体力を持たせられるリーズンズの体って、どうなってるんだろう。
デザートをたいらげた私の前に、父さんは栄養補助バーを滑らせてきた。一本で5000キロカロリーを取れる優れものだ。バナナ味のそれをもくもくと胃に収めて、ようやく私達は一息ついた。
「父さん、初デートで随分奮発したんだね」
感想を述べると、父さんは得意げに胸を張った。
「そりゃそうだよ。長いこと口説いて、やっとデートを受けて貰えたんだから。下見にも来たし、スーツも新調したし、とにかく張り切ったよ」
「おも……」
つい素直な気持ちが口から出てしまう。父さんは苦笑しながら「懐かしいな、それ。母さんにもよく言われた」と言った。
「最初はホントに迷惑そうな感じの『重い』がさ。追いかけてるうちに困った口調に変わって。プロポーズの時には僕を心配するみたいな『重い』になった。母さんは、父さんを全力で愛してくれてたんだ。母さんが死んだ後遺書を見つけて、僕はそれがよく分かった」
母さんが遺書を残していたことを、私は初めて知った。そもそも父さんが、母さんとのあれこれを話すこと自体これが初めてじゃないだろうか。
「あーちゃん宛ての手紙もあったよ。18歳の誕生日に渡すね」
「なにそれ。なんで、18歳?」
父さんだけ遺書を読んでるなんてずるい。子供っぽい怒りでへそを曲げ、私はつっけんどんな言い方で父を責めた。
「どうしてもっと前に話してくれなかったの? 母さんが死んだ時に、教えて欲しかったよ。父さんのこと愛してたとか、そんなの当たり前じゃん。どういう意味?」
「――母さんは、一生独身で死ぬつもりだったってこと。それなのに、僕の手を取ってくれた。君を残してくれた」
父さんは静かに答えた。
彼の眼差しに強い意志が宿る。滅多に見せない真剣な表情に気圧され、私は口を噤んだ。
「母さんの母親は、強い予知能力の持ち主だったそうだよ。予知自体とても稀有な力で、滅多に発現しないのは知ってるよね? そのせいで彼女はものすごく苦労した。娘である母さんもだ。そして母さんにも多分、同じ力があったんだと思う。母さんの自制技術はすば抜けてたから、上手く抑え込んで周りから隠してただけで。父さんも、遺書を読むまで知らなかった。母さんは攻撃系特化のパワードだと思っていた」
予知能力――?
私はポカンと口を開けた。
未来は大きな河みたいなものだ。
予測できるのは太い本流だけで、予測不能なイレギュラーが起こればそれだって、幾筋にも分岐する。だからパワードの予知の精度は、最大で50%と言われている。それでも充分にすごい能力だった。特に国家規模ともなれば、周辺諸国との戦争につながるトラブルや小競り合いなんかを回避できるし、重大な犯罪を事前に防ぐこともできる。
おそらく祖母は、政府に厳重に保護されたんだろう。身柄を悪者に奪われることがないように。勝手に能力を浪費して寿命を縮めることがないように。生まれた子供も同じ扱いを受けたんだろう。
リーズンズが悪いんじゃない。そんな風に守られないと生きていけない私達が悪いんだ。
普段守って貰ってるから、私達も有事の時に能力で彼らを守る。リーズンズとパワードはずっと、そんな風にお互いを守りあって共存してきた。
それなのに、父さんの説明は政府を悪く言うようなニュアンスに満ちていて、私は怖くなった。
「保護されなかったら、もっと苦労したに決まってるでしょ? いいように騙されて、めちゃくちゃ能力使ってすぐ死んで。母さんだって生まれてなかったかもしれない。国のおかげで、私も今ここにいるんじゃない!」
早口で父さんを窘める。
個室だから大丈夫だと思うけど、国家批判なんて公にしちゃったら、いくら父さんでも無事では済まない気がした。
「もちろん、善意の人もいるよ。心から僕たちの未来を心配してくれてる人も沢山いる。そういう人が、新プロジェクトの中心になっている」
新プロジェクト、という言葉で、柊ハルキを思い出した。
柊グループは、医療と化学分野で沢山の会社を有しているグループ企業らしい。その柊グループが新プロジェクトの中心にいるって、先生は言っていた。……ということは?
父さんの言葉に、ほっと心が緩む。
柊ハルキは、多分いい人だ。私たちの為に発明品を検証しようとしてるんだもん。善意の人に違いない。父さんは保護省に勤めているから、父親同士の繋がりで私を知っていたのかも。
「でも、違う人もいる。……新プロジェクトより、もっと簡単に能力者を増やせる方法を試したいと思ってる人たちだ」
「それって、どういうの?」
そんな方法が本当にあるなら、試してもいいんじゃないかな。
パワードとミックスパワードの間に生まれるミックスの割合は3割。パワードとリーズンズに間に生まれるミックスの割合は1割で、残りの9割はリーズンズになる。ミックスとミックスの間に生まれる子供は、ほぼ10割でリーズンズだ。
私達の遺伝子は弱く、リーズンズの遺伝子は強い。簡単に増やせる方法があるなら、私達は絶滅しなくて済む。
「クローン」
父さんは低い声で短く答えた。
全身が一気に総毛立つ。
人間のクローニングは絶対のタブーだ。
ゼロ期だって、クローニング研究の副産物である遺伝子操作の特殊薬剤が間違ってばらまかれたせいで起きたんじゃないか、なんて囁かれてる。
その噂の真偽は分からないけど、クローニングは人が手を出しちゃいけない領域だって、今ではみんな知ってるはずだ。
「……は? ははっ。ありえない。そんなの、国際法で裁かれるよ。国際犯罪者じゃん。そんな人がいたら、政府がやっつけてくれるよ」
「その政府に、犯罪を犯してでも優秀な純血パワードを増やして、足りない穴を埋めたいと思ってる人がいたら? 僕達を実験台にして、クローニングを成功させたいと狙ってる人がいたら? 献体だって、何に使われてるか分かったもんじゃない」
私達が献体するのは、あくまで次世代パワードの為だ。少しでも子供たちの寿命を延ばす為。バングルの精度をあげる為に、死んだ後解剖されることをよしとしている。
間違っても、
そんなことの為に、母さんは帰ってこなかったんじゃない!
「ふざけないでよ!」
激高した私が立ち上がるのとバングルが警告を発したのは、同時だった。
甲高い警告音は私の怒りを更に煽り、全身が震えだす。やがて部屋の外がざわつき始めた。
父さんは椅子を倒して立ち上がるとこちらに駆け寄り、迷わず私を抱き締めた。素早く自分のバングルの保護レベルを落とし、私の両目を大きな右手で塞ぐ。
「ごめん、あーちゃん。ごめん、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
「そんなの許せないよ。そ、そんなの、絶対にダメなことだよ!」
「違う、違うから。そんなプロジェクトはどこにもない。そういう人もいるんじゃないかって、父さんが疑ってるだけだ」
父さんは防衛型のパワードだ。
音を遮る結界を張り、私にヒーリングを施す。純血パワードの力は圧倒的で、私の心は1分も経たないうちに落ち着いた。
荒れ狂った気持ちが鎮まれば、どうしてあれほど腹が立ったのか分からなくなった。
「はぁ……。なぁんだ……びっくりした~。じゃあ、父さんの妄想? そんな物騒な妄想やめてよ」
強張っていた肩の力を抜いて、父さんを押しやる。いつまでも子供みたいに抱かれてるのは恥ずかしい。父さんの胸元を押した手は、妙に生温かい感触を捉えた。
「……うん。……うん、ごめん」
父さんはびっしょり汗をかいていた。だらだらとこめかみを伝う大量の汗に驚き、布ナプキンを取って渡す。
父さんは力なく笑い、ナプキンで顔を拭った。
「お腹、空いたな。あーちゃんは?」
「流石にもうお腹いっぱいだけど、どうしたの? まさか今ので?」
父さんが能力を発動した時間は、30秒くらいだ。
総合ランクダブルSの
「違う、違う。あーちゃんのせいじゃないよ。さっきから足りなかったんだよ」
「マンション前の屋台に寄って、豚骨ラーメン食べて帰る?」
「そうする~」
父さんの間延びした返事に笑ってしまう。
見送りに出てきた三ツ星レストランの店員さんは何故か青い顔をしていた。
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