第14話 事件の始まり

 ぐらぐらする頭を抱えマンションに戻ると、まだ父さんは帰ってきていなかった。

 虹彩認証パネルを覗き込み、赤いランプが緑色に変わったのを見届けてから、バングルの嵌まった左手を筒状の認証ボックスに突っ込む。


『ジンノアセビ キタク 18:43:21』

「はいはい、ただいま戻りましたよっと」


 ジュニア時代から変わらない機械音で私を出迎えてくれるセキュリティに返事をし、玄関の扉を開く。中に足を踏み入れた途端、部屋中の電気が灯った。玄関から廊下、そしてリビングへと広がる柔らかな人工灯を眺めながら、深々と息を吐く。

 

 今日も沢山のことがあり過ぎた。

 転入生がやってきてからというもの、今までの人生観がオセロみたいにひっくり返っていってる。


――『期限付きっていうのは分かるよね? サードパワードの能力は使い切ったら終わりで、リーズンズに戻る。培養器で急速培養された俺達が目覚めるのって、14の時なんだよ。目覚めたらすぐ避妊っていうの? そういう手術されてから、外に出されんの。だから一代限り』

――『万が一、俺らにパワードの子孫残されたらRTZの理念に反するからね』


 面白い冗談を口にするみたいに入澤くんは言った。

 柊くんは平静を保とうとしていたけど、瞬間瞳をすっと冷たくし、彼にうがたれた大きな欠落を知らせてきた。

 日本で初めて確認されたサードパワードは、柊くんらしい。

 自分の存在がクローンパワードを生むきっかけになったんじゃないかって、彼は悩んでるみたい。柊くんのせいだなんて一ミリも思えなくたって、簡単に「そんなことないよ」とは言えなかった。もし自分が彼の立場なら、やっぱり責任感じただろうし。

 ご飯食べてお風呂入って、すぐに寝ちゃいたいけど、明日の予習はやっとかなきゃ。底なし沼に落ちていきそうな気持ちを奮い立たす為、懸命にいつもの予定を思い浮かべる。じゃないと、喉を塞ぐ熱い塊が口から飛び出て、みっともなくわめいてしまいそうだった。




 リターントゥーゼロ《RTZ》通称リッズ。

 それが私たちの敵の総称。

 無差別殺人を繰り返し、しかも自分達の手は汚さずに、入澤くんたちみたいなクローンパワードを鉄砲玉に使うクズ野郎たちだ。


「……そんな組織、認めてたまるか」


 食いしばった奥歯から低い声が漏れる。

 ようやく私にも、事の重大さが分かった。

 呑気に暮らしてれば平和な毎日が続いてくなんて、どうして信じていられたんだろう。リーズンズにそこまで悪い人はいないって。純血もミックスもみんなリーズンズと上手くやりたいと思ってるって。なんで塵ほども疑わず、信じていられたんだろう。

 そんなわけない。

 世の中には色んな人がいて、それぞれがその人なりの思想と信念を持って生きてる。パワードが邪魔だって思う人がいてもおかしくない。きっとその人達の中では、旧時代に戻ることがこの世界をよりよくする為の方法なんだろう。

 でも私は、そうは思わない。

 綺麗ごとでも何でも、私はパワードとリーズンズが一緒に生きていける世界がいい。


「ねえ……本当にそんなすごい力があるんなら、早く目覚めて。寿命だって削るから。全力で頑張るから!」


 左手を掲げ、バングルをおでこにあてて強く祈る。

 バングルはピクリとも反応しなかった。……ですよね。そんな急に上手くいかないですよね。

 よし! とにかく今は腹ごしらえ!

 冷凍食品を次々にチンして、もくもくと食べてから、バスルームに移動する。お風呂場の鏡にうつった私の額は、細長い棒状にへこんでいた。



 翌朝。

 いつも騒々しい父さんの声がしない。寝坊したのかな? 珍しいこともあるもんだ。首を傾げながら着替えを済ませ、リビングへ向かう。

 食卓の上には、一枚の書置きが残されていた。


『あーちゃんへ。


 急な仕事でバタついてます。しばらく帰れないかもしれません。着替えを取りに日中ちょこっと戻ったりはするかもだから、交換日記してくれたら父さん嬉しいな。

 学校、頑張ってきてね。あーちゃんに何かあれば、その時は必ず飛んでいくから、安心して行っておいで』


 書き置きの隣りに並べられている小ぶりのノートと色ペンに視線を移す。

 ページをめくってみると、父さんの字で「あーちゃん、大好き」と書かれてあった。ご丁寧にハートマークも飛んでいる。

 父さんの中で私はまだ6歳くらいの子供なのかな?

 そのまま閉じようとして、手を止める。


……こんな平和なやり取り、いつまで出来るか分かんないよね。


 私はペンを取り、「お仕事がんばれー。私も頑張る」と書いた。


 その後TVをつけて朝のニュースを見た私は、父さんが帰れなくなった理由を知った。


『――何らかの事故でしょうか。それにしても、彼らの安全が案じられます』

『保護省のリーズンズばかりというのも、気になりますね』


 ニュースキャスターがパネルの前に立って、起きた事件について意見を述べている。昨夜から、能力者保護省に勤めているリーズンズが数名、行方をくらましているそうだ。

 大の大人がたった一晩帰ってこないだけでニュースになるのは、彼らが政府の人間だから。

 国家公務員総合職のリーズンズには、常に所在を明らかにする義務がある。入省時に耳に埋め込まれるGPSで、彼らは常に管理されている。パワードもバングルで生活を管理されてるわけだから、立場を対等にするって意味もあるみたい。そのGPSが外され破壊されたというので、朝から結構な騒ぎになっているみたいだった。


 胸がざわめく。

 これ、RTZ関連の事件だったりしないかな。


 柊くんたちの話によると、RTZの前身となる思想集団が出来たのは今より40年ほど前。最初は『パワードとリーズンズの混血を進め、パワードだけに負担をかけない平等な世界を実現しよう』という思想を掲げた穏健な一派だったそうだ。それが途中からガラリと変わったらしいんだけど、原因の特定には至らなかったと聞いた。


 私に埋め込まれるアレというのが何かも、昨日教えて貰った。

 神野アセビには、『自爆装置』的なものが埋め込まれていたんだって。10年後の私は、仲間の同意も得ず勝手に敵の本拠地に特攻をかけた。慌てて援護に向かった柊くん達が私の秘密を知ったのは、最後の最後だったという。

 なんて身勝手な。残される方の気持ちも考えろっつーの。……私か。

 未来の私の死因は、爆死だった。そりゃ、最期に立ち会ってしまった彼らのトラウマにもなるわ。


 どのチャンネルに変えても、同じニュースで持ちきりだ。

 こんな時、個人端末があったら柊くん達とグループチャットで話せるのに。


 ……そうだ。天下の柊グループの御曹司なんだから、頼めば手配してくれるかも!

 後で話してみよっと。

 忘れないように手の甲にマジックで『たん』と書いておく。

 ほんとは『端末』って書きたかったけど、未婚のパワードが個人端末を持つことは禁止されてるからね。誰かに見られた時がこわい。それにこうやって書いとかないと、私はすぐ忘れてしまう。記憶力ってものがないんじゃないかと時々怖くなるレベルで、すぐ忘れるのだ。

 柊くん達と一緒にいる時は特にね。次から次にビックリする話されて、こっちが聞きたかったことはすぐどっかにいってしまう。


「よし、これでおっけー」


 連絡を密に取るのって、すごく大事なことじゃないかと思う。私達はもう一つのチームだ。バラバラになったら、負けてしまう。


「母さん。応援しててね」


 父さんの真似をして小さなご飯とお茶を仏壇まで運び、手を合わせた。

 目を開いて遺影を見上げると、仏壇の隅に昨日までは確かになかった白封筒が立てかけてある。

 なんだろ、これ。

 手に取ってみた封筒の表には、細長い文字が濃い筆跡で綴られていた。


『未来のあーちゃんへ』


 父さんの丸っこい癖字とはまた違う。これは母さんの字だ。全身の毛が一斉に総毛立った。

 もしかしてこれ、母さんの遺書!?

 そういえば、預かった手紙を私に渡すって、父さん言ってた。


 ……読んでもいいよね。私に宛てたものだもんね。


 封を切ろうと指に力を込めてみたけど、なかなか切れない。

 どう見ても紙なのに、本当はゴムなの!?

 むきになって引っ張っているうちに、小さな棘状の出っ張りのようなものに指先を刺された。


「いったー!」


 画鋲!? なに!?

 母さんってば、なんて危険なものを手紙に仕込んでくれちゃってんの!

 人差し指の先に、ぷっくり血の玉が浮かぶ。慌てて手を離したけど、封筒にも血痕が残った。


 あ~あ。母さんの形見、汚しちゃった……。


 ガックリ肩を落としながら、もう一度封に手をかける。今度はすんなり破れた。

 なんだよ、もう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る