第13話 未来を変える方法
この日も放課後は柊ハルキの家に集まった。
離れに入るが早いか、3人はメインコンピューターの前に並んで座る。
サイバーパンクっぽい光景に意味もなくワクワクした。彼らの見目の良さも加わって、まるでスパイ映画のワンシーンだ。
3人は手元にある操作パネルを忙しくなく触りながら、現在と未来の記録を照らし合わせる作業とやらを始めた。鈴森サヤのことを調べてくれるらしい。
御坂くんの特殊能力は『
体験したこと、見聞きしたことをデータとして自分の中に保存できる特殊能力なんだって。サイコメトリーの応用で出来るとか何とか言ってたけど、学園の座学でもまだそこまでやっていないので、私には理解できなかった。今も彼らが何をしているのか、さっぱり分からない。
でも分からないなりに、思った。
彼らが時を遡り、こうして今も頑張っているのは、未来に起こる大規模テロを阻止する為だけじゃないんだ、って。
未来予知のテキストを予習した時、衝撃を受けた一文を思い出す。
――『未来を決定づける分岐点について――この分岐点に干渉することで未来を変えることが出来るとされている。分岐点を特定することは難しく、分岐点同士が連動している場合はそれら全てを時系列どおりに阻止しなくてはならない。時の流れは、決定づけられた本流へ戻ろうとする回帰力を持つ。変化させなくてはならない分岐点を一つでも漏らすと、時の流れは補正をかけ、未来は変わらない』
――『最も効果的な分岐点変更の方法は、未来に起こる出来事の首謀者となる者の存在を消すことだと考えられている』
暗殺を仄めかすような最後の文章に、ものすごく怖くなり、その日はなかなか寝つけなかった。
ある日突然やってきた時間遡行者に、お前は将来犯罪を犯すからここで消す、とまだ思いつきさえしていない罪を宣告される。
待って、やめて。そんなことしないようにするから!
必死に命乞いをする私のこめかみに固い銃口があてられ、そして――。
単純な私は悪夢をみてしまい、夜中飛び起きた。
バイタル変調を感知したバングルがピーピー騒ぎ出さないうちに、大きく深呼吸して何とか気持ちを落ち着けたけど、しばらくは心臓がバクバクしてたっけ。
賢い柊ハルキが、未来変更の原理を知らないはずがない。
テロ首謀者の正体を掴めていなかったとしても、過去に飛ぶのなら、テロの実行犯やその近辺をターゲットに定めた方がてっとり早かったはずだ。それなのに彼は、能力に目覚める前の私に会うことを望んだ。分岐点潰しとしては、あまり効率のよくないルートをあえて選んだ。
その理由が分からないほど、馬鹿じゃない。
柊ハルキは言った。「俺も死なせたくない。だから、来たんだ」って。
彼が一番変えたい未来はおそらく、私が死ぬ未来だ。
たとえ『神野アセビが死なないこと』が未来を変える分岐点に含まれているのだとしても、やっぱり嬉しい。
私は取るに足りない寄生虫じゃないよ、って柊ハルキは教えにきてくれた。私が生まれたことを肯定してくれた。
今更ながら、彼らへの感謝が胸の中に湧き起こる。
それはマホに対しても同じだ。
何だかんだ言って彼女も、私を見捨てようとしない。それは当たり前に受け取っていい好意じゃないよね。
彼らの作業を中断させてまで「ありがとう! ほんとありがとね!」と伝えるわけにもいかず、とりあえず両手を合わせて心の中で感謝を捧げた。
シールド能力に続いて、テレパス能力も目覚めたらいいのに。
腹の底に力を込め、ぐぬぬぬぬと両足を踏ん張る。
精一杯念を送ってみたものの、こめかみがめちゃくちゃ痛くなっただけで、背中を向けた3人に全く変化は見られなかった。
たまたまこちらを振り向いた入澤くんが、盛大に眉をひそめる。
「…………なんで俺ら拝まれてんの? 神野ちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫?」
「分かんない。アケビはいつもちょっとずれてるから」
入澤くんの隣に座っていたマホは私を一瞥すると、すぐにモニターに視線を戻した。相手にしてる暇ない、ってことですね、分かります。
「あの、コーヒーでも淹れてきましょうか」
届きもしない念波を飛ばすより物理的な役に立った方が良さそうだ。恐る恐る申し出てみると、柊ハルキはちらりとこちらを振り返り、口元をむずむずさせた。
「ハルキ様の仰る通り、確かに新鮮ですね」
「あの神野先輩に、コーヒー淹れて貰える日が来るとはね~」
御坂くんと入澤くんはパネルから目を離さないまま、しみじみとした口調でこぼす。
未来の私は、陰険で暗かっただけじゃなく、偉そうだったみたい。
その未来も是非とも変えたい。
作業に一区切りついたようで、彼らもようやく応接ソファーに戻ってくる。
私の前に転がったシュガースティックの殻を目で数え、柊ハルキは瞳を明るくした。
「変わってないとこ、また見つけた。砂糖は5本。ミルクは入れない」
「うん。じゃないとコーヒー飲めないんだ」
「知ってる」
柊ハルキは嬉しそうに答え、足を組んだ。見えない尻尾がパタパタ揺れてるのが分かる。この人ほんと、私のこと好きなんだな。
私の頬も知らずのうちに緩んでしまう。ニヤニヤしながら、自分の心を覗き込んでみた。
以前感じたような困惑はない。関わりたくないという気持ちも消えている。何ともいえないくすぐったい気持ちがゆらゆらと浮かんでいるだけだ。
……はっ! これはもしかして恋では!?
「私、柊くんのこと好きかも」
私が告げた瞬間、柊ハルキは盛大にむせた。口に含んでいたコーヒーが気管に入ったみたいで、涙目でゲホゲホ咳き込んでいる。
「ふうん。どうしてそう思ったの?」
入澤くんは身を乗り出し、興味津々な表情で尋ねてきた。
「好きって言われても嫌な気がしないし、満更でもないから。あと、柊くんが鈴森さんをじっと見てた時、この辺がもやもやしたし」
お腹辺りを指して説明してみる。
柊ハルキは口元を押さえながら「ばっ……こん……うあ……」と意味不明な断片を吐き出すマシンと化した。
「『馬鹿。こんなところでそんなこと、しらっとした顔で言うなよ』というところでしょうか」
御坂くん、通訳ありがとう。
ところが入澤くんは人差し指を立て、ちっちっと左右に振った。
「それだけで恋とかないわ。神野ちゃんは分かってない」
歴戦のラブマスターのようなことを言いながら、入澤くんは続ける。
「もし俺かシュウが、神野ちゃんのこと愛してるって言ったら? 君じゃなくちゃだめだって。君が好きなんだって何度も告ったら?」
言われて想像してみる。
そこまで情熱的に誰かを口説く2人を思い浮かべるのは難しかったけど、実際に言われたら悪い気はしないし、嬉しくなるかも。
素直に答えると、マホも「まあ、大抵の純血はそういうのに弱いよね」と渋々ながら同意してくれた。柊ハルキはようやく咳から解放されたみたいで、大きく息を吐く。そして潤んだままの瞳で、入澤くんを睨みつけた。
「でしょ? それって別に柊じゃなくてもいいってことじゃん。それに委員長の件は、神野ちゃんが抱いてる劣等感から出たものな気がする。もし、委員長のことをマホちゃんがずっと目で追ってたら?」
怒った顔の柊ハルキが気になったけど、入澤くんの柔らかな口調につられ、その問いにも率直に答えてしまう。
「マホが? うーん……それはもっとモヤったと思う」
「だと思った。柊にヤキモチ妬いたわけじゃないってことだよ。よって、神野ちゃんは柊に恋していない。証明終わり」
おお~。
入澤くんの鮮やかな推理に、私もマホも思わず手を叩いていた。
叩いた後で、あっと気がつき、慌てて両手を下げる。よく考えなくても柊ハルキに失礼だった。マホもさりげなく両手を横髪に持っていき、耳にかけていた。
「……ハルキ様。どんまいです」
「ははは」
こんな乾いた笑い声はなかなか聞けるものじゃない。
柊くん(でいいのかな。中身が25歳だと思うと、くん呼びはなかなかハードル高い)に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
でも待ってて。まだ恋じゃないみたいだけど、絶対そのうち好きになってみせるから!
ひそかに決意を固め、拳を握る。
未来の恋人が現れた以上、婚活は始める前に終了だ。とにかく今は、生き延びる為に頑張ろう。
未来の恋人と本来より早く出会えたのには、意味があると思う。全部終わったら、柊くんとなるべく早く結婚したいな。子どもだって、2人は欲しいし。兄妹がいたら、留守番もこんなに寂しくなかっただろうなって昔はよく思った。結婚しても共働きになるんだし、1人っ子は可哀想だよね?
「……アセビ、何考えてるの?」
「柊くんと卒業前に事実婚したいなって」
柊ハルキは今度こそ真っ赤になって「馬鹿!」と叫んだ。
あ、こういうシーン、ドラマで見たことある。好きな男の子にからかわれた女の子が、『知らない、バカ!』って答えて恥ずかしがってた。
「恥ずかしいの? それとも、結婚はしたくないってこと?」
「ちが……知らん!」
わあ、TVで観たまんまだ。いっそ感動してしまう。リーズンズの恋愛における一種のテンプレなのかもしれない。サードパワードって言っても元はリーズンズだから、感情的なあれこれはパワードとは違うのかも。
すっかり照れてしまって私の顔を見ようとしない柊くんが、可愛らしく思えてきた。
「結局は、こうなるんですね。回帰力、恐るべしです」
「だね。……痴話喧嘩が未来レベルで酷くないことを祈ろっか」
御坂くんは入澤くんと小声で会話した後、「さて。そろそろ本題に入りますね」と眼鏡のブリッジを押し上げた。彼の声のトーンが真剣みを帯びる。
私たちは居住まいを正し、御坂くんの言葉を待った。
「とりあえず、今持っているデータで言えば、鈴森サヤが未来の事件に関わった痕跡はありません。ですが、国防省、能力者保護省、教育文化省への在籍も確認できませんでした」
純血パワードの殆どは、セントラルを卒業した後、国家公務員となって御坂くんが上げた3つの省のどれかに配属される。例外として自衛隊の幹部になる道もあるけど、それは実行系攻撃型パワードに特化してる子にしか開かれていない。東京以外の赴任地を選べる自衛隊は、実は密かに人気がある。自由行動の範囲が大幅に広がるからだ。もちろん単独行動はNGだけど、九州や北海道へ実際に行けるってすごいよね。本場のラーメン食べてみたいなぁ。蟹とか。お取り寄せの冷凍品とは、また違うんだろうな。
おやつの時間を過ぎたせいで、ついつい考えが食べ物寄りになってしまう。脳内で湯気を立てるラーメンを何とか掻き消し、御坂くんの説明に意識を戻した。
「国際活動に従事しているリストにも名前はなかった。下の名前と年齢、性別で絞って検索しましたが、ヒットはゼロでした。私が保有しているデータは、私達が反テロ活動を始めてからのものです。あくまで政府側のもので、テロ組織に属している人間の情報は持っていません。以上から考えられる可能性は2つ――」
御坂くんは一旦口をつぐみ、私の顔をじっと見つめた。
「10年後までに鈴森サヤは死亡したか、テロ組織に籍を置いた」
マホと私は、同時に息を呑んだ。結果を予想していたのか、柊くんと入澤くんは表情を変えない。
「死ぬって、あの鈴森さんが? あと今更だけど、テロ組織ってなんなの? 鈴森さんは純血だよ?」
未来でテロを起こしたのは、リーズンズが結成した集団だと思い込んでいた。パワードに反感を持ったリーズンズが、私達やサードパワードを狙って攻撃をしかけてきたのだと。
「RTZのメンバーには純血パワードも含まれているんです」
御坂くんの説明に、マホは動じなかった。以前、心を読んだ時に知ったんだろう。だけど私は初耳で、すぐに内容を飲みこむことが出来なかった。
「彼らが掲げた理念は、『リセット』。真の平等を謳い、ゼロ期以前の旧時代に人類を戻すと宣言しました。リーズンズ、パワードを問わず、パワードを保護する者全てが彼らの粛清対象になった。組織立ち上げの際、彼らの思想に賛同した純血パワードも少なからずいたといいます。彼らは自分の細胞の採取を、組織に許した。その結果、テロ組織の武器となったのは『一代限りで制限つきのクローンパワード』。つまり、私達です」
「…………は?」
頭が爆発するかと思いました。
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