第21話 手探りの未来

 僕の部屋着! お風呂!? 初日で!? とわあわあ騒ぐ父さんを前に、途方に暮れる。マホは父さんの親馬鹿っぷりに馴れているので、さっさとソファーに戻ってくつろぎ始めた。


僭越せんえつですが、先に事情を説明させて下さい」


 せん、……なに?

 柊くんは小難しいことを言うと、涙目のまま身構える父さんの肩を押しながら、廊下へ連れ出した。


「なんつーか。想像と違った」


 ぽつりとこぼした入澤くんに「騒々しい親でごめん」と頭を下げる。親子揃って、入澤くんの中のイメージを崩してしまった。


「謝ることないよ。こっちが勝手に経歴から、すげー人を想像してただけ。人の親ってあんなんなんだな~って、ちょっとビックリしちゃった」


 人の親、という下りでマホが顔を顰める。

 彼女は無言で手を伸ばし、立ったままの入澤くんを自分の隣に座らせた。それから、ものすごく乱暴な手つきで、入澤くんの頭をぐしゃぐしゃにかき回し始める。


「ちょ、マホ!?」


 注意しようとした私を片手で止め、入澤くんは猫みたいに目を細めて、マホの乱暴な手を受け入れた。……あれ、もしかして、マホは頭を撫でてるつもりなの、かな?


「摩擦でハゲそう。マホちゃんは、ツンデレだね」

「うっさい、黙れ」


 マホはようやく手を止め、ふん、と顔を背けた。入澤くんは満更でもなさそうな顔で、鳥の巣と成り果てた髪を元に戻そうとしている。

 そうこうしているうちに、父さんと柊くんが戻ってきた。


「こんばんは。アセビの父です。せっかく来てくれたのに、挨拶もせずにごめんね」


 柊くんにどんな説明をされたのか、父さんはにこにこ笑顔で戻ってきた。

 私をじっと眺め、それから柊くんを眺め、「すごいな~。ほんと純愛っていいよね」と溜息混じりに呟く。聞き捨てならないパワーワードにツッコみたくて仕方なかったけど、話を進めたいので飲みこんだ。


「もっときちんと話をしたいけど、すぐに戻らなきゃいけないんだ。――まずはあーちゃん、お疲れ様。よく頑張ったね。今日だけのことじゃないよ。今までのこと全部だ。苦しかったり情けなかったり、沢山悩んだと思う。時期が来るまで待つしかなかったとはいえ、何もしてあげられなくてごめんね。自分の半身とも言える能力を制限されたあーちゃんが、捻くれずに育ってくれたこと。実は一番嬉しいです」


 父さんの瞳が、誇らしげに輝く。その眼差しに溢れんばかりの愛情と信頼を感じて、すごく嬉しくなった。

 私からも、父さんのこれまでの見守りへの感謝を伝える。父さんはまた涙目になり、慌てて袖で目元を拭った。


「えーと。あーちゃんはまず、自制技術を習得すること。ぶっつけ本番で大きな力を発動させたらダメだよ。アザミさんから僕に宛てた手紙にはこう書いてあった。『ヒビキが生きてる間にアセビの封印が解けたら、伝えて下さい。自転車にも乗れない子どもが、いきなりジャンボジェット機を操縦するようなものです。一歩間違えたら大事故になりかない。特にテレポート、サイコキネシス、集団テレパスには気をつけて。マンションの住人全員を保護省に飛ばしたり、学校全体を宙に浮かしたり、千人規模でのチャットルームを開きたくはないでしょ?』だって」


 母さんからの警告は、やけに具体的だった。

 まさか未来視で見たとか言わないよね……。父さんは固まった私達を見渡し、一番近いところに立っている御坂くんに視線を止めた。


「御坂シュウくんだよね? ここに来る前に、ハルキ君のお父さんと少し話をしてきた。君たち3人の事情も聞いたよ。僕に労わられるのは嫌かもしれないけど、それでもやっぱり僕から見たら、君たちは15歳の子供だ。困ったことがあったら、いつでも頼って欲しい。協力は惜しまないから」

「……ありがとうございます」


 そうか。柊くんたちが未来から来たってこと、反RTZの主要メンバーは皆知ってるんだ。だからセントラルにも転入してこられたし、私と仮婚約を結ぶ根回しも出来たんだね。今更ながらの事実に気づき、少しだけホッとする。

 自分達だけで立ち向かわなきゃいけないような気がしてた。でも、そうじゃなかった。味方は沢山いる。

 みんなで力を合わせて、テロ活動を潰していくんだ。私も全力で頑張ろう。

 改めて決意を固め、母さんの遺言を胸の中で繰り返す。テレポートとサイコキネシス、集団テレパスはコントロールできるようになるまで使わないでおくこと。


「柊さんちの本邸の離れがアジトになってるんだってね。今日からうちも好きに使っていいよ。私的な頼みごとで申し訳ないけど、僕が不在の間、アセビを守ってやって下さい。どうかよろしくお願いします」


 父さんは深々と頭をさげた。

 ソファーに座ってたマホと入澤くんも弾かれたように立ち上がり「こちらこそよろしくお願いします」と腰を折る。マホがきちんとお辞儀をするところ、私は初めて見た。


「そろそろ行かなきゃ」


 バングルを確認した父さんが踵を返す。後を追うように、御坂くんは声をあげた。


「立ち入ったことをお伺いして申し訳ありません。奥様の遺書に、アセビさんの未来視能力についての言及はありませんでしたか?」

「あ、それも伝えておかないといけないね! うっかりするところだった」


 パワードとうっかりは、切っても切り離せない関係にあるからな。遠い目になった私達を振り返り、父さんは両手をもじもじと組み合わせた。


「本当はアザミさんの遺書を皆に預けて行くのが一番いいんだけど、誰にも見せたくないっていうか……その、プライベートなことも沢山書いてあるし、いつでも身に付けておきたいし……」

「ノロケはいいから早く」


 私が急かすと、父さんは緩みきった表情をなんとか元に戻し、コホン、と一つ咳払いをした。


「アザミさんの母親に備わっていた未来視の能力はすごかったらしい。でも、アザミさんの能力は日本に限定された。あーちゃんの能力は、もっと狭い範囲になるって。自分に関係のあるそう遠くない未来が、断片的に見えるだけだろうって、アザミさんは予想してたよ。だから、アセビの未来視に期待して動くのは危険だと書いてあった。僕もそう思う。未来は複雑に分岐するものだし、この子の未来視はあくまで見えたらラッキーくらいなつもりで行動した方がいい」

「やっぱり、そうなんですね。分かりました。ありがとうございます」


 御坂くんは頷き、父さんに礼を述べた。何がやっぱりそうなのか、私にはさっぱり分からない。


「泊まっていってもいいけど、あーちゃんとの結婚はセントラルを無事卒業してからだからね。それまでは責任取れないことはしない約束だよ!」


 最後に柊くんに向かって念を押すと、父さんは玄関から出て行った。

 どうでもいいけど、父さんずっと靴履いてたんだな。

 リビングから廊下にかけての床とカーペットが土で汚れていることに気づき、溜息をつきたくなる。掃除ロボット起動してこなきゃ。でも泥汚れも雑巾で仕上げ拭きしないと綺麗にならないんだよなぁ。


「やっぱり、とは?」


 丸い円盤ロボットが呑気に掃除を始めたリビングのソファーに再び落ち着き、私達は向かいあった。早速柊くんが、御坂くんに問いかける。雑巾を取りに行きたい衝動をこらえ、私も真面目な顔を作った。


「神野さんが、精密な未来視を備えているとは思えなかった。備えていたのなら、彼女はもっと色んなことを避けて、終点へと歩んだはずだ。ハルキ様への想いも封じたでしょう。ああなると分かっていながら、誰かと恋仲になるような人ではなかった。彼女は直近の未来を断片的に見ることが出来ただけというのなら、頷けることが沢山ある。自分の最期が見えた時、ハルキ様をあんな形で置いていかなければならないことに、神野さんはどれほど絶望し、後悔したでしょう。人の感情の機微には疎いと自負していますが、それくらいは分かります」


 柊くんはじっと耳を傾けていた。

 御坂くんが話し終えると、短く「そうだな」と答える。震えた声で紡がれた四文字は、私の脳裏に深く刻みこまれた。

 しんみりとした空気の中、円盤ロボットの作業音だけがしばらく響いた。



 その日は結局、全員がうちに泊まることになった。

 マホは家に帰った方がゆっくり眠れるんじゃないかと思ったけど、帰りがたい気持ちは何となく分かる。3人が転入してきてからまだそんなに経っていないのに、私もこの5人で固まって過ごすのが当然な気がする。誰が欠けてもバランスを失う不安定さと紙一重の感覚だ。


 お泊りグッズを取りに行くというマホに付き合い、私は久しぶりに多比良家に向かった。その間に3人も、一旦家に帰って荷物を取ってくるという。

 父さんが不在の間は、うちをベースにすると柊くんが決めてくれた。あのでっかいコンピューター類はさすがに運び込めないから、うちと柊邸を行き来することになるらしい。


「こんばんは~」

「あら、いらっしゃい!」


 マホのお母さんとお父さんは、パジャマ姿でTVを見ていた。私が顔をだすと、2人とも満面の笑みで出迎えてくれる。


「父さんがしばらく出張なんです。マホを借りてもいいですか?」

「もちろんいいわよ。保護省の事件でしょ? ニュースで見て、心配してたのよ。ヒビキさんは大丈夫なの?」

「はい。さっき顔を見せてくれましたけど、ピンピンしてました」

「それは良かった」


 優しいおばさんとよく似た表情で、おじさんも胸を撫で下ろしている。ツンケンしてるマホとはまるっきり逆で、多比良夫妻は超がつくほどのお人よしだ。

 まず人を疑わない。何かあっても人のせいにしない。

 2人とも教育文化省に勤めていて、仕事では特にリーズンズとパワードの交流に力を入れているらしい。ジュニア時代によくあった校外交流は、おじさんたちの管轄行事だ。人の善いおじさん達は、割を食うことも多いらしく、この年では珍しく未だ役職についていない。

 マホはそんな両親に苛立ちを見せるけど、本当は誰より大切にしてることはバレバレだった。


「ご飯はうちで食べたらいいよ」


 おじさんの有難い申し出は、丁寧に辞退した。

 育ちきった男子高校生3人を連れていったら、きっとびっくりしてしまう。

 おばさんのトラウマを刺激したくない気持ちもあった。おばさんは、リーズンズの子どもに弱い。甥っこを見殺しにしてしまったと、今でも彼女は悔い続けている。

 リビングにおいてある最新型の仏壇の真ん中には四角いフレームが置いてあった。フレームの中で愛らしい男の子のホログラムが揺れている。

 彼の前には沢山のお酒がお供えされていた。アンバランスさに一瞬ぎょっとしたけど、そうか、生きていれば20歳を超えてるんだ、と納得した。


「お酒は苦手な子だったかもしれないから、甘いものと交代で置いてるの」


 私の視線に気づいたおばさんが侘しげに微笑む。

 マホは「バカバカしい。リーズンズもパワードも死んだらそこで終わり! とっくに天国に行ってるっつーの」と吐き捨てた。天国に行ってる、という言い方がマホらしくて、私とおばさんは目を見合わせて噴きだしてしまった。


 しばらく話してから家に戻ると、真っ先にうず高く積み上がっている布団一式が目に飛び込んできた。その後すぐに3人もでっかい荷物を提げて帰ってくる。


「これ、どうやって!?」


 布団の山を指差すと、入澤くんが「はいはーい!」と手をあげた。


「今まで言う機会なかったけど、俺、補助特化型のパワードなの。特にテレポートに関しては送れないものないってくらいのエキスパート。すごいでしょ?」


 テレポーテションの授業の時、退屈そうにしていた理由が分かった。入澤くんから見たら、子供騙しの授業だったんだね。

 使っていない部屋を寝室にするよう伝え、マホと自室に戻る。彼女用の布団を引っ張り出し、ベッドの下に敷いてあげた。

 バングルを就寝モードにする直前、マホが暗闇の中、「アセビ」と私の名前を呼んだ。


「なに?」


 きちんと本名で呼ぶなんて珍しい、と続ければ、マホのくぐもった声が返ってくる。


「あの絵本読んだ後で、アケビなんて呼べないよ。アザミさんの花言葉には、意味があった。アセビの花言葉にも、きっと意味があるんだと思う。今までごめんね」

「謝ることないよ。……おやすみ、マホ。明日、死なないでね」

「不吉なこと言うな! そんなすぐ死んでたまるか」


 おやすみ、アセビ。

 マホの声が急速に遠ざかる。

 今日一日、色んなことがあり過ぎた。

 脳はすでに限界だったらしく、私は朝まで一度も目覚めなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る