第22話 自制技術を磨こう(サイコキネシス編)
丸一日経っても、保護省のリーズンズの足取りは掴めなかったようで、朝のニュースはその話で持ちきりだった。
パワードの能力を持ってしても発見できないのは、失踪にパワードが関わっているからでは? という推測を立てるコメンテーターまで現れ、TVの前に陣取って朝食を食べていた私達はぎょっとした。隣に座った柊くんをとっさに見上げる。
彼は私の視線に気づくと、眉間の皺をふわりとほどき、私の背中を軽く叩いた。ぽんぽん、と励ますように2回。胸の不安が少しだけ軽くなる。
「これ、やっぱりRTZの仕業なのかな?」
「そのことですが――」
私の質問に答えてくれたのは、御坂くんだ。
「彼らが今回の騒動に関わっている可能性は、きわめて低いのではないでしょうか。RTZが組織的に行動し始めるのは、ハルキ様の能力覚醒以降です。ネクストパワード、そしてサードパワードの存在が明らかになったことを契機に、RTZの勢力は拡大した。神野さんの能力もハルキ様の能力もまだ敵は知らない。今、このタイミングでRTZが動くとは思えない」
返事を求めているというよりは、頭の中を整理しつつ、自分の考えをとりあえず表明しておきたい。そんな口ぶりだった。私に特に表明したい意見はなかったので、口を噤み、もっともらしく頷く。
柊くんは「別口の事件かもしれないし、単なる偶然が重なった事故かもしれない。現時点では何とも言えないが」と前置きし、ただ、と続けた。
「神野ヒビキの犠牲なしで、アセビは能力を覚醒させた。まずは、一つ目の分岐点潰しに成功したと言える。その影響がどう出るかは予測不可能だ。こちらの情報が敵に洩れた可能性もゼロじゃない。警戒するにこしたことはないだろう」
「そうですね。私達の味方は多い。物量戦で優位に立てる分、どこかに穴も開くでしょう」
穴が開くって、情報が洩れるって意味かな。
それなら犯人は十中八九パワードだと思う。パワードがうっかり口を滑らせたに100万円。
――『先程のコメントですが、失踪にパワードが関わっているというのは?』
――『いやいや、何の証拠もないただの戯言ですよ。ただ現状を見るに、パワード側に潜在的な不満があってもおかしくないと私は思いますね。力を持たない我々リーズンズに、いいように使われる日々。気に入らない同僚、もしくは上司をちょっと懲らしめてやろう。彼らが鬱憤晴らしの犯罪に走る可能性はあるでしょう』
ずっと顰めっ面でTVに見入っていたマホが、突然分厚いステーキ肉にナイフを突き立てた。ガキン、と甲高い音がする。
「こいつ、ムカつくな~。潜在的ってこっそりって意味だっけ? そんなわけないっつーの!」
コメンテーターの当て推量は、マホの逆鱗に触れたようだ。確かに感じの悪いコメントだった。まだ事件と決まったわけでもないのに、パワードとリーズンズを対立させたいのかと疑ってしまう。
「そんなわけがない、と言い切れるでしょうか」
御坂くんの静かな問いかけに、マホは目を丸くした。
「言い切れるでしょ。リーズンズはゼロ期以来、パワードをずっと庇護してきたんだよ。リーズンズがいなかったら、私達はとっくに絶滅してる。個人への好き嫌いはあるにしても、リーズンズを私怨だけで害するパワードはいない。いるわけない」
マホの言ってること、私には分かる。
私達は5歳からずっと、そういう教育を受けてきた。リーズンズは種の恩人。護るべき対象であり、指導者と仰ぐべき存在。それは私たちの心の一番奥に根付いてしまっている。個人的な動機から、リーズンズを害そうとするパワードがいるとは思えない。もしそれが許されるのなら、マホはとっくに例のリーズンズを殺してるよ。
殆どのパワードは、寿命ぎりぎりまで国家の為に働いて死ぬ。
たとえ早死にしようとも、成し遂げた成果に価値を置く。リーズンズを守ることこそがパワードの存在する意味だし、誇りでもあるからだ。
私のたどたどしい説明を、3人は真面目な表情で聞いていた。
「その論理でいえば、自分が主と定めたリーズンズの願いであれば、パワードもリーズンズを敵と定めて攻撃する。そういうことにもなりますね」
「うっ……それは、そうかも」
私達が絶対にリーズンズを攻撃しない、というわけではもちろんない。
正当だと思える理由があれば、パワードは躊躇いも後悔もなく人の命を奪う。リーズンズでそれが出来るのは、プロの兵士か犯罪者くらいなんだって。
「他者を信じやすく、単純で、死も殺人も恐れない。純血パワードの特性を逆手に取って、いいように飼っているのは、RTZも政府も同じかもしれませんね」
「シュウ、言い過ぎ!」
溜息混じりの御坂くんの皮肉に、入澤くんが抗議の声をあげた。
マホと私は目を見合わせ、同じ角度で首を傾げる。
「もしかして、私達が飼われたくないと思ってるって誤解してる?」
「そうだね、そう聞こえたね」
3人はあっけに取られた顔で、私達を凝視した。
「サードパワードの価値観は、リーズンズよりなんじゃないかな? ほら、寿命長いし」
「寿命ね~。やっぱ、それが一番大きいのかもね。……って、それを言うならもうアセビもそうじゃん! ネクストパワードなんだもん」
「今更長生き出来ますよって言われたって、染みついた考えが急に変わるとかないわ~。あ、あと、リーズンズは頭が良いからだ! だから人間のソンゲンとは~、とかそういうの難しく考えるんだよ」
私とマホは同じ道筋を通って、「政府の方針は有難いよねえ」という結論に落ち着いた。
「あー。悪いが、俺達にも分かるように説明してくれるか?」
柊くんがこめかみを抑えながら聞いてきたので、私は一生懸命考えながら口を開いた。
脳に大きな負担がかかってくるのが分かる。目の奥がじりじり焦げそう。純血パワードにこんなお願いをするなんて、柊くんはなかなかの鬼畜だ。
「誰かに飼われる人生の何が悪いの? ってことかな。でも誰でもいいってわけじゃないし、違うかなぁ……うーん。自分が認めた人にこうして! ってお願いされるのが基本すごく好きなんだよね。でも自分で考えなさい! はかなり苦手なの。突き放されたみたいで悲しくなるんだよ。どう動けばいいか分からないのは、すごく怖い」
「それな。自分で考えて生き方を決めろとか、今すぐ死ねとイコールだわ」
マホの言い方は過激だけど、あながち間違ってはいない。
それまで黙って聞いていた入澤くんが、「ああ~、何となく分かったかも」と声をあげた。
「結局は自分の能力を、持たざる人の為に存分に役立てたいっていう欲だよね。その為にどうすればいいかは分からないから、的確で信頼できる指示が欲しい。そして頑張った分だけ、良くやったと褒められたい。今の政府の方針はパワードのニーズに合ってるから、特に不満はないってことかな」
私とマホは同じタイミングで「それ!」と叫んだ。御坂くんは苦笑し、柊くんは眩しげに私達を眺める。
「人の役に立ちたい、か。それが存在理由の最上位にくるって、すごいな」
柊くんだって同じだと思う。現に私を救う為に、ここまで来てくれたんだから。
ニュースの話からずいぶんズレてしまったけど、またお互いへの理解が深まった気がした。彼らと何か話す度に、共通点を見つけて嬉しくなったり、違いを発見して感心したりする。
その一つ一つが新鮮で、貴重なもののように思えた。
保護省の人達については、しばらく様子を見ると柊くんが決めた。
捜索に参加出来るわけでもないし、そうするしかないと御坂くんも賛成した。入澤くんは2人の決めたことに無条件で従うと言った。3人の中では、入澤くんが一番パワードらしさを持っている。
未来視で何か浮かんだら、柊くんのお父さん達に教えることになったけど、そうそう上手くはいかないだろう。
そもそも、未来視能力は特定の発動条件を備えてない。
私に限らず、見たいものを自由に見られる能力ではないんだよね。それは長年の研究から分かっている。特定の物体に触れることで発動させる過去視とは、大きく違う。
私の当面の課題は自制技術を磨くことだ。
思考力と推理力必須なセッションは柊くん達に任せて、自分の出来ることを最大限に頑張ろうとひそかに決意する。
いざという時の切り札になれたら、最高だよね!
……と意気込んだはいいものの、現実はそう甘くない。
一日ぶりに登校したセントラルで、私は早速その現実に直面した。
今日は校外実習の日だったのだ。マイクロバスに揺られること2時間。私達は、お揃いのヘルメットと例の特製ジャージ姿で、古い廃ビルの前に立つことになった。
「えー、今日はクラス別で競争してもらいます。3棟あるからちょうどいいね。壊して、指定の場所に瓦礫を積む。詳しい説明は昨日したから省きます。では、それぞれの位置について~。……あ、危ないから、君たちはバスの傍で見学しててね」
サイコキネシスの担当教諭が付け足すと、同行してきた保健医の先生が「こっちよ」と柊くん達を連れて行ってしまう。
柊くんは何度も私を振り返り、「力を抑えろ」と目で訴えかけてきた。
私もこくこく頷き、移動し始めたクラスの子達を追いかけた。
精神系特化型のマホは見学組だし、ここは一人で乗り切るしかない。
昨日休んだから詳しい説明とやらが分からないけど、邪魔にならない場所に立って念じるフリしとけばいいよね。
「神野くーん! 君はこっち! こっち来て!」
校外実習ってことで今日は若月先生も付き添いで来ている。
その若月先生に大声で呼ばれ、私はしぶしぶビル周りの一番端っこポジションを手放した。先生は、瓦礫を積む場所の近くで手招きしている。隣には涼しい顔の委員長が立っていた。
「今、解体班のとこにいたでしょ。無謀だし危ないからね。解体が終わるまででいいから、鈴森さんに守ってもらってね」
若月先生の指示に、かあっと頬が熱くなる。
実習で同学年のパワードに守って貰うなんて、居た堪れないほどの恥だ。若月先生に悪気はないと分かっていても、みじめで恥ずかしくて、この場に居合わせた全員の記憶を消したくなる。
「同級生に守って貰うパワードなんて、初めて見るわ」
「サヤちゃん、お疲れ様~。委員長もつらいね」
私への嘲笑と鈴森サヤへの同情の声が一斉にあがる。
覚醒してなかったら、辛くても我慢できたと思う。万が一私が怪我を負えば、若月先生の責任問題になるんだから、と自分を納得させただろう。
でも、覚醒した今、ここまでの侮辱を甘んじて受け入れることは出来なかった。
「わ、わたし、大丈夫です! 守って貰わなくていいです!」
「何にも大丈夫じゃない。いいから、ちゃんと指示に従って。瓦礫の運搬と整理は手伝っていいから。――鈴森くん、後を頼むね」
若月先生は慌ただしく言い残すと、解体班に向かって走っていった。
いよいよカウントダウンが始まるらしく、拡声器を手にした担当教諭が「準備が終わった班から旗をあげて~」とアナウンスしている。
「手伝っていいから、だって」
「手伝えるものなら、が抜けてるよね」
前に更衣室で絡んできた女の子達が、私の顔を見ながら挑発してくる。陰口ではなく面と向かって言ってくるのが、パワードらしい。
――我慢。我慢だよ、アセビ。
母さんの遺言と、心配そうな柊くんの眼差しを思い浮かべ、怒りを鎮めようと努力した。感情が乱れると、パワーが暴走しそうで怖い。
「私語はやめて。解体時に飛び散る砂礫を防ぐのも、私達の仕事だよ。全員構えて」
鈴森サヤは眉ひとつ動かさないまま周りを見回し、冷静な声で指示を出した。皆は好き勝手言って気が済んだらしく、それぞれの持ち場へ大人しく散っていく。
私は真っ赤な頬を見られたくなくて、首に巻いたタオルを口元まで引き上げた。今にも泣きそうな自分が、一番むかつく。
鈴森サヤは黙って私のすぐ脇に立つと、廃ビルに集中し始めた。
「3~、2~、1~、ゼロ!」
担当教諭の合図で、解体班の皆が一斉に両手を掲げる。
次の瞬間、ビルは上から順番に崩れ始めた。溶けたソフトクリームが下に落ちていくのに似てる。実際は衝撃波を当てて壊してるわけだけど、砕け散ったコンクリートが四散しないようにコントロールしながらだから、周囲の建物には影響を与えず短時間で消すことが出来るのだ。
うちのクラスの解体班は特に優秀で、10階建てのビルが瓦礫の山に変わるまで15分程度だった。
こんもりと山になった瓦礫を、今度は待機班が同じサイズの大きさに砕きつつ、指定の場所に振り分けていく。鉄骨、コンクリ、ガラス、その他。立て看板のある場所に、砕かれた資材がどんどん運ばれていく。
「大丈夫だったね。いいよ、もう行って」
「あり、がと」
鈴森サヤは、解体が終わるとすぐに私を解放してくれた。
お礼なんか言いたくなくて悶絶しそうだったけど、かろうじて礼儀を守る。とりあえず今は、しょうもないプライドより実習優先!
自分を励ましながら、瓦礫の山に近づき、座布団サイズのコンクリートを持ち上げようと力を込めた。
あくまで軽く。かるく。羽で撫でるくらいの感覚で。
ところが、コンクリートは私が力を込めた瞬間に消えてしまった。……正確には粉になって風にとばされた。
近くで作業していた子の目に粉塵が飛び込んだらしく「な、なに!?」と痛がっている。うわ、ごめん。
コンクリートを粉にするとか、どんな羽だよ。
内心毒づきながら、気を取り直す。羽はダメだ。
小人はどうだろう。50センチくらいの小人が、切株を運ぶくらいの感覚で持ち上げてみるのは。
ぐにゃりと折れた鉄骨に標準を定め、イメージを膨らませながら力を込めた。
途端、鉄筋はものすごい勢いで天高く舞い上がり、そして空を切り裂くように飛んでいった。それは鉄筋置き場のど真ん中へ急降下する。全ては一瞬の出来事で、あっけに取られている間に全ては終わった。
ぐにゃりと折れていた鉄筋は、まっすぐにのばされ鉄屑の中心に突き刺さっていた。
「こら、誰だ、遊んでるのは! 危ない真似はやめなさい!」
若月先生の怒号が響き渡る。
びく、と飛び上がった拍子に、まだ解体途中だった隣のビルが大きく揺らぎ、わあわあと更に大騒ぎになった。
初めてまともに参加出来たサイコキネシス実習。
別の意味で、大失敗でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます