第51話 柊ユウ登場

 翌日、私はハルキくんの車に乗って柊グループの本社ビルへと向かった。

 会議っていうから、セントラル入学記念に買ってもらったスーツを着てみたんだけど、かなり動きにくい。ヒールのある革靴も窮屈でつま先が痛かった。未来の私はよくこんな格好で戦えたな。私は無理だ。


「そういう格好も似合うよ。大人っぽく見えるな」

「えへへ。やった!」


 まあ、ハルキくんの褒め言葉ひとつで「たまには着てみようかな」と思い直してしまったわけですが。


 本社ビルは、港区にあった。保護区外へ来るのはこれで3度目だ。

 立ち並ぶ高層ビル群に圧倒されながら、車を降りる。

 全面強化ガラス張りのエレベーターに乗って、みるみるうちに小さくなる街並みに感心したり、ふかふかの絨毯が敷き詰められた広い廊下の歩きやすさに感心したりしてるうちに、会議室へと到着した。

 両開きの扉を軽くノックした後、ハルキくんは返事を待たずに扉を押す。

 

 楕円形の大テーブルに着いた人々が、一斉にこちらを振り向いた。

 ほとんどがリーズンズだった。歳は30から50代とばらばら。中に2人、パワードが混じってる。20過ぎに見える女性と、父さんくらいの歳の男性だ。ホテル火災事件直後、医療センターに私を見に来ていた人も数名いた。

 

 真正面に陣取っている男性が立ち上がり、会釈してくる。


「この度はご足労頂きありがとうございます。大規模テロ対策委員会の本部長を務めております里内さとうちと言います。警察庁警備局長という肩書きはありますが、今日はあくまで一個人としてここに来ています」


 彼の挨拶を皮切りに他の人達も立ち上がり、私に向かって自己紹介してくる。


 ハルキくんは言っていた。

 【テロ対委のメンバーは全員、未来でも仲間だった人たちだ。彼らは信用できる】って。

 【表向きはホテル火災テロ事件の解決に向けて発足した機関だが、内実は反RTZ組織】……らしいんだけど、こそこそ活動しなきゃいけない理由はピンとこなかった。派閥がどうのってそんなに大事なことなのかな。政治の世界って難しいんだね。

 

 彼らは皆、ハルキくん達が未来から遡ってきたことを知っているらしい。

 ハルキくんの過去を読めない人達リーズンズははじめは馬鹿馬鹿しいと怒ったみたいだけど、色んな証拠を見て納得したんだって。

 証拠の中には実際の記録映像も含まれてる、って御坂くんは言ってたっけ。

 その時は説明聞くのが面倒で軽く流しちゃったけど、証拠になる映像ってなんだろう? 

 それによく考えたら、柊くんのご両親もリーズンズだ。ハルキくんの話をすぐに信じてくれたの、すごくない?


 以前聞いた話をめまぐるしく思い返しながら、私も頭を下げる。


「神野アセビです。よろしくお願いします」

「どうぞおかけ下さい。アセビさん――神野ヒビキさんと区別する為、下のお名前で呼んでもよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


 想像していたような堅苦しい雰囲気はなかった。

 彼らはコーヒーやお茶を片手に、手元の資料を確認したり私に微笑みかけてきたりした。

 私の前にも、すぐに飲み物が運ばれてくる。オレンジジュースの隣に添えてあるお菓子は、栄養チョコだ。ここのメーカーの栄養補助食品シリーズ、すごく美味しいんだよね。特にこのクランチチョコは絶品なんです。ニコニコしながら、一つ目の包みを開ける。


「では、早速ですがこれまでのまとめと、これからの方針についてお話しますね」

 

 本部長の里内さんはそう言うと、手元のパネルを操作した。あっという間に室内が暗くなる。

 私は慌ててチョコをかみ砕き、天井から降りてきたプロジェクターに集中した。


 

 ◇◇◇◇◇



 会議は終わりかけだったみたいで、本部長の説明が済むとすぐに解散になった。

 いつの間にか開いてた会議室の入り口には、黒いスーツ姿の人達がずらりと並んでいる。一体なんだろう、と驚いた私に、ハルキくんは耳打ちして教えてくれた。


「純血パワードのボディガードだ。リーズンズの委員には2名ずつ付けている」


 なるほど、拉致対策もばっちりってことか!

 RTZ側に攫われて頭の中覗かれたら、大変だもんね。


 会議の内容は、私が思ってたより大がかりで進んだものだった。

 私にも理解できたことは、ただ一つ。――周防キリヤを逮捕する為の準備は、着々と進んでいるってこと。

 別件逮捕とか拘留中の余罪取り調べとか、知らない単語がいっぱい出てきた。周防キリヤの名前で主催されてる啓蒙活動団体へのガサ入れも近く行われるらしい。啓蒙活動団体ってなに。

 表向きは脱税疑惑での調査ってことだけど本当は違うとか、そこで証拠が出れば自然災害研究所へも礼状を持って踏み込めるとか。

 私も真面目な顔でふんふん頷いてたけど、君たちは一体何を言ってるんだ状態だった。

 これでも必死に話についていこうとはしたんだよ? だけど限界を超えてからは、完全に魂が抜けてしまった自信がある。

 ただ、法的な手順を踏んで悪い人を取り調べるのって、すごく難しいんだってことは私にも分かった。


 テロ対委の人たちは、正攻法で周防キリヤを起訴する為に動く。

 ハルキくんと私達は『分岐点潰しの実働部隊』として、少々リスキーなこともお目こぼしして貰いながら頑張る、ってことみたい。うん、それさえ分かっていれば今はいいかな!

 

「これからよろしく」

「頼りにしてますね」

「一緒に頑張りましょう」


 席を立った対策委員の皆さんが、口々に話しかけてくる。

 連絡先を交換し、握手して頭を下げる。


そんなお近づきの挨拶を20回ほど繰り返したところで、最後の1人になった。


「柊ユウです。ヒビキさんには、いつもお世話になってます」


 ハルキくんのお父さんだ!

 雰囲気が全然違うから、気づかなかった。柊ユウさんは、見るからに優しそうなおじさまだった。

 目が細くて頬がふっくらしてる。威圧的なところはどこにもなくて、普通に歩いていたら大企業の社長さんとは思えないかも。


 私はひときわ深く頭をさげ、「こちらこそ、いつも本当にお世話になっています。あの、海のこともありがとうございました!」とお礼を述べた。


「いえ、造作もないことです。何かあったら、いつでも頼って下さい。すでに覚醒しているという話ですが、まだアセビさんはお若い。どうか、ご無理のないよう気をつけて下さいね」


 うわあ。見た目だけじゃなくて、中身もめちゃくちゃ優しい。

 ハルキくんの電話での態度を見てたから、勝手に『自分にも人にも厳しい冷徹な実業家』タイプかと思ってた。もしかして、身内へは厳しくしちゃうタイプ? 


 思わずまじまじと見つめてしまった私に気づき、ユウさんは苦笑を浮かべた。


「これは失礼。一流の能力者に向かって、いらぬ世話でしたね。すみません。つい、親視点で考えてしまって」


 ユウさんはそう言って、恥ずかしそうに頬をかく。いやいや、そういう意図は全くないです!

 私は慌てて両手を振った。


「大丈夫です。私のこと、心配して下さってありがとうございます!」


 ユウさんはホッとしたように微笑み、私と連絡先を交換してから会議室を出て行く。

 

 ほんとすごく良い人に思えるんだけど……。でも。


 彼は最後まで、ハルキくんの方を見なかった。

 私のすぐ脇に立ってるんだから見えないはずなのに、まるで空気みたいにハルキくんを無視した。


 これって、どういうこと――?


 誰もいなくなった会議室で、私はそっとハルキくんを見上げる。

 ハルキくんは遠ざかっていくユウさんの背中を、彼の視界から消えるまで、苦しげな表情で見送っていた。その後で、ようやく私を見下ろす。


「今日はお疲れ様。父とも会わせることが出来てよかったよ。ちょうど昼前だし、美味いものでも食って帰るか」


 ハルキくんは何事もなかったかのように、明るく言った。

 だけど、合わせた瞳からは抑えきれない苦悩が伝わってくる。彼はとても苦しんでいた。


「いいね。出来れば、2人きりになれる個室がいいな」


 これ以上、遠くから見守ることは出来ない。

 ごめんね。踏み込まれたくないことかもしれないけど、私ぐいぐい聞いちゃうね。


「そこで、聞かせて欲しいの。ハルキくんとお父さんのこと」


 ハルキくんはしばらく黙っていたけど、やがて諦めたみたいだった。

 私の背中を優しく押して会議室から出ながら、片手で端末を操作する。


「この近くに美味しいイタリアンがあるって、ヒビキさんに教えて貰ったことがあるんだ。そこでいい?」

「もちろん! 父さんめ、いいなぁ。私のお昼なんて殆どレトルト食品なのに。保護区外の方がそういう美味しいお店多いよね~。私も早く大人になりたいよ」


 頬を膨らませた私を見て、ハルキくんはようやく肩の力を抜いた。

 柔らかな表情で、私の頭をぽんぽん、と撫でる。


「そうだな。アセビがセントラルを卒業したら、色んなとこ一緒に行きたいな」

「うん! 約束だからね。その時は私もう、『柊アセビ』になってるかな?」


 わざとふざけて聞いてみる。

 

 ハルキくんは唇の端を曲げ、「……誰を裏切ってでも、その顔が見たくてどうしようもなかったんだ」と言った。

 



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