第54話 予知夢
夏休みが終わり、二学期が始まった。
一学期の疑心暗鬼が嘘みたいに、セントラルは格段に過ごしやすい場所になっていた。
旭シノが内通者だと分かったこと。
若月先生が協力メンバーに加わったこと。
そして御坂くんが大量の
それらの結果、私達は安心してセントラルで過ごせるようになった。少なくとも誰彼かまわず疑ってかかる必要はなくなったのだ。
御坂くんは研究所だけじゃなく周防キリヤに関わってる会社や団体全てのコンピューターをハッキングしてた。セントラルの職員と生徒全員についても、そのデータを使って『敵かどうか』を照合してくれていた。
セントラル内に潜伏してるRTZ関係者を警戒して私達とは距離を取っていたサヤも、二学期からは行動を共にするようになってる。
襲撃事件の影響はそんなに出ていない。
始業式で校長先生が「犯人はまだ捕まっていませんが、早期解決の為に色んな人達が動いてくれています。皆さんは普段通りの学校生活を送って下さい」とアナウンスしたくらい。
あの日セントラルにいた補習生の間からもっと不満が出るんじゃないかと思ったが、残りの補習が無くなったことで居残り事情聴取の件は仕方ないと諦めたようだ。
旭先生については、驚くほど誰も何も触れない。皆、まるで最初からそんな養護教諭はいなかったみたいに振る舞ってる。
「多分、キャパオーバーしたんだろうね」
サヤが言うと、ハルキくんも「そうだろうな」と頷いた。
私とマホ、ハルキくんと入澤くん。そしてサヤの5人は現在お昼休憩中。
食堂は今日もすごく賑わっていた。以前のように食券を買って料理の載ったトレイを受け取り、テーブルにつく。そこに御坂くんがいないのを、私は毎日不思議に思ってしまう。ぽっかりと空いた胸の穴はまだ埋まりそうにない。
「キャパオーバーって?」
首を傾げたマホに答えたのは入澤くんだ。
彼はすっかりいつも通りだった。誰より寂しいはずなのに全く態度には出さないとこ、尊敬するのと同時に胸が痛くなる。入澤くんは強くなるしかなかったんだとしみじみ思う。
「どうしてセントラルが襲われたのか。無差別攻撃だったのか、それとも神野ちゃんと若月せんせを狙ったものなのか。もし後者なら、どうしてその2人を狙ったのか。旭先生が襲撃犯を手引きしたのはなぜか。伏せられてる情報も多いし、皆なにをどう考えていいのか分からないんだよ。だから、蓋をした」
そう言って入澤くんは片手をパタンとテーブルの上に伏せた。
「警察が捜査してるし、先生は大丈夫だっていうし、ならもういいか、って考えるのをやめちゃったんだろうねって話。ほら、シュウの転校については皆いろいろ聞いてきたでしょ? 親の離婚で引っ越しって話は分かりやすいから、皆しばらく噂してた」
「そういえば、そうだね。……そっか。だから皆、休み前とまるっきり一緒なんだ。あんな大きな事件があったのに、誰も疑問に思ったり不安になったりしないの、すごく純血パワードらしいけどさ――」
マホが珍しく言葉を濁す。その言葉の続きはきっと「こわい」だ。
「何も考えずに過ごすのって、こんなに怖いことだったんだね。今の安全がいつまで続くか分からない状態なのに、みんな今日と変わらない明日がくるって信じきってる」
私のぼやきに、サヤが小声で反論する。
「それは、皆がRTZのこと知らないから。今の私達が戦いの真っ最中にいるから。何も知らなくても安全に過ごせるのが、
確かにサヤの言うとおりだ。
ハルキくんも「そうだな」と頷く。その後彼はグループテレパスに切り替え、新たに入手した情報を私達に伝えた。
『次にセントラルが狙われるとすれば、それは文化祭じゃないかと思う。未来でもヒビキさんが襲われたのは、文化祭当日だった。校長の話によると、襲撃事件の犯人逮捕の有無に関わらず、今年の文化祭は例年通り開催されるそうだ。当日セントラルのセキュリティレベルは【ホーム】から【パブリシティ】に切り替わる。生徒のバングル監視項目は生体反応のみになるし、正門は開催時間中開きっぱなしになる。事務AIはスリープ状態になり、来校者のIDパスは職員が目視で確認することになる』
それは確かに、RTZ側にとっては絶好のチャンスだ。
襲撃事件が未解決のままなら中止した方がいいと思うけど、そうはいかない事情があるのも分かる。
『ごめん。初歩的なこと聞くけど、文化祭ってどうしても開催しなきゃいけないもんなの? 未来でヒビキさんが学校にきてたってことは、保護者が見に来る行事なんだよね?』
入澤くんが不思議そうに聞いてくる。
そっか、入澤くんは学校自体通ったことないから知らないんだ。
彼にも知らないことがあるの、なんだか新鮮。私はうろ覚えの知識を引っ張り出し、文化祭について説明することにした。
リーズンズの学校の文化祭は生徒主体のすごく楽しい催しらしい。クラスや部活ごとに屋台を出したり日頃の成果を発表したりするんだって。劇やライブなんかもあるって聞いたことある。
セントラルの文化祭は、そういう遊びっぽいノリじゃない。
一言でいえば、就職活動の一環行事だ。
その日は各省庁から沢山の偉いさんがやって来る。セントラル生は学年関係なしに3つのグループに分かれ、自分達の能力を彼らにアピールしていく。
みんな自分の希望通りの進路に進みたいから、毎年かなり熱い発表になるって若月先生が言ってた。
子どもの成長を確かめる絶好のチャンスだし、参観したがる保護者も多い。彼らには来校に必要なIDパスが発行される。あと、近隣の高校の代表生徒も申請すればIDパスが貰えるみたい。
私が説明を終えると、入澤くんは『なるほどね~。ありがと、よく分かったよ』と言ってくれた。
小さいことだけど、褒められ慣れてないからすごく嬉しくなる。
照れ笑いする私を見て、ハルキくんも嬉しそうに頬を緩めた。
『アセビの話した通りだ。文化祭当日は各省庁の人事担当、生徒の保護者、リーズンズの高校生と多くの人間がセントラルを訪れることになる。もちろん警備は厳重に手配するつもりだが、相手もそのあたりは考えてくるだろう。周防キリヤがこのままおとなしく引き下がるとも考えにくい。みんな、くれぐれも気をつけてくれ』
『分かった。怪しい人を見つけたら捕まえて、警備班に引き渡すって段取りでいいんだよね? 単独行動は避けること。必要以上の戦闘は行わない。合ってる?』
マホがむう、と額に皺を寄せながら確認する。
御坂くんが抜けてからというもの、マホはすごく慎重になった。考えると頭が痛くなるのは相変わらずみたいだけど、それでもこういう話し合いの時、前みたいにぼんやりしたりしない。
ハルキくんは頼もしそうに頷いた。
『ああ、合ってるよ。警備に向こうの関係者が混じらないよう、慎重に人選を重ねているところだ。文化祭前日までに、警備員全員の顔写真入りのリストを渡す。必ず確認しておいてくれ』
『了解。まだ文化祭まで二ヶ月あるわ。準備期間としてはお互いに十分ってことよね。それまでに旭シノの身柄を拘束できるといいんだけど』
サヤが物憂げにため息を吐く。
ほんとそうだよね。
旭シノの足取りは研究所を最後に途絶えている。
警察へは一般人の目撃情報を装い通報済みだが、研究所側は出入り口の監視カメラのデータを提出し、「そんな女性はうちに来ていない」と主張しているそうだ。
うう……もどかしい! 周防キリヤが匿ってるのは間違いないのに、証拠がないのが辛い。
『その辺りもどうにか出来ないか、もっと調整してみる』
ハルキくんはそう言うとグループテレパスを閉じた。それから、実際に声に出して私達を促す。
「そろそろ、行こうか」
「うん。午後からはなんだっけ。英語と……」
「パワード保護法の座学だよ。アセビ、ちゃんとプリントやってきた?」
「もっちろん。教科書調べながらやったし、多分全部合ってるはず!」
「多分なの?」
いつものように賑やかにお喋りしながら、食堂を出る。
出たところで、私の足はぴたりと止まった。
――あーちゃん
突然、母さんの声が聞こえたのだ。母さんの声は鋭く尖っていた。
やばい、すぐに予知夢がくる。しかも悪い方の。
前兆に気づき、慌てて廊下の端に寄る。
「母さんだ」
すでに心は半分、白い霧に覆われたような状態だった。気力を振り絞ってそれだけ言葉にする。ハルキくんはすぐに察してくれた。
「予知か?」
「うん」
「分かった」
短いやり取りの後、ハルキくんは私の肩を抱き廊下の壁にもたれかかった。マホ達は私達2人を隠すように周りに立つ。他の人からは仲間内の立ち話に見えるよう、みんなは今度の休みの予定について話し始めた。
ほんの一、二度瞬きをした直後、目の前の廊下の景色が変わる。
沢山の人が、床に倒れていた。
苦しげにもがく人、床に爪を立て血の直線を描く人、すでに何の反応もない人。生徒だったりスーツ姿のおじさんだったり、被害者は様々だった。……やっぱり文化祭なんだ。私は予知夢の中で浅い呼吸を繰り返した。
白目を剥いて廊下の壁にもたれ掛かっている女性には見覚えがある。――新しい養護教諭の先生だ。
旭先生の代わりに着任した保健室の先生は、テロ対委のメンバーだった。始業式の日、体育館の壇上で挨拶をした彼女は、ずらりと並んだ生徒の中から私を見つけると悪戯っぽく笑いかけてくれた。
その彼女が、壁にもたれて死んでいる。
あまりに凄惨な光景に、悲鳴が洩れそうになる。
私はきつく奥歯を噛みしめ、衝撃に耐えた。
怖がってる場合じゃない。1つでも多くの情報を持ち帰らないと!
必死に目を見開き、視線を動かした。
視界が切り替わり、場面は体育館へと変わる。
そこで戦っていたのは、マホだった。
あれほど単独行動はしないって決めてたのに、彼女はたった1人で背後に庇った数十名の生徒を守ろうとしていた。生徒達の為に張った広範囲な物理プロテクトのせいで、精神攻撃に割けるパワーが少なくなってる。もともとマホは精神特化型。防衛能力値はBクラスだったはず。
生徒達はなぜかパワーを発揮できないみたいだった。能力抑制剤だ! おそらくあれを使われてる。
数名の男達が手にしていた銃を捨て、背負っていたマシンガンを構える。
彼らの目はうつろだった。口の端から涎を垂らし、意味不明な言葉を延々まき散らしている。彼らはすでに心を壊されていた。
強力な洗脳を施された後、転移テレポートで送り込まれてきたことが別の映像で分かる。食堂前の殺戮は毒ガスによるものだった。お昼時、防護服を着込んだ男達が食堂の裏口から入ってくる映像も捉える。
今回の予知の範囲は広く、私は大量に流れ込んでくる情報を覚えようと必死だった。
力を使いすぎて吐血したのか、マホの制服は真っ赤に染まっていた。
『ケイシと若月先生が殺された』『サヤの生体反応もない』『ごめんね、アセビ、柊くん。大口叩いたのにこのざまだよ。信じてくれたのにほんとごめん』
『こんな奴らに負けたくない。ケイシ達の仇さえ取れないなんて』
『こんなところで死んでたまるか。みんなを守らなきゃ』
そんなバラバラの言葉を呪詛のように紡ぐマホの意識がどんどん薄れていく。
『マホ!!!!!!!』
予知夢の中で、私は絶叫した。
今すぐ駆け寄ってあいつら全部ぶっとばしてマホを癒やさなきゃ。
縫い止められたように動かない両足を、泣きながら叩く。ねえ、動いて! 動けよ!!
ようやく動いたと思ったら、また次の場面に飛んでいた。
どこかのお屋敷の中だろうか、時代劇に出てくるお城の和室みたいに広い部屋の奥がズームアップされる。
掛け軸が巻き上がった床の間の壁、そこに隠し通路があるのが見えた。私の視点はものすごいスピードでその通路を駆け抜けていく。
狭くて暗くてじめっとしたその通路の行き当たりにあったのは、正方形の小さな部屋だった。
部屋の南側に書斎机がおいてある。
誰の指だろう、しわくちゃの節くれた指が視界いっぱいに映し出された。
指の主は机の引き出しに触れると、ポップアップされてきた銀色のパネルに暗証番号を打ち込んでいく。
『xY56c?98Wk:12』
私の現実の身体の指が、小刻みに揺れるのが分かる。
打ち込まれる数字列を覚えたくて、メモの動きを取ってしまったようだ。ハルキくんがすかさず私の手を掴み、彼の手のひらにあてる。
分散しそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、私はもう一度、さっきの数字列をハルキくんの手のひらの上に描いた。
書き終わったところで、隠し部屋から弾き出される。
来た時の同じくらいの猛スピードで遠ざかっていく中、私が最後に認識したのは和服姿の老人だった。あれが周防キリヤだ、と直感する。
老人は引き出しから取り出したらしき物体を、とても大事なものであるかのように抱え込んでいた。
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