第39話 襲撃
後半の補習開始日。
若月先生は、以前と変わらない態度で私を出迎えた。
「久しぶりだな。今日からまた、頑張ろうな」
「はい。よろしくお願いします……」
「どうした? 元気がないが、休み中に何かあったか?」
先生はそう言って私の顔を、心配そうに覗き込んでくる。
私は勢いよく首を振り、家でやってきた宿題をタブレットの液晶画面上に呼び出した。胸が痛い。このままだと上手く切り替えられない。
早めにけりをつけようと拳を握り締め、透視を開始する。
今回は、指定されたカフェにたむろっている皆をすぐに見つけることが出来た。
入澤くんの赤いTシャツのお蔭だ。マホもサヤも、鮮やかな赤のシュシュで髪を結んでいた。私の失敗を減らそうと気を遣ってくれたことが分かり、胸がじんわり暖かくなる。
今すぐにでも皆を呼びたい気持ちを押さえ、宿題をチェック中の先生に意識を戻した。先生は嬉しそうな顔で、液晶画面をスクロールしていた。
「――うん、全部合ってる。すごいな、頑張ったじゃないか!」
「先生のお蔭です。本当にありがとうございました」
礼は最終日に聞くと言われたけど、今日で終わりかも。……ああ~、だめだ寂しい。
名残惜しさを振り切って、覚悟を決める。
私はタブレット内の教科書を開きながら、教室の窓に意識を向けた。
一斉に窓の鍵を外し、大きく開け放つ。
開錠音とガラスが窓枠にぶつかる音が、静まり返った教室内に響き渡った。
突然の出来事に、先生は大きく目を見開いた。
次の瞬間、彼は椅子を蹴って立ち上がり、私を床に押し倒す。
反射的に跳ね飛ばそうとして、気づいた。先生の鋭い視線は、窓の外に向けられていた。彼は私の頭を両腕で抱え込み、物理シールドを展開する。
「このまま、じっとしていろ!」
そう言い捨てると、先生は窓へと駆け寄った。窓枠をきつく掴み、警戒をあらわにした眼差しを外に向ける。
彼は油断なく辺りを見回しながら、ズボンの後ろポケットを探り、端末を取り出した。
「C棟、2階の3号室です。外部からのパワー干渉を感知しました。至急応援を――」
ああああああ! シロじゃん! これ、完全に違うじゃん!
先生はよそから攻撃を受けたと勘違いしてる。
この場合はどうするんだったけ。クロだった場合のシミュレーションばかりに気を取られていたせいで、ハルキくんが何て言っていたか忘れちゃったよ!
もう一度カフェを透視し、ハルキくん達にテレパシーを飛ばす。
『違った! どうしよう! これ、どうするんだったっけ!?』
『アセビ? 落ち着け!』
説明する時間が惜しくて、パワーで窓を開けたところからのやり取りを映像化して送りこむ。
『待って下さい。彼のこの反応もおかし』
御坂くんからのテレパシーは、途中で途切れた。
何者かによって、無理やり通信を遮断されたのだ。線がちぎられたような不快音が耳奥に響く。
とっさに若月先生の方を見る。先生は、唖然とした顔で私の背後を見ていた。
盛大な警報が頭の中で鳴り響く。
私に与えられた時間は、ほんの数秒。――攻撃が、来る。理屈ではなく、本能が察知する。
迷っている暇はなかった。
私は床に膝をついたまま、若月先生の周りにシールドを張り巡らし、サイコキネシスを使って窓の外へと突き落した。
先生が視界から消えるのと同時に、爆風が押し寄せてくる。
鼓膜がやぶれそうな程の轟音と、灼熱の炎。
激しい爆発が起こっているのに、壁は崩れない。教室の後ろに貼られたポスターが、ひらひらとはためいただけだ。
教室全体をシールドで包んで封鎖した上で、内部爆発を起こす。そうすれば、中にいる人だけを確実に仕留められる。
私の後ろに立った何者かは、本気で私と先生を消そうとしてきた。
――………私はともかく、ノーガードだった先生まで。
頭の芯がスッと冷める。皆を呼ぶ選択肢は、綺麗に脳内から消え去っていた。ハルキくんに念押しされていた『出来るだけ一人で戦うな』というお願いも、頭から吹っ飛ぶ。
目には目を。歯に歯を。これは、正当防衛だ。
爆発の余波が収まるのを待って、焦げついた制服の裾を払う。
先生が張ってくれた物理シールドは、高熱に耐えきれなかったみたい。わりと序盤から、かなり熱かった。全身にヒーリングをかけながらシールドを張り直さなければ、今頃真っ黒こげになっていただろう。
窓の外、ちょうど先生が落下した辺りを透視する。
先生の姿は見当たらなかった。無事に逃げてくれたんならいいけど。
辺りを曇らせていた煙が消えると、黒マントの小柄な人が視界に現れた。
深くフードを下ろしているせいで、顔が見えない。
勝手にもっと大柄な人を想像していたので、意外だった。
「やっぱり覚醒してたんだ」
にい、と口角をあげ、そいつは笑った。
喉を無理やり潰したみたいな、変な声だった。性別すら分からない。
「狙いは私? それとも若月先生?」
どちらでも良かったし、返事に関わらず潰すと決めていたけど、ハルキくんは知りたいかもしれない。
「さあね」
そいつはそれだけ言うと、右手を掲げた。
途端、鋭い風が巻き起こり、私に襲いかかってくる。だけどそれは私に届く前に、乾いた音を立てて消え去った。私の張ったシールドの方が強かったみたい。
話をするつもりはないのか。じゃあ、こっちも遠慮なく。
私もそいつの真似をして空気を圧縮させてみた。
目の前に浮かんだ空気の球は、思ったより大きくなった。これじゃ駄目だ。簡単に避けられてしまう。
私は空気球を人差し指で弾き、細かく分裂させた。イメージは散弾銃の弾丸だ。
目前を埋め尽くす数千の弾に、渾身のパワーを叩きつけ発射する。私の造った空気弾は、そいつの全身に突き刺さった。かろうじて本体は守ったみたいだけど、顔を庇うように持ち上げた腕からは鮮血が滴ってる。マントはボロボロになり、破れたフードから黒髪が覗く。
床を汚していく赤を見ても、何の感情も湧かなかった。
ああ、あれをもっと流さないと仕留められないな、とは思った。
思った瞬間、勝手に体が動く。
私は床を蹴り、そいつに襲いかかっていた。限定テレポートを発動し、攻撃を避けようとするそいつを、同じようにテレポートを繰り返し、狩り立てる。
パワーでの攻撃には、限度があった。相手も反撃してくるし、なかなか致命傷を与えられない。もっとちゃんとした武器が欲しい。
願ったらすぐに、答えが降りてくる。
ないなら作ればいいんだよ。
私はそいつを空気銃で追い立てながら、隣の教室の机と椅子を全部解体した。脚まで木製のそれらに使われていたネジや釘をより分け、溶かして固め直す。
一つ一つは小さな金具だけど、数を集めると結構な量になった。あっという間に出来上がった金属斧を手元にテレポートさせる。
突然空中に現れたように見える武器に、そいつは息を呑んだ。
ふわふわと浮かぶ斧に手を伸ばし、きつく柄を握り込む。
これで首を落とせばいいんだ。ヒーリングも間に合わないくらい、すっぱりと。
理想通りの武器が現れたことで、ますます気分が高揚する。
次ににい、と笑ったのは、私だった。
「ちっ……! なにこれ、聞いてない」
そいつはパワーを貯め、遠距離テレポートを試みようとした。
サヤなら、飛んだ先の転移場所が分かるだろうけど、私にその技術はない。逃げられたら、終わりだ。
瞬時に距離を詰め、斧を振りかぶる。
私の筋力では支えきれない重さに、腕の付け根が変な音を立てる。斧の回転力で腕全体がねじ切られそうになるのをパワーで抑え、思いっきり叩きつけた。
斧の扱いに戸惑ったその数秒のせいで。
振り下ろした先から、そいつの姿は消えていた。
私の前に残ったのは、床に突き刺さった斧と、辺りに飛び散った鮮血だけ。
失敗した、と理解した直後、急激な空腹を覚える。
どうやらパワーを使い過ぎたみたい。
いざという時の為に持ってきていた栄養バーは、スクールバッグと一緒に灰になってる。
「ああ~、ポケットに入れときゃよかった~」
情けなく呟き、床にへたり込む。
遠くから、こちらに向かってくる数名の足音が聞こえる。全員、全速力で走ってるみたい。
お腹が減り過ぎて、皆を呼び寄せるどころか透視すら出来ないのに、どうしよう。
ここにきてようやく、ハルキくんの指示を全部無視してしまったことに気づく。
若月先生はいないし、襲撃犯は逃がしたし、教室の中はめちゃくちゃだ。
――……この状況、全方面にどう言い訳すればいいの?
私は座り込んだまま、頭を抱えた。
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