第38話 神野アセビの憂鬱
後半の補習開始を2日後に控えた日。
柊邸の離れに全員が集められた。
帰りの電車でしてた話を、ハルキくんは入澤くんやサヤ達とも共有すると言っていた。おそらくそれが今日なんだろう。
「――こちらの情報がRTZに漏れている」
ハルキくんは、その言葉を聞いた皆の反応を全神経を尖らせて見張っていた。
私はひたすら泣きそうになるのを堪えた。
ここでボロを出すようなバカがいるとしたら、それはマホだから。同じ純血でも、サヤはまだ賢いから顔には出さないだろう。
「それ、やっぱ若月じゃないの? 動きがあったのって先週なんでしょ? アセビの補習とリンクしてるじゃん。だから、さっさと拉致って知ってること吐かせようって言ったのに!」
マホは顔を顰めて、いかにもマホらしいことを言った。
あ。これシロだわ。
「そうだな。未来での若月がどんな人物だったか詳しいデータはないし、この辺りでどちらサイドの人間なのか、はっきりさせておこうか」
マホの反応は想定内だったのか、ハルキくんは冷静に返した。
「アセビの補習がマンツーマンで行われてることに裏があるのか、ないのか。探るチャンスは幸い目の前にある」
「神野さんをおとりに使うつもりですか?」
御坂くんが静かな声で尋ねる。
おとり、という言葉にマホとサヤはすぐさま反応した。
「なにそれ。アセビをわざと危険な目に遭わすって意味に聞こえるんだけど、冗談だよね?」
「アセビ一人に負担がかかる作戦じゃない。私は賛成できない」
口々に言う二人を眺め、ハルキくんは視線を入澤くんへと向けた。
「ケイシの意見は?」
入澤くんはにっこり笑って、足を組み変える。
「いいと思うよ。神野ちゃんを使って若月センセを揺さぶるの、いい案だと思う。柊のことだから、安全対策はとった上でのことだろうし?」
「ああ。それはもちろん」
「それ、詳しく話して。あと、ギリギリまで一人で抱え込む悪い癖、いい加減治して欲しい。慎重になるのは分かるけど、結局は巻き込まれるこっちの身にもなってよ」
「……すまない」
ハルキくんは眉根を寄せ、苦しげに呟いた。
入澤くんは今の話だけをしてるんじゃない気がした。彼らにしか分からないゴタゴタが沢山あったんだろうし、それを乗り越えて今ここに揃っているんだと思いたいけど……。
「入澤くんじゃないよね?」
私の口が勝手に動く。
入澤くんは、きょとんとした顔で私を見た。
「裏切らないで、お願い。私、入澤くんと戦いたくない」
私の言いたいことが分かったみたいで、入澤くんの表情が変わる。彼は可哀想なものを見るみたいに目を細めた。
「もしかして神野ちゃんは、俺が、柊を恨んでるんじゃないかって、そう疑ってる?」
一言ずつ区切られた質問に、こくりと頷く。
そんな風に思いたくないけど、これまでの言動の端々に何かあるような気がしてしまったのだ。
ハルキくんと同じく未来の情報を持っている入澤くんが、単独行動を取って周防キリヤに接触したんだとしたら?
自分から恋人を奪った男の孫である私が、ネクストパワードというスーパー能力者に進化してるのを知った周防キリヤがイラッときちゃって、行動を早めたかもしれないよね?
マホが怒り出すんじゃないかと、横目で様子を窺う。
マホは小さく口を開け、私と入澤くんを交互に見比べていた。鳩が豆鉄砲が食らうって、きっとこんな顔だ。
「そっか~。ん~……じゃあ、この際ぶっちゃけちゃうけど」
そう前置きして、入澤くんは両手を膝の上で組んだ。
一体何を言われるのかと身構えたのは、私だけじゃなかった。皆の気配が、ピンと張りつめる。
「神野先輩があそこで捨て身の特攻かけるとは思わなかったから、まじかよ! って頭真っ白になってる時にさ。追い打ちかけるみたいに柊が時間遡行なんてチート技をいきなり発動してきて、完全パニックだったよ。ここに飛んできた時は、いやいや、なんで俺らまで!? と思ったし。それまでの作戦でも、俺らはただ言われるままに動くだけだった。恨んでるっていうか、不満はあったよ。柊にも、神野先輩にもね? もっと信用してくれたらいいのに、って思ってた。今回の時間遡行だってただの便利な駒として巻き添え食ったんなら、俺って何なんだろ、な気分になるかな」
入澤くんの言ってることは、正直半分も理解できなかった。
誰かの手足になって動くって、すごくやりがいある仕事な気がするけど、入澤くんはそれじゃ嫌だったってことだよね。
リーズンズとパワードの価値観の違いが、大きく目の前に立ちはだかる。
考え込んでいる私の隣で、ハルキくんは大きな溜息をついた。
「信用してるよ。お前とシュウに裏切られるんなら、そこまでだったと諦めがつくくらいには。……時間遡行は、意図して解放した能力じゃない。同じことをもう一度やれと言われても無理だし、誰かを巻き添えにするとは思わなかった。おそらく、土壇場で無意識のうちに頼ってしまったんだと思う。あの場には大勢の仲間がいたのに、俺が最後まで共に戦って欲しいと望んだのは、お前たち二人だった」
ハルキくんの表情はどこまでも真剣だった。
サヤとマホは息を呑み、入澤くんの反応を待つ。
入澤くんはしばらく黙っていたけど、そのうち我慢できないというように両手で顔を覆った。
「ふつー、そこまでシリアスに返す? ……うっわー。耐えらんない、まじ恥ずかしい。なんなの、この人!」
私はポカンと口をあけ、身もだえし始めた入澤くんを見つめた。
御坂くんが眼鏡をくいっとあげ、呆れ声で首を振る。
「はいはい。嬉しくて恥ずかしいんですよね。予想以上の返答が照れくさいのは分かりましたから、神野さんの質問に答えたらどうですか?」
あ、恥ずかしかったのか。突然、どうしたのかと思った。
「待って、落ち着くから。……いやいや、恥ずかしいでしょ。平然としてるお前の方がびっくりだわ」
「ハルキ様ならそう仰るだろうと思っていましたから。ケイシは欲しがりですね」
「欲しがりとかやめて! 俺がただの構ってちゃんみたいじゃん!」
さらに身もだえしたあと、ようやく入澤くんは落ち着き、ゴホンと咳払いした。
「俺じゃないよ。俺は裏切ってない。こんな言葉にどれだけの重みがあるか分かんないけど、俺もRTZには沢山の貸しがあるんだ。どんな手を使っても必ず潰す、って思ってる。……信じて貰える?」
最後の言葉は、皆に向けて言ってるみたいだった。
マホとサヤはあっさり頷き、ハルキくんも「もちろんだ」と力強く答える。
入澤くんを見習って、私も自分の正直な気持ちをぶっちゃけることにした。
「疑ってごめんね。私も信じる。入澤くんだけじゃないよ。みんなのこと大好きだから、裏切らないで欲しいんだ。そんなの悲し過ぎるし、敵に回したらヤバイ人ばかりだから早めに消さないといけないし。私はみんなとそんな風にお別れしたくない」
いいこと言ったつもりなのに、ハルキくんを除く全員にドン引きされた。
「こっわー。神野ちゃん、こわい!」
「早めにってところがまた……。誤解でも殺されそうです」
「柊くん、この子が暴走しないようにちゃんと見張っててよね!」
「やるっていったらやれる能力が下手にあるから……」
ええ~! 入澤くんの時は、みんなしんみりしてたじゃん!
私の時も、しんみりしてよ!
その後ハルキくんは、対若月先生の作戦について詳しい説明を始めた。
作戦は至ってシンプルなものだった。これなら私にも出来そう!
題して『若月先生がどこまで知っているか試そう』作戦は、補習の席で実際に私が能力を使い、先生の反応を見るというもの。
使うのはサイコキネシスのみ。私の覚醒を知っている素振りを見せれば、先生はクロだ。
先生が何かしらの反撃に出た場合は、セントラルの近くのカフェで待機中の皆を教室内へテレポートさせる手筈になった。先生を捉えてテロ対策委員会に引き渡して、作戦終了。
セントラルは外部からのテレポートを許さない鉄壁の防衛壁を校舎の周りに張り巡らせている。それこそ、天井にまで。透明なガラス状のそれは、国際規格印付きの優れものだ。強力な爆弾で爆破することなら出来るだろうけど、テレポートによるすり抜けは不可能だと言われている。
内部にいる人が外部の人をテレポートさせることは出来るのに、一体どういう仕組みなんだろうね。
作戦通りに皆をテレポートさせられるかどうかが肝なので、話し合いの後、早速実地訓練を行なった。
柊邸から少し離れたところにある公園へ移動した皆を、離れに戻す訓練だ。
遠隔テレポートは医療センターでも何度かやったことのある訓練なので、コツは大体掴めている。それより、遠隔テレパシーに苦労した。
『準備おっけー?』
『うわ、なんだ!? こいつ、直接脳内に!?』
あ、間違えた。
公園の場所を端末の電子マップで照合しながら透視して、数名固まってるグループを発見したから話しかけてみたんだけど、リーズンズだったみたい。
半径1キロを超えると、透視の精度は激しく落ちる。裸眼0.01程度の視力でしか物が見えなくなるのだ。しかも接近しては見られない。
『遠見』と呼ばれる能力を持っている子は、千キロ先で起こってる出来事も鮮明に見通せるらしいんだけど、希少な能力なんだよね。
幸い、公園にいたグループのそのリーズンズ達とハルキくん達だけだった。消去法でもう一つのグループに話しかける。
『……もしもし? ハルキくん達ですか?』
『電話か!』
マホのツッコミにホッと胸を撫で下ろす。今度は合ってた。
点呼で人数を確認して、目の前のソファーを着地点に定め、一気に能力を解放。ほんの一瞬で、皆は帰ってきた。着地点をソファーに定めたせいで、三人掛けソファーがぎゅうぎゅうになったのには笑ったけど、無事成功と言っていいだろう。
「いやいや、普通に空間っていうか床を指定してよ!」
男2人に挟まれたのがよっぽど嫌だったみたいで、入澤くんが抗議してくる。
「ごめん、ごめん。次から気を付ける。あ、あとね。本番では、目立つ色のものを身に着けて欲しい」
人違いで話しかけてしまったことを打ち明けると、御坂くんがふむ、と顎に手をやる。
「なるほど。私達を見分けるのが難しいのですね。遠見の能力はやはり発動せずですか?」
「うん、遠見は無理そう」
「分かった。明日は赤いTシャツを着ていくことにしよう」
ハルキくんの申し出に「お願い」と返す。
入澤くんは「柊が? 赤いTシャツ?」と大笑いしたせいで、自分が着る羽目になっていた。
雉も鳴かずば撃たれまい、ってこういうこと言うんだな。補習の内容を思い出して胸がキュっとなる。
若月先生は、補習中ずっと優しかった。
その先生を明日、捕まえなきゃいけなくなるかもしれないと思うと、胸の底に重りが投げ込まれたみたいな気分だった。
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