第37話 過去の因縁
みんなで出掛けた海水浴は、とてもいい思い出になった。
父さんが撮ってくれた全員のスナップショットは、私の個人端末の待ち受け画面になっている。
帰りの電車の中では、ハルキくんの隣に座って彼と色んなことを話した。
私が話したのは主にセントラルでの補習内容と、医療センターでの訓練エピソード。
「頑張ってるな」とか「すごいじゃないか」とか、優しい相槌が返ってくるので、私は上機嫌だった。
ハルキくんは、最近の調査で分かったことを色々教えてくれた。
中でも私を驚かせたのは、すでにRTZは発足している可能性が高いという話だ。保護省の役人を誘拐したのも、ホテル火災事件もやはりRTZの仕業かもしれない、とハルキくんは言った。
「え!? こんなに早く? 未来ではもっと遅かったんだよね? ……そういえば私、RTZについての詳しい話って聞いたっけ?」
後半部分は念波で飛ばす。ハルキくんも人に聞かれたらまずい部分はテレパシーを使っていた。
RTZについては、パワードやパワードを保護する人達を無差別に殺していたテロ組織だってことしか知らない。
発足のきっかけとか首謀者とか、聞いたっけ? 聞いたのに、忘れたのかな。
ハルキくんは下唇を噛み、言いにくそうに口ごもる。
「いや、俺からは話してない。ヒビキさんから、聞いてない?」
「父さん? うん、全く」
昔から父さんは仕事の話をしない。
『どこまで話していいのか分からないなら、何にも言わないのが一番だ』って口癖みたいに言ってる人だから、私の方も聞こうともしなかった。
ハルキくんは一度目を伏せた後、決意したように顔をあげて私を見つけた。
「RTZを立ち上げたのは、周防(すおう)キリヤ。君の祖母と恋仲だった男だ」
「……え!?」
驚き過ぎて、声の大きさをセーブできない。
慌てて口を抑えて周りを見てみる。少し離れた席に座ってるサヤが人差し指を唇に当て、目顔で注意してきた。
「ご、ごめん。ここで祖母の名前が出て来るとは思わなくて」
「早乙女(さおとめ)キクさん――お前の祖母との関係は、未来では分かってなかった。アザミさんが残してくれた絵本を見た後、アザミさんと早乙女さんについて色々調べているって言っただろう? それで分かったんだ」
「そう、なんだ」
夏休みに入る前、確かにそんな話はしてた。
未来のRTZの関係者がどうこうって、このことだったんだ。
RTZの元になった組織の首謀者が祖母の元恋人だという話は、私をひどく混乱させた。
RTZの関係者はみんな悪い人。そう決めつけていれば楽だったのに、と心の片隅で思う。だがどうやら現実は、そう単純な話じゃなさそうだ。
私は絵本の内容を思い出し、眉根を寄せた。
【ある国に、特殊な力を持った女王様がおりました。女王様が愛していたのは、隣国の王子様。ですが隣国の王子様と結婚すれば、生まれる子供には力がなくなってしまいます。周りの重臣たちに反対された女王様は、無理やり自国の男と結婚させられてしまいました。女王様は世界を恨みながら、一人の王女を産みました】
物覚えの悪い私でも、あの絵本の内容は一字一句覚えている。
「じゃあ、その人が絵本の『隣国の王子様』?」
「ああ。周防キリヤは政治界の名門にうまれた御曹司だ。キクさんと接触していた時期は、保護省の大臣を務めていた。次期首相は彼だろうと言われていたのに、突然政界を引退。今は閨閥コンツェルンの会長をやってる。RTZが公に声明を出してテロ活動を始めた時にはもう亡くなっていたけどな。彼が元々の首謀者だったことは分かってる」
「ケイバツ?」
「妻側の親類関係って意味だよ」
「その人、結婚してるんだ?」
「ああ。キクさんが結婚してすぐ、彼も見合いで結婚している。子供も生まれて、今は孫もいるはずだ。櫻田コンツェルンって名前は、アセビも聞いたことあるんじゃないか?」
えーと、確か造船と飛行機関係の重工業メーカーだったような……。ITとかホテルとか、他にも色々やってるんだっけ。
ああ~。聞かなきゃよかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどう思えばいいか分からない。
額を抑えて呻いた私を見て、ハルキくんは今分かってることを整理してくれた。
1つ。未来では、神野ヒビキは事故死だと思われていたこと。
2つ。RTZが結成声明を発表したのは、ハルキくんが覚醒した翌年だったこと。
3つ。未来でRTZの首謀者が周防キリヤであることは突き止めたが、すでに彼は亡くなった後だったこと。
4つ。巨大コンツェルンを牛耳っていた元大臣が、RTZ結成に至った動機は分からずじまいだったこと。
5つ。周防キリヤと私の祖母の関係は、最近分かったこと。RTZ結成のきっかけは私怨なのではないかと疑っていること。
そして最後。
ハルキくん達の目的は、RTZとの直接対決ではなく『分岐点潰し』であること。
「俺達はその為に動いている。未来には打てなかった手を、すでに打っている。だから、簡単に戦って死ぬとか、口にして欲しくない。未来ではそうするしかなかったが、今は違う。俺達を信じて、早まらないで欲しい」
未来でテロが起きないようにするには、犯人を潰すのが一番早い気がするけど、ハルキくんの考えは違うみたい。私が死ぬ未来ならいらない、って言ってたし、もっと平和に解決したいのかな?
正直物足りなくてうずうずするけど、出来るだけ希望に応えたいとは思う。
「分かった。覚えとくね」
「ああ、頼む。話は戻るが、RTZには前身となる政治思想集団があった。現在は、平和平等党と名乗ってる。彼らにも当然見張りはつけてあるんだが、先週、党の中心人物とみなされていた数名が、降格されたらしい。これも未来にはなかった動きだ」
「その党に、周防キリヤはいないんだよね? RTZメンバーが仲間割れしたってこと?」
「分からない。今の平和平等党はまだRTZじゃないし、周防キリヤとの関わりは確認されていないんだ。周防がいつ、どうやってシンパを増やしたのかを今調べている」
「うう……難しい。……そうだ、新しくその党で権力を持った人は誰なの? ハルキくんも未来で知ってる人?」
「いや、名前も初めて聞く人物だよ。引き続きシュウが照会中だが、未来ではRTZと無関係だった可能性もある」
うーん。それだと、八方塞がりな気がする。
身元が分かってる他のRTZメンバーについてはどうなんだろう?
私の質問に、ハルキくんはゆるく首を振った。
「当時、前線に立っていたメンバーにも見張りはつけてあるよ。啓蒙集会に出席したり、仲間同士で会ったりはしてるが、その程度だ。今のところ、世の中に不満を持ってる一市民どまりだな」
「それじゃ、どうにも出来ないよね」
「そうだな。犯罪者予備軍というだけで拘束できたら、それはそれで怖いだろ? とりあえずアセビに覚えておいて欲しいのは、犯行声明を出していないだけでRTZはすでに活動を開始している可能性が高いということ。首謀者は分かっていても、簡単に手を出せる相手じゃないということ。そして、俺達の動きは相手に筒抜けだということだ」
思わず漏れそうになった悲鳴を、慌てて噛み殺す。
私は目を大きく見開き、ハルキくんを見つめ返した。
彼はどこまでも冷静だったけど、私の方は大パニックだ。
「ちょ、ちょっと待って。え? 情報が洩れてるってこと? それって、スパイがいるとか、そういう!?」
「可能性はあるという話だ。未来では起こらなかった事件が起こったのは、俺達が過去とは違う行動を取っているから。俺達に合わせた相手の動きが、あまりにも早過ぎる。どこからこちらの情報が洩れているのか分からない。……ヒビキさんを殺害してアセビに暗示をかけた実行犯を突き止めるまで、周りの人間を信用しない方がいい。俺も、アセビも」
最後の言葉を、噛みしめるようにハルキくんは口にした。
一気に気持ちが重くなる。
「今のメンバーは信用してもいいよね? 入澤くんに御坂くん。マホとサヤは、信用していいよね?」
だって、母さんの予言にあったもの。私達が力を合せたら、新しい道が拓けるんだって。
涙目になった私が問うと、ハルキくんは「彼らのうちの誰かに裏切られているのなら、もうどうにもならないな。刺し違えるのが精一杯だ」と言って、苦しげに笑った。
そこは、「絶対にない」と言って欲しかった。
でも、こんな大事な場面で嘘のつけないハルキくんだからこそ、私は彼が好きでしょうがないんだ、とも思った。
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