第40話 作戦会議
悩みに悩んだ私がとっさにとった行動は『死んだふり』だった。
熊に出くわしたらそれでやり過ごせるって聞いたことあるし、セントラルの職員さんが私を医療センターに運んでくれるんじゃないかと期待したのだ。
医療センターには、テロ対委に所属してる主治医の先生がいる。
今日の作戦も先生には連絡してあった。負傷者が出た時の為の保険だったんだけどね。ある程度のことは察してくれるはず。
私の目論見は、ほぼ成功した。
気を失った振りをした私の周りで「急げ!」「まだ息はある!」などの怒号が飛び交う。
「神野……っ!!」
その中には、若月先生の声も混じっていた。
胸がギリギリと締め付けられるほど悲しい声に、罪悪感が募る。ごめんなさい、先生。ハルキくんの許可が出たら、改めてきちんと謝ります!
転移係の先生が呼ばれ、緊急コールを繋いだ医療センターの処置室へと私を送り込む。
ストレッチャーごと転移した私は、完全に周囲の気配が変わったことを確認し、そっと目を開けた。
私を取り囲むように立つ先生や看護婦さんは、自制訓練でおなじみの面々だ。
意識不明の連絡が入ったはずだけど、皆落ち着き払った態度で私を見下ろしている。
『そんな簡単にやられるはずないと思った』――私のすぐ隣に立つ看護婦さんの表層思念が飛び込んできて、乾いた笑いが出そうになった。
その看護婦さんが、私の腕に点滴の針を指す。あっという間に気力が蘇ってきたから、栄養点滴かな。
次に、主治医の先生とばっちり目があった。40歳過ぎの先生は、深い溜息をつきながら首の後ろを揉んだ。
「ここは、緊急措置が必要な重症患者さんがくるところです。空腹程度で利用しないで下さい。栄養バーはどうしたんです。常に携帯しておくよう、あれほど言ったでしょう」
「すみません。次からはバッグじゃなくて、ポケットに入れます」
「是非、そうして下さい。柊くんには連絡してあります。気の毒に、酷く動転していましたよ。じきに到着するでしょう。空き病室を一つ押さえましたから、話はそこでして下さい」
「分かりました。お忙しいところ、お邪魔しました」
起き上がって頭を下げようとした私を、数名の看護婦さんがすばやく押さえ込む。
「点滴中は、動かないで下さい!」
「あ、……ほんとすみません」
さっきから謝ってばかりの私は、その後、駆けつけてきた皆にも平謝りに謝る羽目になった。
柊くんはベッドに座った私を見るなり、大股で近づいてきた。
すっかり強張った表情に、これは一発食らうな、と覚悟を決める。奥歯を噛みしめた私を、ハルキくんはぎゅうぎゅうに抱き締めてきた。
全力疾走した直後のような、早い鼓動が伝わってくる。……ごめんね。ものすごく心配させてしまったんだね。
宥めるように、広い背中を撫でる。1分は経っただろうか。ようやくハルキくんは力を緩めた。
彼が落ち着いたのを見て取った御坂くんが、冷静な声をかける。
「ハルキ様。言いたいことは沢山あるでしょうが、先に情報を共有しましょう」
その声で我に返ったハルキくんが、私から手を引き、すぐ隣に腰掛ける。
皆も病院側が用意してくれた丸椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
落ち着いたところでグループチャットテレパスを開始。私は起こった一部始終を皆に流した。
「全部拾って伝えたと思うけど、抜けがあったらごめん」
「いえ、充分ですよ」
テレパスを終了し、会話に戻る。御坂くんは個人端末を取り出し、メモを作り始めた。
「神野さんが窓を開けた直後、若月先生は外部からの攻撃だと判断した。襲撃犯の顔と声は不明。小柄な人物で、強力で広範囲な物理シールドと
目をつぶり、必死に記憶を辿る。
顔を庇ったのは、右腕だった。バングルは、なかった。左腕は……左腕にもなかった気がする。黒の革手袋してたけど、手首は見えていた。細い手首が瞼に浮かぶ。純血パワードなら、男も女も手首は細い。
「――はっきりとは言えないけど、なかった気がする」
私の返事に、入澤くんが顔色を変えた。
「ほんとに? ほんとになかった? もっとちゃんと思い出して!」
今まで見たことのない必死な形相で詰め寄られる。
御坂くんはそんな入澤くんの肩に手を伸ばし、無理やり椅子に引き戻した。
「落ち着きなさい、ケイシ」
「……ごめん。でも、バングルなしで能力使うってそれ――」
「ええ。私達と同じですね。ですが、まだ確定したわけではありません。ハルキ様、教室の現場保存は?」
「テロ対委経由で校長に頼んでやってもらってある。血痕が残ってるという話だし、衣服の残留物もあるはずだ。多比良、サイコメトリーを頼めるか?」
ハルキくんの問いかけに、マホはうーんと考え込む。
「出来るけど、私が能力使ったら先生たちがすぐ飛んでくると思うよ?」
あ、そうだ。私のパワー発動は感知されないけど、マホとサヤは違う。委員長権限を持ってるサヤならともかく、マホが勝手にサイコメトリーなんて発動したら、間違いなく指導対象になってしまう。
「校長の身辺調査は終わってる。彼はこちら側の人間だ。話を通して、多比良と鈴森のバングル情報はこちらで用意したダミーとすり替えてもらうことになった」
「そんな荒業、よく通ったわね」
サヤが目を丸くする。
ハルキくんは薄く笑って、頷いた。
「二人が何か問題を起こした時の責任は、全て対テロ委が取ると念書を書かされたよ。このことは、校長しか知らない。他の職員は、引き続き警戒してくれ。ダミー情報とのすり替えは夏休み明けからという話だったが、連絡して早めて貰うことにする」
「ずっとあれこれやってたの、そういうことだったんだ。じゃあ、大丈夫だね」
物体に残った残留思念を読み取る
それにしても、ハルキ達の仕事っぷりすごい。
別行動してる間、彼らが何をしてるのかなんて一度も考えたことなかったけど、味方づくりしてたんだね。
校長先生は味方だけど、他の先生たちはまだ分からない、っと――。何度か心の中で繰り返し、忘れないようにする。
「では、一旦そちらは保留にしましょう。若月先生の話に戻りますが、彼の行動にも気になる点はあります」
御坂くんの言葉に、サヤが首を傾げる。
「それ、カフェでも言ってたね。どういう意味? アセビがやったとは微塵も思ってない行動だし、怪しいところはない気がするけど」
「そうです。若月先生は、微塵も疑わなかった」
御坂くんが言うと、ハルキくんまで「そういうことか」と呟く。
マホは頭を抱え「何がそういうことなの? え、これ分かってないの、私だけ?」と呻いた。
大丈夫、私もだよ!
「神野ちゃんは生粋の純血パワードだ。フレームの交換も済んでいる。周囲は彼女を、『せっかく持ってる能力を上手く発揮できない子』だと思っている。あの場面で先生が『神野アセビの能力が突然開花し、暴走したのではないか?』と疑わなかったのは、おかしい。そういうことだよね?」
入澤くんの補足説明で、ようやく意味が分かる。
御坂くんは、「そうです」と頷いた。
「まるで神野さんの能力が【完全に封印されている】と知ってるような行動だとは思いませんか? それに、襲撃犯に関しても謎が残ります。襲撃犯が外部の人間だとするなら、犯人を招き入れた人間がセントラル内にいるはずです」
「……そっか」
掠れた声が喉から漏れる。
確かに、そうだ。ハルキくん達ですら、セントラルには入れなかった。襲撃犯は、補習生かセントラルの職員。もしくは、補習生か職員と繋がってる人物ってことになる。
私の能力にしたって、母によって封印されていたことを知ってるのは、父さんとここにいるメンバーだけ。それを、若月先生も知ってる? ありえない。……ありえないからこそ、怪しいんだ、とようやく飲み込んだ。
「だから、前から言ってるじゃん。拉致が駄目なら、若月本人に接触してスキャンする。一回じゃ難しいけど、何回か繰り返せばいけるはず。――ほんとは寝るのが一番いいけど、そこまでガードは緩くないだろうし」
あっさり言ったのはマホだ。
本人の許可なく直接サイコメトリーをかけるのは、強制尋問と言って、特定の条件下においてしかやっちゃだめなはず。凶悪犯罪の犯人が起訴された後、犯人が無罪を主張してる時とかね。
しかも、ハニートラップとか……。効率いいのは分かるけど、ちょっと捨て身過ぎない?
「だめだめ、そんなの絶対だめ!」
案の定、入澤くんが真っ先に反対した。
「しかも若月から直接!? どれだけの負荷がかかると思ってんの!」
「私は命は惜しくない。そっちこそ、なんど言えば分かるの?」
「……命が惜しくないなんて、軽く言うな」
入澤くんが珍しく本気で怒っている。低く吐き出された言葉にも、マホは動じなかった。
澄んだ瞳で入澤くんを、まっすぐ見つめ返す。
「軽く言ってない。使い捨てにされた仲間と、私を重ねて見るのやめて。私は私の意志で、自分の力を使うし、早々死ぬとは言ってない。純血パワードが、たかだか一人分のスキャンでどうにかなると本気で思ってんなら、すごい侮辱だわ」
「そこまで。マホ、言い過ぎ! 心配してくれてるんじゃん。昔のこと持ちだすのも、卑怯だよ」
堪らず口を挟む。マホも自覚はあったみたいで、大人しく引き下がった。
入澤くんは膝の上で拳を固め、悔しそうに唇を噛む。気持ちが伝わらないのが、もどかしいんだろう。
ごめんね。でも、これが純血パワードなんだよ。
効率を何より重視するのも、自分が元々短命だって分かってるから。しかも私達は基本、自分のパワーに絶対の自信がある。そこを侮られると、プツンときてしまうんだよね。
「――どちらにしろ、多比良の案は却下だ。若月がもしクロなら、時間がない。多比良が教室で襲撃犯の身元を調べている間に、残りのメンバーで若月に接触する。彼がもしシロなら、今のうちに味方につけておいた方が何かと便利だ」
ハルキくんが言うと、すかさず御坂くんが尋ねる。
「どこまで明かすつもりですか?」
「それは、相手の出方次第だな。もちろん、時間遡行については伏せるが」
「分かりました。それでは、若月先生への接触はハルキ様と神野さんでお願いします。現場のサイコメトリーは多比良さんとケイシ。私と鈴森さんで、もう一人に当たります」
もう一人?
あれ、他にも誰かいたっけ。
同じ疑問をサヤも抱いたようで、「私はどこへ行くの?」と首を傾げる。
「保健医の先生のところへ」
保健室の、あの先生? 何の為に? 名前を出されてもピンとこない。
サヤは何かに気づいたように、瞳を瞬かせた。
「そっか。……来なかったんだ」
「ええ。真っ先に駆けつけるはずの彼女が、現場にはいなかった。医療責任者の彼女がいなかったから、神野さんは何の応急処置も施されることなく、ここへ転送されたのです」
セントラルでの医療処置は、保険医の先生の立ち合いの元で行われることになってる。そういえば、誰も私の状態を確認しようとしなかったっけ。今更ながらに気づき、眉間に皺が寄る。
「私の治療ができないように、先に向こうに拉致されたのかもってことだよね。早めに無事を確認しないと!」
もしそうなら、手段を選ばないあいつらのこと。先生の命が危ない!
慌てた私を見て、御坂くんは微かに首を振った。
「確かに動くなら、早い方がいい。移動しよう」
ハルキくんの一言で、皆が立ちあがる。
何も言わずに病室を出て行くマホを、入澤くんが追い掛けていった。
2人でちゃんと話が出来たらいいな。理解し合うのは無理でも、お互い譲歩できたら――なんて考えていた私の肩を、ハルキくんがポンと掴む。口元は笑ってるのに、目が全然笑ってない!
ああ~。やっぱりテレポートで呼ばなかったこと、怒っていらっしゃいますよね、ですよね!
「俺達も、移動の間に話そうな、アセビ」
「……はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます