第41話 変わっていく未来

 ハルキくんは私を連れて駐車場へと向かった。

 フルオートマ仕様の高級国産車が、ハルキくんの接近を感知し、ロックを解除する。後部座席に乗り込むとすぐ、ハルキくんは天井から降りてきたパネルに行先を打ち込んだ。

 運転手不在の自動運転なら、15歳から免許が取れる。フルオートマ仕様の自動車を本人名義で持ってることと、高額な任意保険に加入していることが条件だけどね。

 ハルキくんって本当に御曹司なんだな、とこの車に乗る度思う。


 車が動き出すと、今度はハルキくんは端末を操作し、あちこちに電話をかけ始めた。


「……ああ。補習生の現在の状態を確認して、転送しておいてくれ。そうだ、写真つきで。――分かった。そちらにも後で目を通しておく」

 

 手短に用件を話しては、次の電話へ。これもいつもの風景だ。

 途中、ハルキくんの方にも電話がかかってきた。発信者の名前を見た瞬間、ハルキくんの頬が強張る。

 私は慌てて視線を外し、小型スクリーンの道路図に見入る振りをした。


「――はい。……ええ、そうです。ですが、完全な失敗とは言えません。……そうですね。夜にはご報告できるかと」


 ハルキくんが丁寧に話してる相手は、柊財閥当主・柊ユウ――彼のお父さんだ。

 お父さんから電話がかかってくると、ハルキくんを包む空気がどんより沈むことに気付いたのは、夏休みに入ってから。

 私は、自分の家やマホの家の親子仲が普通に良いからって、勝手に余所もそうだと思っていた。でも、そうじゃない。家族の数だけ、その形は違うんだ。そしてハルキくんは、お父さんとあんまり上手くいってないっぽい。

 

「待たせて悪い。もう電話は終わったから」


 道路地図を睨んでいた私に、ハルキくんが優しく話しかけてくる。

 きっと彼は困ってる。ユウさんとのやり取りを私に聞かれるの、ハルキくんは嫌みたいだから。確信しながら視線を戻すと、やっぱりハルキくんは不器用な笑みを浮かべていた。詳しく聞きたくなるのをグッと堪えて「大丈夫」と答える。

 どんな話をしたのか聞けば教えてくれると思うけど、お父さんと話した後のハルキくんはいつも少し弱ってて、そっとしておかなければ! と思わせる雰囲気を漂わせていた。


「それより計画のことだけど、ほんとごめんね!」


 話題を変えて、勢いよく頭を下げる。

 イレギュラーな事態が起きたらすぐ皆を呼ぶ、という約束を私は破ってしまった。

 ハルキくんは前髪をくしゃりとかきあげ、苦笑を深めた。


「それなら、自分の勘違いを反省してたとこだよ」

「え?」


 意味が分からず、思わず聞き返す。

 ハルキくんは軽く息を吐き、勘違いの内容を説明し始めた。


「未来での俺達の合言葉は『アセビを一人にするな』だった。未来のお前は、敵を前にすると人が変わった。感情を全部捨ててひたすら獲物を狩りつくす、そんな戦い方をした。俺達はそれを、RTZへの恨みのせいだと勘違いしてたんだ。……だけど違った。今日のお前は、目の前で若月が殺されそうになったことに反応して、俺達との約束を忘れた」


 淡々とした冷静な口調だからこそ、かえって居た堪れない気持ちになる。

 敵を前にすると人が変わるって、……そうなのかな。私はいつも通りな気がしたけど、ハルキくんが言うならそうなのかもしれない。

 急に自分が怖くなる。自覚なしで殺戮マシーンになってしまうって、それ、まずくない?


「戦闘状態に入ったアセビは、応援を必要としない。味方を足手まといだと判断するのか、単に一人で戦うのが性に合うのか。未来では結局、答えを教えて貰えなかった。……今は、教えてくれるか?」


 ハルキくんが冗談めかして尋ねてくる。

 私は力なく首を振った。


「教えたいけど、分からないんだよ。ほんと、嘘みたいな話だけど、約束とか段取りとか全部吹っ飛んで、こいつを倒さないと、って。それしか考えられなかった」

「そうか。単純に、戦闘スイッチが入ると周りが見えなくなるってことか」

「……うん。すみません」


 小さい子どもみたいで恥ずかしいけど、多分そうだ。敵しか目に入らなくなる。視界からソレが消えるまで、私はきっと止まらない。

 未来の私が自爆した事実を、ようやく受け入れられた。

 一番効率の良い方法に気づいてしまった私が、その道を選ばない筈がない。


「どうしよう。絶対にハルキくんを置いて行かないって約束したのに。……これじゃ私、また破ってしまうかもしれない」


 恐怖が溢れて、小さな声になる。

 ハルキくんはすぐに手を伸ばし、私の手を握りしめてくれた。


「心配するな。今回は俺の見通しが甘かった。次からは別の作戦を考えるよ。俺の能力には限りがあるが、リーズンズには武器も腕力もある。今度こそ、お前一人に全部背負わせたりしない」


 心からの言葉に、胸が熱くなる。

 こんなに想ってくれる人を、未来の私は置いていってしまったんだ。ハルキくんは諦めず、時を超えてきた。今度こそ、私を一人にしない為に。私は、一人じゃない。皆で未来を変えるんだ。

 

 はっきり認識したら、襲撃者との戦闘がどんなに身勝手なものだったかじわじわ身に染みてくる。

 爆風を躱したあと、すぐに皆を呼べばよかった。そしたら、襲撃犯の身元だって今頃分かってたかもしれない。ああ~、もうバカバカ! もうこんな失敗、二度とやらないぞ!


「うん。私も、理性飛ばさないようにしっかりする。ハルキくん達と一緒に戦うんだって、ちゃんと覚えておく」

 

 拳を固めて宣言した私を見て、ハルキくんはびっくりしたみたいだった。

 何度も目をしばたたせ、私をじっと眺める。


「ほんとにほんとだよ。反省した。ものすごく、反省したから」

「いや、それは疑ってない。ただ……」


 ハルキくんは安堵したようにふわりと笑った。突然現れた無邪気でものすごく可愛い笑顔に、胸がドキンと跳ねる。


「未来は変わってるんだな、って実感しただけ。未来のアセビが言ってくれなかった言葉を聞けて、嬉しいだけ」


 そうなんだ。未来の私に勝てるポイントがあるとするなら、反省の早さなのかもしれない。

 私まで嬉しくなって、ニコニコしてしまった。



 だけどニコニコしていられたのも、セントラルに入るまでだった。


 『事情説明の為の再来校』という名目で、セントラルへの入校を許された私達。

 ホログラムのAI事務員さんに、他の皆はもう来ているかを尋ねてみれば「Sクラスの機密事項に抵触しますので、お答えできません」と朗らかに返される。


「校長の手が回ってるってことだな。このまま、若月のところへ行こう」


 ハルキくんに促され、職員室へと向かう。

 セントラルには、テロ対策委員会直属の鑑識さんたちが大勢やってきていた。補習生は別室に集められ、事情聴衆を受けている真っ最中だとか。

 ハルキくんと私は、後始末真っ最中の校舎をどんどん進んでいく。誰にも見咎められないのが不思議だったけど、ハルキくんの顔は広く知られてるのかもしれない。


 職員室の前で私達を待っていたのは、校長先生だった。


「若月先生と話せますか?」


 単刀直入なハルキくんの質問に、校長先生は渋々頷いた。

『どうしてこの子は、こんなに偉そうなんだ』そんな表層思念が漂ってくる。

 校長先生はリーズンズだ。考えたことは全部、ノーガードで相手に伝わってしまう。周りは皆能力者なんだからさ。思っちゃうのは仕方ないけど、もっと気持ち抑えていこうぜ!


「この度は大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありません。後ほど、上の者が改めて謝罪に参りますので」


 ハルキくんにも校長先生の心の声が聞こえたのだろう、丁寧にへりくだった口調に変わる。


「そうだね。話は大人の責任者と改めてするとしよう。君じゃ分からないことも沢山あるだろうし。若月くんは面接室にいるよ。この棟の二階の東端の部屋だ。面談が終わったら、私のところへ来るよう伝えて欲しい」

「はい。御配慮、感謝致します」


 ハルキくんは軽く礼をして、すぐに踵を返す。校長先生は私に一瞬目を向けたものの、すぐ顔を背けた。

『こわい』ーー彼のシンプルな感情が伝わってくる。かなりグサッときたけど、すぐに仕方ないと思い直した。無尽蔵にパワーを使えるオールマイティ型の純血パワード、ってなんか最終兵器っぽさあるもんね。しかもその武器を持ってるのは、あんまり賢くない15歳。……私がリーズンズなら、絶対関わりたくない。


 二階へあがってすぐ、ハルキくんは舌打ちした。


「見張りをつけろと、頼んだのに」


 二階には誰もいなかった。シン、と静まり返った廊下の両脇に、電気の消えた部屋が並んでいる。

 突き当りの右側の部屋だけ、明かりがついていた。きっとあそこが面談室だ。

 急ぎ足でその部屋に向かっている最中、ガタン、と大きな音が響く。

 

 今の音、面談室から聞こえた気がしたけど、これって……!?


 私とハルキくんは一瞬目を見合わせた後、面談室目がけて駆け出した。


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