第2話 思い出したくないことに限って

 国立中央訓練高等学校セントラルには、純血パワードの子供たちが一堂に集められている。

 純血パワード自体、セントラルのある東京にしか住んでいないから、地方出身者はいない。

 昔はパワードも国中に散らばっていた。

 だけど、ある意味無垢なパワードをいいように操って、私腹を肥やそうとか国家に仇なそうとか、悪事を働く人がいたんだって。


 パワードは基本的に人を疑わない。

 そんな風に洗脳されてるんじゃないかって怪しんでる人権保護団体もいるくらい、パワードの無防備なアホさは群を抜いている。

 心配してくれてありがたいと思うけど、これは先天的な特質だという研究結果が出ている。


 私達は『生物学的に思索にふけることを好まない人種』なんだって。

 確かに、あれこれ考えるのめんどくさい、というのが私の知ってるパワード全員に共通する思考回路だ。

 思考力や判断力が全部パワーにいったんじゃないだろうか。


 人権保護団体の主張は、『生まれてすぐにつけられる能力制御装置バングルに洗脳作用があるのでは?』というものだった。

 政府はバングルと何人かの純血パワードを保護団体所属の医師に診せることで、彼らの主張を封じた。

 この辺りの歴史はジュニアスクールの授業で学習済みです。


 五歳で入学が義務づけられているジュニアスクールでパワードは、主に『自分はどんな存在か』について習う。

 あとは簡単な計算と読み書き。ここで躓く子は結構多い。

 勉強しなくても答えを透視したり読心すればいいじゃない的な安易な考えが、本能に沁みついているのかもしれない。


 ミックスの子達は高学年になると一般学習科目が増える。

 純血パワードは、実習と能力についての座学が増える。


 セントラル入学時の私達の学力は、リーズンズでいえば小学校卒業程度だけど、能力の発動技能なんかは成人並みになってる。


 セントラルに入学して私は、純血パワードを特別視する政府の方針にすごく納得した。

 ジュニア時代は10段階ある保護レベルのMAXに設定されていたバングルのフレームを、保護レベル5まで落としただけで、皆あっという間に凄まじい能力を開花させてしまったのだ。

 セントラルを卒業すれば、自分で保護レベルを1まで下げられるようになる。大人になった純血パワードがどれほど強いか、想像するまでもない。


 高校の入学式が、フレーム交換式でもあったんだよね。

 あれは、辛かった……。



 入学式が終わるとすぐ、ステージの真下に簡易面接セットみたいなテーブルとイスが並べられた。

 銀色に輝く鍵を胸からぶら下げた5人の教育委員が現れ、テーブルの向こうに着く。本物のコントロールキーを間近にし、気分は舞い上がった。

 広い体育館で私は、ドキドキしながら自分の番を待っていた。

 シンデレラじゃないけれど、フレーム交換で魔法みたいに能力値が爆上がりするんじゃないかって、そんな都合のいいことを夢想しながら待っていた。


「――解放おめでとう。しばらくは車酔いみたいな変な感覚があると思うから、馴染むまで席に座ってじっとしててね。30分くらい経ったら、クラスに移動していいからね。いつまでも気持ち悪いようなら、手をあげて先生を呼んでね。……はい、次の生徒さんどうぞ」


 今年の入学生は90人。過去最少の学年になると校長先生は寂しそうに言っていた。うちの地区からセントラルに進んだのは10人だけだから、残りの80人は知らない子だった。

 男女の比率は7対3で圧倒的に女子が多い。混血が進む一番の理由は、出生における男女比だと言われている。そのうち、純血はいなくなるのではないかと危ぶまれているらしい。でもそれならそれでいいと当人達は思ってる気がする。

 ノーパワーとか差別用語を使ったマホだって、条件次第ではリーズンズを選ぶはず。種としての差別意識は、私達側には殆どない。

 ……まあ、マホくらい能力が高かったら純血の男子が放っておかないだろうけどね。

 そんなことを考えながら、私はフレームを交換してもらう同級生達を見守った。


 いざという時の為に、交換する生徒の隣りには精神系のパワードが1人ついている。バングルの色は淡い水色。保護レベルを1まで落としている印だ。それでも顔色ひとつ変えずに平静を保っているのは、流石としか言いようがない。


「あの人たち、すごくない? こんな不特定多数の人がいるところに、もう二時間近くいる」


 私の前に並んでいた男の子が、こっそり振り返って囁いてきた。違う地区から来た初対面の子だ。


「うん、すごいよね」


 私のジュニア時代の能力グラフは、【精神系―適正なし】だった。他者の思念を読むことにかけては、リーズンズレベルってこと。

 だから精神系パワードが、こういう場所でどれくらいの負荷に晒されるかなんてちっとも実感出来ない。

 教科書知識を引っ張り出して、「大人でもおかしくなっちゃう人がいるんでしょ?」と問い返す。

 彼は大きく頷いた。


「俺、テレパスの素質判断出ててさ。実習で一回だけ保護レベル1を体験したことあるんだけど、選挙スピーカーくらいのでかさで周りの声が頭に飛び込んできて、気絶したんだよね。5分と持たなかった」

「そうなんだ。友達から聞いたことあるよ。辛いらしいね」

「辛いなんてもんじゃなかったよ。鼓膜が破れたと思ったもん。実際には無音なんだから、破れるわけないんだけどさ。俺も早く自制技術覚えたいなぁ」

「だよね、私も」


 私も、だって。

 無意味な見栄を張ってしまった。どうせすぐにバレるのに。


 ジュニア時代にコントロールキーを体験済みだなんて、この子はエリートだ。私は一度も使ったことがない。自制するも何も能力自体が弱くて、自制技術の実習はいつも見学だったとかね。言えないよね。

 これ以上深く追求されませんように。

 必死な祈りが届いたのか、保護されていても尚滲み出る共感エンパス能力で私の気持ちを読み取ってくれたのか、彼は黙ってまた前を向いた。


 彼が前を向いてすぐ、列の最前列で騒ぎが起こった。

 体育館の窓ガラスが一斉に共鳴を起こして、ビリビリと震えだす。防弾仕様の三重サッシだから何とか持ちこたえているだけで、あとほんの少しの後押しで粉々に砕け散るだろう。

 応接ブースでは一人の女生徒が両手で胸元を抑えて、屈みこんでいた。傍についていた補助員一人では抑えきれないみたいで、隣のブースからも応援が駆けつける。


――まずい。暴走だ。


 私達は習った通りに頭を抱え、自分の両膝の間に顔を突っ込んだ。壁際で待機していた学校の先生が一斉に持ち場に走り、生徒を守る為の安全結界を張り始める。

 盛大な爆発音と降り注ぐガラスに備えたのもほんの数分。

 いつの間にか、体育館は平穏な静寂の中に戻っていた。

 あれほどまでに膨れ上がったパワーを、彼女は上手く抑え込んだらしい。保護レベル5の状態であの規模のサイコキネシスを発動させること自体、誰にでも出来ることじゃない。

 よくよく周りを見てみて分かったのは、彼女が力を抑えたのは窓ガラスだけだったということ。壁にかかっていた校歌ボードはカバーガラスが砂状になって床にさらさらと零れているし、確かにさっきまでステージにあったグランドピアノは消え、代わりに木片らしき黒っぽい屑が小山を作っていた。


 やがて体を起こし始めた生徒たちの間から、女生徒への賛辞がささやかれ始める。

 特に男子陣はみんな酔っ払いみたいにうっとりした表情で彼女を見つめていた。惚れちゃったんですね、分かります。


「……すごい」

「まじかよ、半端ねえな」

「あれが鈴森すずもりだよ。鈴森サヤ」


 どうやら彼女は有名人らしい。私もその名前はどこかで聞いたことがある。薄っぺらい記憶を必死に手繰って、ようやく思い出した。

 全国能力テストでいつもトップにいた子だ!

 セントラルを出たら国連に呼ばれるんじゃないかって噂もあった。

 類まれな全能型のパワードを一つの国家が占有することは国際法で禁止されている。世界統一テストで実力が証明されれば、国境を超えて世界平和の為に働くことになるってことも知ってるけど、日本から国連特別安保委に招聘されたのは過去に一人しかいない。まさしくスーパーマンだ。


「すみません、お騒がせしました」


 可愛らしい声が前方から聞こえた。

 鈴森サヤが私たちの方を向いて、深々とお辞儀をする。頭を下げた体勢のまま、彼女はその場に崩れ落ちた。

 能力解放の揺り戻しがきたんだろう。解放されたパワーが複数であればある程、大きければ大きい程、揺り戻しは激しくなる。

 担架で運ばれていく彼女の腕が、ぷらんと外に落ちた。

 細くて華奢な腕と、白い手が目に焼き付く。

 身の内に棲まわせる巨大な力と裏腹に、私達はこんなにも脆い。どんなにすごい能力を持ってたって、器は普通の人間だ。

 そのことを改めて思い知らされた。


 思い知らされたのはそれだけじゃない。


 鍵を使ってフレームを交換されたというのに、私の体感は交換前と何一つ変わらなかった。


 5だよ? 保護レベルを一気に半分まで下げたのに、まるで無反応ってどういうこと!?


 これもまたかなり珍しいケースらしく、教育委員会の人は盛大に首を捻りながら私のバングルを調べていた。壊れてないです、通常運転です。


「神野……? 君、神野ヒビキさんの娘さんか!」


 どうにも納得できない様子のおじさんは、とうとう私の履歴表まで手に取ってまじまじと見つめ始めた。


「お母様は神野アザミさん!? ……君、サラブレッドじゃないか」

「はい」


 血統だけはいいんだ、知ってる。私は小声で返事して身を縮める。

 能力グラフは見るな。見るな。……見るなよ!

 必死な願いも空しく、彼は添付の能力グラフに目を留め、信じられないといわんばかりに大きく目を見開いた。

 しょうがない。かれはリーズンズだ。エンパス能力ゼロだから空気読めないんだ。

 自分を慰めながら、お決まりの台詞を待つ。


「不思議だね~。君にはもっとすごい能力が発動されていいのに」

「すみません」


 間髪入れずに謝ると、おじさんは途端に慌て始めた。隔世遺伝ってこともあるから云々と慰められ、ブースを出る。

 他の子みたいな揺り戻しもないのに、席に戻って30分じっとしているのは本当に辛かった。

 こんな時、リーズンズは空想上の友達イマジナリーフレンドを呼びだしてお話したりするらしい。その話を交流会で聞いた時、私は心底驚いた。

 そんなすごい能力あるなら、他に何もなくて良くない? 

 人を1人脳内に作り出せるなんて神の御業だよ! 本当にリーズンズはすごい。


 私も実はリーズンズだった、ってオチはないのかな。

 ……ないだろうな。余りにも両親に似すぎてるし、頭がいいわけでもないし。

 イマジナリーフレンドのいない私は、現実逃避と自己嫌悪の嵐に襲われながら待機時間をやり過ごしたのだった。




 ――はぁ。嫌なこと思い出しちゃった。


 忘れたい出来事ほど、記憶に残るのってどういう仕組みなんだろう。リーズンズなら知ってるんだろうな。

 朝のホームルームの開始を待ちながら、ぼんやり頬杖をつく。

 こんな中途半端な待ち時間があるからいけないんだ。いつもより来るのが遅い担任の先生を心の中で罵った瞬間、クラスの扉ががらりと開いた。


 やばい! 慌てて姿勢を正し、「先生最高。先生素敵。先生石油王」と唱える。

 担任の若月ソウ先生は、ミックスパワードの男性教諭。

 いちいち生徒の表層意識なんて読んじゃいないだろうけど、プロテクト能力も低い私の脳内は彼に透けていると言っていい。


 若月先生は教室に入ってくるなり、私の方を見て顔をしかめた。いつもだったら何かコメントしてくるのに、今日はスルーで入り口に向かって顎をしゃくる。


「入って」

「失礼します」


 先生に呼ばれて部屋に入ってきたのは、うちとは違う制服を纏った三人の男子学生だった。

 第一印象は三人とも頭良さそう。その一言に尽きる。

 特に先頭を切って黒板の前に立った男子生徒は、完璧に整ったルックスと鷹のような眼差しで私達を圧倒した。

 全身から放たれている覇気が「俺は人とは違う」って主張してるみたい。

 マホにあとで何色のオーラが見えたか聞いてみよう。私の予想ではリーダーシップを発揮する赤。それかプライドが高く負けず嫌いな紫。


 彼らの顔を見て、ようやく私は今日から留学生がくることを思い出した。

 朝マホが言ってたのに、今の今まで忘れてたよ。鳥頭は私だけじゃなかったらしく、クラスのあちこちから「あ~、そういえば」「今日からだっけ」という声が上がった。


「初めまして。ひいらぎハルキです。東塚高校から来ました。どうぞよろしく」


 鷹みたいな男の子は、短めに挨拶した。長文で言っても理解できないと思われたのかもしれない。

 東塚高校といえば、全国でもトップレベルの偏差値を誇る超名門私立だ。

 頑張って入学したのに、早々うちみたいな変わった職業訓練高校に転入させられるとか、罰ゲームか。

 短めの茶色い髪をさらりとかき上げ、柊くんは一歩隣にずれた。


「入澤ケイシです」「御坂シュウです」


 残りの2人も同じように挨拶をする。

 入澤くんが甘めの優男。御坂くんが眼鏡をかけた物静かなタイプだ。

 3人ともはっきり言ってかなり顔がいい。

 頭が良くて顔がいいということは、リーズンズにはモテモテだろうな。

 いいな~、すぐ結婚できそう。リーズンズの結婚適齢期は35歳まであることを忘れ、私は羨ましく思った。

 先生が手を叩いたので、皆もつられて拍手をし始める。

 歓迎を示したくて始まったはずなのに、途中から単にどれだけ盛大に手を叩けるか競争になり、とうとう海鳴りのように膨れ上がった拍手のボリュームに、3人は唖然としていた。


 先生が両手をあげて「はい! 分かったから、もういいから!」と叫んだので、私達は無心になって叩いていた手を止めた。

 

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