第3話 謎の転入生
拍手がおさまると今度は一転、クラスは静まり返った。
全員の視線が柊ハルキ1人に集まる。
ホームルームの進行は若月先生がしてるんだから、若月先生を見るべきなんだろうけど、どうしても彼に視線が引き寄せられてしまう。
何だろう。すごく不思議な匂いがする人だ。
どことなく父さんを思わせる。すごく優秀な雄って感じ。
今までそれほど沢山のリーズンズと接したことがあるわけじゃないからハッキリとは言えないけど、柊ハルキはリーズンズとは思えないパワード特有の魅力みたいなものを持ってる。
そう感じたのは私だけじゃないみたいで、クラスの女子生徒の大半はうっとりと柊ハルキに見入っていた。マホをはじめとする成績トップクラスの女の子達は流石に落ち着いてるけど、それでもリーズンズを前にした時のような無関心さはない。
いつの間にか入澤ケイシと御坂シュウは、柊ハルキを守るように両脇に立っていた。王様に従うお付きの人みたい。
同い年の筈だよね。家柄とか学力で上下関係が決まっているのかな。
ぼんやり考えながら眺めていると、悠然とクラスを見渡していた柊ハルキの視線が私に留まった。
ばっちり目が合い、思わず眉をひそめてしまう。
私が座っているのは、教室の最後列の一番端だ。成績順に並ぶ決まりなんですよ。最後列でしかも一番入り口に近い席の私は、クラスで一番出来ないヤツってこと。
「…………」
柊ハルキの唇が微かに動く。
私には、見つけた、と言ったように見えた。
彼は私を食い入るように見つめ、それから唇の端を曲げた。綺麗な切れ長の黒い瞳がみるみるうちに潤み始める。それは劇的な変化だった。
――え? なに? なんでこの人、泣きそうなの?
私は発作的に後ろを振り返ってしまった。私じゃない誰かを見ているのかと思ったのだ。振り向いた途端、壁とロッカーが視界に飛び込んでくる。そうだ。後ろには誰もいないんだった。
クラスの皆の視線が、一斉に私に移動する。
柊ハルキ、そして私。
全員の視線が卓球のラリーを追うように規則正しく移動した。
助けを求めて若月先生を探すと、彼は窓際に背中をもたれさせ、忙しなく端末を弄っている。
いやいやいや。自由か! お願い、生徒のSOSに気づいて!
必死に念を飛ばしてみたけど、テレパス判定Eの私が若月先生のプロテクトを突破できるわけもなく。そうこうしている間も、頬に痛い程の視線を感じる。
「柊」
「ハルキ様」
微動だにせずただ私を見つめている柊ハルキに、お付きの2人が声を掛けた。
甘めの優男な入澤くんは苗字を呼び捨てにしたけど、眼鏡インテリな御坂くんは名前に『様』付けだ。ほんとどういう関係なんだろう。
「分かってる、大丈夫だ。――先生、どうぞホームルームを続けて下さい」
「ん? もういいか」
「はい」
それだけ言って柊ハルキは教壇から降り、入り口近くに控えた。代わりに若月先生がいかにも怠そうな歩き方で黒板の前に戻ってくる。
先生は教卓の前に立ち「はい。んじゃ、おさらい~」と声を張った。
「政府の新プロジェクトが発足したのは知ってるよな? ……あー、発足っていうのは始まったって意味だ」
皆一斉にこくりと頷く。発足の意味が分からなかったの、私だけじゃなくて良かった。能力に関する言葉なら、多少難しい言葉でも知ってるんだけどね。
「国防や凶悪犯罪には、パワードが駆り出されることが殆どだ。パワードだけに負担がかかっているという世論……みんなの意見は昔からあったわけだけど、純血パワードの減少や殉職率の高さから、早急な対応が求められて、新プロジェクトが立ち上がった。リーズンズにも一時的に能力を発動できないかという研究がそれだ。これは全世界で同時にスタートしたプロジェクトで、一番最初に成功例を出せば、国威……まあ、日本ってすごいぞ! ってことになるわけだ」
若月先生はそこで言葉を切り、ちらりと柊ハルキに目を遣った。
「柊くんの実家でもある柊グループで、今回画期的な発明があったらしい。詳しいことは国家機密で先生も知りません。発明品の検証と更なる改良の為に、柊くん達3人は転入してきた。三年間、実習は見学という形になると思うけど、一緒に受ける予定だ。新しいクラスメイトがリーズンズで戸惑うこともあるだろうけど、能力を使ってクラスメイトを苛めたら罰則あるからね。――分かってるね?」
三人のエリート坊ちゃま達に対する皆の反応は、好意的だ。大きなトラブルが起こることはないと思うけど、罰則という言葉に皆ビクリとした。
高校での罰則がどんなものがまだ知らないけど、ジュニア時代の罰則は体罰を指したから、つい体が反応してしまう。特に感情に任せての暴力を、先生達は厳しく禁じていた。
「はい!」
全員が声を揃えて返事をする。誰だって酷い目には合いたくない。
ジュニア時代、怒りっぽい同級生の男の子が喧嘩に
彼は、自分の手足をもがれる生々しい幻覚を長時間見せられる罰を受けたと後から聞いた。男の子はすっかり大人しくなって、あまり喋らなくなった。
そういえば、彼も純血パワードだったのにセントラルには来ていない。どこに行ったんだろう。
若月先生は満足そうに頷き、再び柊ハルキ達に向き直った。
「えーと、君たちの案内役には、委員長と副委員長を――」
「そのことですが」
先生の説明を遮り、柊ハルキは首を振った。
「俺達の案内役は、神野アセビさんにお願いして下さい。彼女一人で結構です」
「え? 神野くん?」
先生はとっても驚いたみたいだ。私ももちろん驚いた。
彼は私の名前を知っていた。じゃあ、さっきのガン見は私を神野アセビと知ってやったってこと? なんで? 沢山の疑問符でいっぱいになった頭を抱え、必死に先生を見る。
クラスの女の子達から黒い感情を察知した。言葉にすれば「なんであんたが?」って感じのやつ。
今度は先生は私を見てくれた。
「こっちの資料にはないんだけど、神野くんの知り合い?」
「ち――」
「そうです」
思い切りかぶせてきやがった! しれっとした顔で嘘ついたよ、この人!
カッとなって立ち上がろうとした私のジャケットを、誰かが強く引っ張って引き留める。隣りの子を見ると、彼女はうっとりした眼差しで柊ハルキを眺めていた。
……あれ? じゃあ、誰?
サイコキネシスを発動させている奴がクラス内にいる。
一拍遅れて気づき、教室を見回す。不審な動きをしている生徒はいないけど、私が見落としてるだけかもしれない。
「じゃあ、神野くんよろしくね。大事な預かりものの生徒さん達だから、迂闊な失敗に巻き込まないように」
若月先生の冗談めいた釘刺しに、皆がドッと笑う。
笑わなかったのは、柊ハルキとお付きの2人だけだった。
柊ハルキ達は、今日はとりあえず制服の受け取りや学用品の購入をして帰るらしい。彼らはリーズンズだからお金を出して買うんだって。
身の回りのもの全て、国から無料で支給される私達とはその点でも違う。私は今までテレビドラマの中でしか現金を見たことがない。
どうして彼が私を案内係りに指名したのか。
どうして私の名前を知っていたのか。
あの時、私のジャケットを引っ張ったのは誰なのか。
沢山の疑問についてぐだぐだ考えていたせいか、5限目になって偏頭痛がしてきた。こめかみがズキズキと痛み出す。答えの出ないことで悩んじゃダメだって、体が反乱を起こしたみたい。
とうとうバングルが不調を感知し、先生の端末を鳴らした。
黒板に戦国時代の解説を板書していた歴史の先生が、手を止めてこちらを振り向く。
「えーと、神野か。頭痛か? 保健室に行っていいぞ。薬貰って休んでこい」
「はーい、付き添いしまーす」
先生の声掛けに、すかさずマホが手をあげる。
「分かった。多比良は送ったらすぐに戻ってくるんだぞ。社会に出たら、一般教養も大事だからな」
「了解です」
マホは手を眉の上にぴしりと当て、敬礼のポーズをとってから私のところへ来た。最前列のマホから私の席までは7列もある。
「真っ青な顔しちゃって。ほら、行くよ」
マホは私を立ち上がらせ、手を引っ張った。出口が近いのってこういう時は便利だ。廊下に出てすぐのところで立ち止まり、マホは私の額に手をあてた。
ずぐずぐと疼いていた痛みが少しやわらぐ。マホが
「……ありがと」
「もっと強めにかけたら痛み無くなると思うけど、加減分かんなくて。アケビの記憶吹っ飛ばしたら困るし、気休め程度でごめんね」
アケビ呼びに突っ込む元気もなかった。頭痛は少し治まったけど全身がすごく怠い。
「それは困るかな。でも助かったよ、吐くかと思った」
マホの全力ヒーリングなんて怖くて受けられない。
精神系の能力値は全ての項目でトリプルSを叩き出すマホだけど、自制技術だけBなんだよね。
国家公務員になるつもりならAが最低条件だから、マホは自制技術の実習だけは真面目に挑んでいる。
「あいつのせいでしょ?」
「……え?」
「柊ハルキ」
マホは言って、慌てて首を振った。
「考えなくていいからね。吐かれたら困るし、私もそこまで気になってるわけじゃないし」
「うん……でも、私ほんとに初対面だと思うんだよ。――忘れてるのかな?」
いくら記憶力がよろしくないといっても、初対面かそうじゃないかくらいは分かる。と思いたい。
「分かんない。どうでもいいよ。もし嫌なことされそうになったら、私がアケビを守ってやってもいいし」
「遠慮しとく」
「なんで? 私、鈴森サヤにだって精神系では負けたことないんだけど」
マホは分かりやすくむくれ、喧嘩腰で問い返してくる。
「それは知ってるけど、私のせいでマホが罰則くらったら嫌だから」
「……バレなきゃいいんでしょ」
物騒な返事を返してきたマホだけど、そんなこと不可能だって本当は彼女も分かってる。
私達の全ての行動は学校の管理下に置かれている。入学の時に誓約書にもサイン済みだ。
いつどこでどんな能力を発動したか。バングルに記録されたメモリーは学校のサーバーに直結していて、授業時間以外での能力行使はさっきみたいに先生に通報される仕組みになっている。
マホのヒーラー発動も、記録には残ったはずだ。微弱だったし攻撃系の能力じゃないから、誰も飛んでこないだけで。
そこまで考え、私はまた新しい疑問にぶちあたった。
そうだよ!
HRの時だって、クラスメイトの誰かがサイコキネシスを発動したなら、若月先生が気づかないわけない。
……もしかして、気づいたのに無視したの? もしそうなら、どうして?
若月先生の顔が脳裡にちらつく。
若月ソウ――高校を出た後すぐ、教員試験に受かってセントラルに採用された勉強できる組のミックスパワード。キャリア5年目の23歳。
私はそれくらいしか知らない。結婚してるのか子供がいるのか、若月先生に限らず、学校の先生はプライベートに関して滅多に喋らないから、多分みんなも知らないと思う。
知らない、ということが急に不安になってくる。
「私、若月先生に嫌われてるのかな」
唐突な独り言にも動じず、マホは「あ~、かもね」と相槌を打った。
「純血なのにこんなに弱っちいなんて、まじムカつくくらいは思ってるかも。能力高いミックスって、うちらに変な嫉妬してくることあるから」
「好きで弱いわけじゃないよ……」
「だよね」
マホは私をからかうのは大好きだけど、今まで能力のことで馬鹿にしてきたことは一度もない。そんなマホの「だよね」に、私は泣きそうになった。
「純血が嫌いなんじゃないよ。弱い自分が、嫌いなんだよ」
――『じんちゃんは、純血嫌いだもんね』
朝、言われたことに返事をしたつもりだった。このままじゃ私は誰のことも守れない。パワードの面汚しだ。
マホは「しょーもないこと言うな」と怒った。
怒ってくれると知っていて口に出したんだと、卑怯な自分に気づいてますます落ち込む。
保健室に着くと、マホはひらひらと手を振って教室に戻って行った。
「偏頭痛か~。辛いね。能力発動の副作用ではないよね?」
「違います」
「そっかそっか。成長期だし揺らぎが出ちゃってるかな。鎮痛剤飲んだら、ベッドで休んでね」
保健室の先生に優しく声をかけられ、私は言われた通りにした。
セントラルの保健室に常駐している保険医はリーズンズだ。緊急の手当が必要な場合はパワードを呼ぶけど、大抵は彼女が一般的な手当を施すことになっている。
眠りに落ちる間際、一生懸命何かを言おうとしてる母さんが急に浮かんで、びっくりした。
母さんのことなんて、考えてなかったのに……。
だけどその驚きも鎮痛剤がもたらす眠気には勝てなかったみたいで、母さんの面影はすぐに消え、暗い静寂が全身を覆った。
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