第24話 初めての街遊び

「明日は休みだし、せっかくの早帰りなのにどこにも行かないなんて、やっぱもったいないよ~! セントラルの制服じゃなければいいんでしょ?」


 まだ諦めてなかった入澤くんの主張が通り、私達は一旦家に戻ることになった。私服に着替えてから、マンションのエントランスに集合だって。

 せっかくだし、可愛いカッコしていこうかな。父さんに買ってもらったはいいものの着ていくところがないよそ行きワンピースをクローゼットの奥から引っ張り出し、胸に当ててみる。これなんて季節的にもいいんじゃないかな。

 私は上品な小花柄の膝丈ワンピを着て、淡いピンクのカーディガンを羽織ることにした。鏡の前に立ち、くるりと回ってみる。うん、可愛い。もっと体に凹凸があれば文句なしに似合うんだろうけど、贅沢は言うまい。


 結構自信があったのに、エントランスにすでに到着していた男子3名は、私の恰好を見るなり一斉に口元を抑え、顔を背けた。よく見ると肩が震えてる。

 なんで笑うの?! ちゃんとファンション雑誌の通りのコーディネイトなのに! 胸もお尻も足りないのは分かってるよ!

 しかめっ面になった私に気づき、「違う違う」と入澤くんが手を振った。


「似合ってるよ、すっごいキュート。ただ、未来の神野ちゃんのファッションとは真逆だったから、意外だっただけ」


 そう言われてみれば、攻めたスーツ着てたな、未来の私。


「神野さんは、黒のスーツが基本でしたから。オフの日も似たような恰好でしたので、甘めのスタイルは嫌いなのかと思ってました」

「そうなの? 柊くんと2人の時も?」

「ああ。ワンピースを着てるところは見たことない。でも今みたいな恰好も、すごく似合ってる。――可愛いよ、ほんとに」


 柊くんが真っ赤になりつつも褒めてくれたので、機嫌を治すことにした。

 私がパワードで良かったね。リーズンズの女子ならしばらく根に持つ案件だよ、これ。


 そういう柊くんは、黒のパンツにグレーのパーカーというカジュアルスタイルだった。贔屓目抜きにしても良く似合ってる。スーツもカッコよかったけど、こっちの方が高校生らしくて好きだな。


 送迎のリムジンに乗り込んでから、そういえば、と思い出した。「今はそれどころじゃない!」と止めそうな柊くんと御坂くんがすんなり外出に同意したのは、どうしてなんだろう。あのでっかいコンピューターで若月先生のこと、調べなくてもいいのかな。


「それは俺達の仕事だし、夜でも出来る」

「お2人にはきつい話が続きましたからね。たまには息抜きもしないと」


 柊くんと御坂くんの答えに、頬が緩んでしまった。そっか。私達の為だったんだ。

 私もマホも、保護地区以外には出掛けたことがない。放課後、繁華街で遊ぶ学生を羨ましく思っても、TVの向こうの世界の話だと諦めていた。


「そっか~! 嬉しいな。すっごく嬉しい! ね? マホ」


 マホを見遣ると、私と同じようにニヤニヤしている。

 それなのに同意を求めた途端、すまし顔に戻り「ふ、ふん。別に暇だから付き合ってもいいかなって思っただけだよ」などと強がってきた。

 柊家のコネを使ってまで、複雑かつ面倒な電子手続きを乗り越え、純血パワード2人の外出許可をもぎ取ってくれた柊くんに悪いと思わないの?

 ムカついたので身を乗り出し、向い合せに座ってるマホの肩を強めに押す。


「そうなんだ。柊くんが苦労して許可取ってくれたのに、そういうこと言うんだ。じゃあ、無理して付き合わなくていいよ。車、降りなよ」

「…………」

「ほら、降りなって」

「…………」


 普段なら噛みつき返してくるのに、マホは無言で座面シートにしがみついてる。


「テレポートの練習台にしちゃおっかな。マホならどこに飛んでっても平気だろうし」

「…………そんなことしたら一生恨む」

「はぁ? 聞こえないんですけどぉ?」

「まあまあ」


 ここまで言っても謝らない頑固なマホを庇ったのは、入澤くんだった。


「本当は楽しみなのに、素直に言えないんだよ。神野ちゃんも本当は分かってるんでしょ?」

「そうやって入澤くんが甘やかすから、こんな子になったんだよ!」


 時系列を無視したツッコミに、入澤くんは両手を合わせ「後できちんと言い聞かせておきますので」と乗ってくれた。悪戯っぽさを帯びた華やかな笑みは、非常に魅力的だ。リーズンズの女の子なら一撃必殺だろう。感心はしたものの、不思議と一ミリもときめかない。

 入澤くんに庇ってもらったのに、マホはお礼一つ言わなかった。礼儀知らずにも程がある。マホを睨みつけると、彼女は隣の入澤くんの腕をひっぱり、私の視線の盾にしてきた。

 こ、こいつ……!

 更に怒りの炎を燃え立たせた私に、柊くんが話しかけてくる。


「俺の事なら気にしなくていい。俺が連れていきたかったんだ。それより、どこへ行きたい? せっかくだからアセビ達の行きたいところへ行こう」


 恩知らずかつ礼儀知らずなマホをあっさり許すなんて、柊くんの懐の広さは東京ドーム並みか。時間遡行してきてくれたのが、彼で良かった。ううん、彼が良かった。

 出会ってからの日数とか関係ない。刷り込みでもいい。私はすっかり柊くんを好きになっていた。2人きりになったら告白しよう。前は平気だったのに、今は皆の前で言うのが恥ずかしい。


「それなら、映画見に行きたいな。映画館って行ったことないんだ。ポップコーン食べたい! すっごくおっきいんでしょ?」

「ポップコーンは俺も注文したことないな。いいよ、映画にしようか。皆も構わないだろう?」


 御坂くんは端末を取り出すと、上映中の映画を調べ始めた。

 皆であれこれ迷った結果、アクション映画に決める。派手なカーチェイスが売りの人気タイトルらしい。大画面で見る映画は、迫力あるんだろうな~。

 期待で胸を膨らませた直後、重要なことにハタ、と気づく。


「どうした?」

「私、現金もカードも持ってきてない……。保護区以外はバングルで払えないんだよね」


 しょんぼりしながら打ち明けると、マホがここぞとばかりに声をあげた。


「ええ~、アセビお財布持ってきてないの? 出かけるのに、手ぶらできたの?」「ぐっ……マホだって、持ってない癖に!」


 未成人の純血パワードは現金と無縁の生活をしている。オンラインショッピングの支払いは保護者の口座から引き落とされるし、セントラルでの購入はバングルで済むからだ。


「決めつけないでよね」


 マホは小ぶりのバッグを探り、水色の財布を取り出した。それから得意げな顔でファスナーを開き、中のお札を見せてくる。


「非常用にって母さんが用意してくれてたんだ」


 リーズンズの文化に詳しいおばさんらしい配慮だ。うちの父さんに、そういう細やかさはない。っていうか、お財布までしっかり持ってくるとか、お出かけ楽しみにし過ぎだろ!


「アセビこそ、帰ったら~? お金ないのにどうやって遊ぶの? ねえ、ねえ」


 マホが勝ち誇った顔で、さっきの仕返しをしてくる。悔しさのあまり、お札に火をつけたくなった。発火能力で、どうにかあのお札だけ燃やせないかな。


「持ってきていても払わせるつもりはなかったよ。ほら、もう気にするな」


 柊くんがスマートに助け舟を出してくれたお蔭で、リムジンごと火だるまになる事態は避けられた。ホッとするのと同時に、きゅんとする。胸の中は大忙しで、どうしていいのか分からないくらいだ。


「そうやって柊くんが甘やかすから、アセビがうっかりになったんだよ!」


 びし、っとマホが柊くんを指さす。柊くんは珍しく声をたてて笑った。


「それは言い聞かせてどうにかなるものでもなさそうだから、責任持って面倒みることにしよう」


 笑いながら柊くんは私の手を握った。ぎゅっと握られたところから、あったかくて甘い気持ちが全身に広がる。

 好きな人にからかわれるとこんなに幸せな気分になること、私は今日初めて知った。



 映画館に到着してから日没まで、本当にあっという間だった。

 選んだ映画には、2D版と3D版の2種類が用意されていた。最先端のVRゴーグルをかけて観る3D版は、映画の中に入ってるような感覚を味わえるらしい。私とマホは興奮し、どんな風だろうね~と瞳を輝かせた。


「残念ですが」


 券売機の横に貼ってある注意書きのポスターを、御坂くんが指差す。


『3D版について――未就学児童。妊娠中の方。高血圧・心臓病の持病のある方。パワードはご視聴頂けません』


 どうやらVRゴーグルとパワードの相性はあまり良くないらしい。


『ご視聴中、無意識のうちにパワーが解放される可能性があります』とポスターの赤字は警告していた。こんな人の多いところでパワーを暴走させたらどうなるか、想像するだけでゾッとする。3D版は泣く泣く諦めた。

 気を取り直して、売店に向かう。

 色鮮やかなメニューボードを熱心に見上げるマホを、入澤くんは眩しそうに見つめていた。マホのお財布の出番はなく、全て柊くんが支払ってしまう。会計の間ずっとお姉さんの手元を見ていた私の頭を、柊くんはニコニコしながら撫でた。

 レジ打ちが珍しかったと言えば、そうだろうと思った、と返される。可愛くてしょうがないと言わんばかりの眼差しに、照れくさくなった。

 買って貰った山盛りのポップコーンをこぼさないように持ち、劇場の中に入る。

 2D版で見た映画は、それでも大迫力でとっても面白かった。何といっても音が違う。臨場感溢れるアクションに、手に汗握って見入った。

 映画の後は、同じビル内にある遊戯施設に移動し、ビリヤードに挑戦することになった。マホがもじもじしながら、やってみたいと言いだしたのだ。


「さっきはごめんナサイ。お願いシマス」


 半分片言だったけど、今度はきちんと柊くんに頼んだので私も賛成した。全員未経験だと言うので、ビリヤード台に備えてあったハンドブックを見ながらゲームを始める。見た目一番上手そうな入澤くんが、てんで見当違いのところに球を転がすものだから、私もマホもお腹を抱えて笑った。


「そんなんじゃ、真のチャラ男にはなれないぞ」

「そうだ、そうだ~! ビリヤードは必須条件だぞ」


 野次を飛ばす私達に、「そもそもチャラ男のつもりないし!」と入澤くんが言い返す。


「そうだったんですか」


 御坂くんが真顔で呟くのを見て、柊くんも噴きだした。

 全員に笑われたことに腹を立てた入澤くんが、能力を使って全部の球をコーナーに入れてしまう。そこまでして勝ちたいのかと、私とマホは更に大笑いした。


「誰かに見られたらどうするんですか!」

「分からないようにやったもーん」

「何もしてないのに、球が90度曲がるわけがない。誰がどうみても分かるだろ」


 真面目な顔で言い合う3人のやり取りが、余計に笑いを誘う。笑い過ぎて浮かんだ涙を拭い、こんなに楽しいのも生まれて初めてだ、と思った。


 だけど楽しい時間は、そう長く続かないという決まりでもあるんだろうか。

 晩御飯も食べて帰ろうということになり、ビルの外に出た私達の耳に、甲高いサイレンが飛び込んでくる。3人は反射的に身構え、私とマホを囲むように立ち位置を変えた。


「火事?!」

「ホテル火災だって!」

「ちょ、消防車が数台来たって、あれ無理でしょ!」


 道行く人の間から悲鳴に似た声が次々にあがる。彼らの視線の先に私も目を向け、そして棒立ちになった。

 沢山のビルが立ち並ぶ隙間から、真っ黒な煙が立ち上っているのが見える。50階ほどはありそうな大きなホテルの上部が、赤黒い炎に炙られていた。

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