第18話 いばら姫

『RTZの殲滅より神野アセビの命を重視する』

 きっぱり言い切った柊くんへ理不尽さを感じたものの、すぐに思考を切り替えた。私は、一人の犠牲で悪辣なテロ組織が壊滅出来るのなら中々の成果じゃないかと思う。柊くんは、そうは思わない。ただ、それだけの話だ。


 リーズンズにとって人の命は、時に地球より重いらしい。

 パワードは短命種なせいか、あまりそういう考え方はしない。そりゃ一より百だよねって感じで、天秤は大きな数字に傾くのが一般的だ。情があるとかないとか、そういうのとはまた別次元の話。この感覚の違いを柊くんに分かってもらうのは難しいだろう。


「えっと、……じゃあ私が生きてさえいれば、テロ組織は壊滅しなくても、柊くん的には満足なの?」


 これだけは確認しておきたくて、聞いてみる。柊くんは目を見開き、急いで首を振った。


「いや、RTZは必ず潰す。未来のお前とも誓ったことだ。その決意は何も変わってない」


 おお~、かっこいい! それならいいや。

 難しい理屈はさておき、私はRTZが気に入らない。

 弱者を一方的に踏みにじるのなら、同じように仕返しされる覚悟はあるってことだ。


「良かった。じゃあ、一緒に頑張ろうね!」

「ああ。……今度こそお前を守ってみせる、って言えたら良かったんだけどな。前も言ったように、今の俺に大した力は残ってない。だから、やれるだけのことはやる、くらいにしとく」


 声色に混じった自嘲めいた響きに、胸が小さく痛んだ。

 せっかく王子様っぽい見た目と喋り方してるんだから、もっと偉そうにしてていいのに。


「私だって大した役には立てないかもだし、そういう弱気発言なしだよ」


 そう言って、はい、と右手を差し出す。

 同志の誓いの握手のつもりだった。柊くんにも伝わったらしく、彼は張りつめた雰囲気を和らげ、私の手を握ってくれる。

 彼の体温を感じた瞬間、見知らぬ光景が脳内にはっきり浮かんだ。


『サードパワード、ねえ。皆の足を引っ張らないよう、せいぜい頑張って』


 スーツ姿の凛々しい青年が差し出した手を、同じくスーツ姿の女性が握る。

 大人になった柊くんと私だと、すぐには分からなかった。あまりにも雰囲気が違う。

 今よりうんと色男になった柊くんは、警戒心を剥き出しにしていた。侵入者と相対した獰猛なドーベルマンみたいだ。私は私で、ツンと顎をそらし不敵な薄い笑みを浮かべていた。ぴっちりしたタイトスカートには際どいスリットが入ってて、太腿のナイフホルダーがちらりと見える。髪はワンレングスのボブスタイル。今の私とは全然違う。


『随分大きな口を叩くじゃないか。ご足労頂いたのに申し訳ないが、本当の目的は何か聞いてもいいか?』

『戦力を増やす為って答えたいけど、今のあなたには言えないかな。弱すぎて話にならない。断ってもいいんだよ? 私をこの部屋から追い出せるならね』


 険悪な関係という表現すら生ぬるい。ぎり、と目に力を込めお互いを睨みあった2人の殺気は凄まじかった。

 この人達がゆくゆくは恋人同士になるなんて、とてもじゃないが想像できない。世の中は不思議で満ちている。


「――読んだのか」


 突然、柊くんに声をかけられ、飛び上がりそうなほど驚いた。

 ドーベルマンがあっという間に幼くなって、目の前で首を傾げている。訝しげな顔はしてるけど、排他的な雰囲気はどこにもない。


「ご、ごめん。そんなつもりなかったんだけど、勝手に映像が流れてきて……。大人になった私達が見えたよ」


 どんな場面だったか聞かれたので、ドーベルマンとアマゾネスが威嚇し合いながら握手していたと説明する。柊くんは私の手を離すと、そのまま形の良い額を押さえた。


「はぁ……。よりによってあれか」

「最初はすっごく仲悪かったんだね。びっくりした」

「最初はな。俺はパワーに目覚めたばかりで荒れてたし、あの頃のアセビはまだ政府サイドへの不信感を強く持ってた」

「どうやって仲良くなったの?」


 純粋な疑問だった。

 共通の敵に向かっていくうちに、絆が深まっていったとか?


「言葉で説明するのは難しいな。実際に見た方が早い。……抱き締めてみるか?」


 柊くんはおもむろに立ち上がり、私に向かって両手を広げた。

 挑発に満ちた雄の表情に、ゾクリとする。25歳の柊くんの片鱗がのぞいていた。

 しかも、すごく良い匂いまでしてきた。この感じ、なんて言ったらいいんだろう。全身の細胞がきゅうとときめき、騒ぎ出す。


「分かった」


 私も立ち上がり、彼に向かって飛びつこうとしたんだけど。


「待て、ちがう! 今のはからかってみただけだ!」


 自分が誘った癖に、柊くんはと慌てふためき両手を突き出してガードした。これは15歳の柊くんだ。美味しそうなご馳走を前にお預けされたような気分になり、眉根が寄る。


「なんで。私のこと嫌いなの?」

「そんなわけあるか、何言ってるんだ」


 そっちこそ何言ってるんだ。


「じゃあ、ぎゅうくらいいいじゃん」

「は!? したくないと思うのか? お前の為に止めてるんだよ。お前が俺を本気で好きになったら我慢しない……って、こら! やめろ、匂いを嗅ぐな!」


 しばらく私から逃げ回った後、柊くんは諦めて棒立ちになった。

 嫌がる男子高校生を追いかけ回す女子高校生。完全にセクハラだし、シュール極まりない絵面だったろうな、と落ち着いた後で思った。

 直立不動の彼に蝉のようにくっついてみたけど、今度は何も浮かばなかった。固い胸に耳を押し当ててみる。激しい心臓の音が聞こえるだけだ。


「――だめだ、何にも見えない」


 がっかりしながら、体を離そうと手を下ろす。彼との間に隙間が出来たその瞬間、柊くんは私を抱き寄せた。ほんの数秒だけ強く抱き締められ、すぐに離される。

 不意打ちだったせいか、やはり過去視は発動しなかった。


「俺は今でもお前が好きだ。未来のお前も今のお前も、本質は何も変わらないし、同じだって分かるから。自分でもどうしようもないくらい、お前しか欲しくない」


 柊くんに真摯に告白されたのはこれが初めてな気がする。まっすぐ瞳を射抜かれ、流石の私も今ふざけるのはダメだと分かった。


「……そっか。えーと」


 私だって柊くんのこと割と好きなんだけど、『割と』じゃ足りないんだろうなということも分かる。なんと答えるべきか悩んだ結果、意思表明みたいな返事になった。


「ありがとう。私も同じくらい好きになれるように頑張るね!」


 柊くんは眩しげに瞳を細め、「頼もしいな」と笑った。笑ってるのにすごく寂しそうで、もどかしくて苛々した。

 薄い膜で隔てられてる感覚は、私がパワードで彼がリーズンズだからなのかな。

 もしそうなら、隙間なく気持ちを寄り添い合わせられる日は来るのかな。


 柊くんの望む『好き』をあげられていた未来の自分が羨ましい。

 彼は今の私と同じだって言ったけど、本当にそうだろうか。

 柊くんが深く愛していた未来の自分に、またなれる保証はどこにもなくて、胸の奥がすん、と冷たくなった。


 気分を切り替えようと時計を見る。

 もうすぐ2時だ。父さんが帰って来る前に、絵本を見つけなきゃ。


「ちょっと待ってて。家にある絵本、全部集めたんだ。こっちに持ってくる」


 柊くんをリビングのソファーに座らせ、タワー状に積んだ絵本を寝室から運び出した。崩れそうになるのを、微弱なサイコキネシスで支えながら何とかリビングへと移動する。腐っても純血パワード。これくらいなら今の私でも出来る。


「すごいな。100冊近くありそうだ」

「だよね。こんなにあるとは思わなかった。父さんにも母さんにも、よく読んでもらったよ」

「アセビが可愛くてしかたなかったんだろうな」


 嬉しそうに柊くんが言うので、私もニヤけてしまた。

 1人で書架を片づけていた時の鬱な気持ちはどこにもない。明るい気分で、一冊ずつ中を改めていく。2人がかりだったので、全部調べ終わるのにそう時間はかからなかった。


「これだな」

「うん、これだよね」


 2人の意見が合致したのは『いばら姫』の絵本だった。

 絵にはどこにも変わった点はない。だけど話は出だしから、まるっきり違っていた。まったく別の話が、いばら姫の物語と差し替えられている。


 私達は頭をつきあわせ、最初のページから文字を追っていった。



◇◇◇◇◇



 ある国に、特殊な力を持った女王様がおりました。

 女王様が愛していたのは、隣国の王子様。

 ですが隣国の王子様と結婚すれば、生まれる子供には力がなくなってしまいます。周りの重臣たちに反対された女王様は、無理やり自国の男と結婚させられてしまいました。


 女王様は世界を恨みながら、一人の王女を産みました。

「復讐」という名前をつけられた王女様にもまた、特殊な力がありました。

 王女様は幼い頃から繰り返し、悪夢を見ました。周りにはひたすら隠していましたが、夢が止まることはありません。


 女王様が持っていた特殊な力は深められ、王女様によってまた深められ、その娘へと伝わるというのです。

 その娘には更に特別な力が備わると、夢は告げました。


 娘は悪者たちに奪われ、生きながら切り刻まれました。

 娘は死ぬより苦しい目に、何度も何度も合いました。

 

 娘は悪者たちに洗脳され、恐ろしい兵器になりました。

 心を失くした娘は、数千、数万の人を殺してゆきました。


 その夢はいずれ本当になると、王女様は知っていました。

 それなら誰とも結婚しなければいい。

 そう決めたのに、王女様は愛する人を見つけてしまいました。

 愛する人を見つけた時、かつての悪夢に新しい夢が加わりました。


 春と冬の名前を持つ隣国の若者が、国を超え、時を超え、娘を救いにくるのです。

 固い絆で結ばれる仲間が4人。娘と王子様を合わせて6人。

 1人欠けても開かない、新たな希望の道が見えました。


 3つの夢を順番に見るようになった王女様は、愛する人との結婚を決めました。

 最後に加わった夢が現実になるようにと、王女様は毎日祈りを捧げました。


 娘を産んだ王女様には、もう時間がありません。

 運命の時計の針は、まっすぐに終わりを指しています。


 娘の辿る運命は、3つのうちのどの道でしょう。


 王女様は結末を知らないまま、終わりに飲みこまれてゆきました。




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