第33話 夏休みの計画

「ま、まあまあ。そんなに落ち込まなくても! あーちゃん、毎日予習復習してたし、宿題を忘れたこともないでしょ? 頑張ってたの、父さん知ってるよ」

「『結果が出ない努力には意味がない』って、この前ドラマで言っててさ。意味分かんなかったんだけど、やっと分かったわ。どんまいだよ、アセビ」

「マホちゃん、それあんまり慰めになってない……」


 補習決定通告を受けた日の夜。

 何故か急遽、我が家で【手巻き寿司パーティ】が開かれることになった。

 いつもは広く感じるダイニングルームが一気に狭くなる。


 参加メンバーは、私、父さん、マホにハルキくん達3人と、サヤ。

 そう、今夜はなんとサヤも来たんですよ!


 うちでご飯食べるの、辛くないのかな。心配になってこっそり連絡アプリのトークで確かめてみたんだけど、「大丈夫。もう報われたって満足したから」という謎の返事が戻ってきた。

 サヤがそう言うのなら、大丈夫なんだろうけど……。

 父さんはサヤを見るなり「ようこそ! やっと来てくれたんだね」と満面の笑みを浮かべた。我が父ながら、鈍感すぎてこわい。


 テーブルはなんとかなりそうだけど、椅子は4つしかなかった。父さんと手分けして、私の学習椅子と三段式の踏み台を運んでくる。それでも1つ足りない。結局、入澤くんとマホは一つの椅子を半分こして座った。なんだよ、ラブラブかよ。


 入澤くんは椅子が足りないことを知り、立って食べると言ってくれた。『立食パーティみたいじゃないですか』なんて言って笑った彼をぐいと引っ張り、隙間をあけた自分の椅子に座らせたのはマホだ。


 そして始まった手巻き寿司パーティ。

 がっくり凹んだ私を慰めることを目的にした会みたいなんだけど、さっきから同じ話題がループしてるせいで、傷に塩を塗り込まれてる感がハンパない。


「もうその話はやめよ! 決まったものは仕方ないし、補習受けたら単位貰えるっていうし、全然問題ないよ。むしろ、ラッキー? 学校大好きだし、夏休みも通えるなんて嬉しいなぁ。ははは」


 精一杯虚勢を張ったら、御坂くんに気の毒そうな目で見つめられた。


「本当に嘘のつけない人ですね」

「そこがアセビのいいところだろ」


 すかさずハルキくんが擁護してくれる。


「そうだ、話変えていいならさ!」


 片手に海苔を持ち、せっせと具材を詰めていた入澤くんが瞳を輝かせて、顔をあげた。

 何か話があるなら食べてからの方がいいのでは……? 私の心配は的中し、入澤くんが完成させた手巻き寿司は、一瞬のうちにマホによって奪い取られた。


「あ! 俺のエビ巻き~!」

「目を離したケイシが悪い」

「どんな理屈だよ、それ。作って欲しいならそう言えばいいのに」


 仕方ないなぁと笑った入澤くんは、再び作り直すつもりらしく、海苔の入った皿に手を伸ばす。

 そうやって入澤くんが甘やかすから、どんどんマホが我儘になるんだよ、全く。……ってケイシ!?


 マホがいつの間にか入澤くんを下の名前で呼び捨てにしてる!

 口をパクパクさせながらマホを指差すと、エビ巻きにかぶりついたマホが「なに?」と片眉をあげた。


「今、入澤くんのこと呼び捨てにしたよね!? え、いつから付き合ってるの? 言ってよ、水臭い!」

「付き合ってないし」

「付き合ってないよ」


 二人が同時に同じ返事をする。

 ケイシくんはいつもと同じ顔でニコニコしながらだったけど、マホの方は眉間に皺を刻んでいた。


「自分がそうだからって、人まで一緒にしないで」


 不機嫌なマホをフォローするかのように、入澤くんが事情を説明し始める。


「そんなピリピリすることないでしょ、傷つくなぁ。まあ一応、俺達も恋人同士ってことになってるからさ。うっかり素が出ないように、普段も名前で呼んでもらうことにしたんだよ」


 彼は器用に片眉をあげ、パチン、と私に向かってウィンクを飛ばした。


「演技だろうが何だろうが、俺は嬉しいから役得です」


 人の心に鈍いとよく言われる私ですら、入澤くんがマホにご執心だってことは分かる。

 誰かを好きになったら、相手にも好かれたい! って思うものなんじゃないのかな。それとも私がそうなだけで、人の数だけ考え方は違うのかな。

 眉根を寄せて考え始めた私を見て、入澤くんは苦笑した。


「それにほら。彼女にはちゃんと相手がいるわけだし。未来の旦那様が今のマホちゃん見たら、俺、殺されちゃうかもね」


 入澤くんは明るい声でそう言いながら、エビとレタス、玉子焼きを酢飯の上に並べる作業に集中する振りをした。……そう、振りだ。彼の全神経は、隣のマホの反応を待っている。


「まだ出会ってもない男に操を立てる気なんて、サラサラないよ」


 エビ巻きを食べ終えたマホはあっさり言い放ち、「美味しいけど、物足りない。カロリー食品貰える?」と聞いてくる。入澤くんは緊張をほどき、困ったように笑った。

 全く無関係なはずの私の胸まで、きゅっと痛む。

 入澤くんはもっと胸が痛いんだろうと思うと、何だかやるせなかった。


 ……ああ~。こんな複雑な感情まで持つようになっちゃって。

 私も随分遠くまできたものだ。


「そうだ、入澤くん。さっき何か言いかけていなかった?」


 空気を読んだ父さんがさりげなく話題を戻す。


「そうそう! せっかくの夏休みだし、皆でどっか行きたいな~と思って。海とかどうすか! ベタですけど!」


 入澤くんは若干前のめりになりながら提案してきた。

 御坂くんとハルキくんは、「うーん」と首を捻る。この休みの間にしておきたいことが山積みなのかもしれない。


 海か~。

 純血パワードには、政府所有のプライベートビーチが用意されてるって聞いたことあるけど、私はまだ行ったことないんだよね。

 申請手続きが非常に複雑で面倒くさく、夏休みは更にその申請が込み合ってなかなか許可が下りないというのは、マホのおばさんから聞いた話だ。


「わあ~、いいね! 海か~。実は僕、一度も行ったことないんだよ。ダメ元で申請出してみようかな!」

「え、父さんも行くつもりなの?」

「え? ダメなの?」


 娘の交友関係にしれっと混ざろうとしてくるの、全力で止めて欲しい。

 保護者同伴で海へ行くのって、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいから。


「いいじゃない。保護者がいないと申請自体できないんだし。私も行ったことないし、行ってみたい!」


 サヤが珍しくはしゃいだ声を出す。

 父さんは慈愛に満ちた眼差しをサヤに向け、「よし!」と拳を握った。


「サヤちゃん、昔もそう言ってたもんね。これはますます、申請通るように頑張らないと」

「待ってよ、父さん。まだ全員行くって言ってな――」


 勝手に決めようとする父さんを窘めようしたところで、、皆の声がかぶさる。


「私も行きたい」

「一日くらい息抜きしても、計画に支障はないでしょう」

「アセビが行くなら、俺も行く」


 マホに御坂くん、そしてハルキくんが順に賛成した。

 ハルキくん達は純血パワードじゃないけど、一緒に行けるのかな? ちらと浮かんだ疑問はすぐに消える。ハルキくんのお父さんのコネがあれば、申請どころか同伴許可もすぐに下りそう。

 父さんは嬉しそうに笑って、私を見た。


「あーちゃんはどうする? センターでの特訓も引き続きあるし、補習もあるし、夏休みの課題もあるし、忙しいかな」


 ネクストパワードであることがバレて以来、私は月に二回、国立能力医療センターに通っている。そこで、パワーを自由自在に発動させる為のコントロール訓練を受けているのだ。

 夏休みは通う回数をもっと増やして、いざという時にしっかり戦えるよう自制技術を高める予定だった。


「ううん、大丈夫。父さんと一緒は恥ずかしいけど、私も生きてるうちに一回くらいは海で遊んでみたいし」


 私の答えに、サヤとマホが大きく頷く。


「だよね! RTZと戦う前にいっぱい思い出作りたい。死ぬ時、あれやっとけばよかったって思うのは嫌だし」

「分かる。そんで、最後はそれ思い出して、笑って死にたいよね」


 私達3人の息はぴったりだった。

 別に絶対死ぬって決まったわけじゃないけど、先日のホテル火災を思い出したせいで、こういう言い方になってしまった。マホとサヤも同じことを思ったのかもしれない。


 ハルキくんが時間遡行する前には起こらなかったというテロ事件。

 あの火災テロが起こった原因には、ハルキくんたちが未来から戻ってきてRTZ対策をし始めたことが影響しているって言ってた。


 【過去改変】は時間遡行における最大の禁忌ではないか、という論議は今もされてるけど、結論は出ていない。これまで実際に時間遡行した人が確認されていないせいもあると思う。事が公になれば、色んな制約がかかるだろう。出来ればその前に組織を壊滅させたいというのが、テロ対策本部の意向だった。


 ……まあ、全部ハルキくんの受け売りだけどね。


 ちゃんと理解できたかって聞かれたら、胸を張ってうんとは言えない。国全体でRTZ潰しを頑張ったらいいのに、って言ったら『政府の中にも色んなハバツがあって、イコウは統一されていない』という答えが返ってきた。


 悪いヤツがいることは分かってるのに、公に活動して倒すことは出来ないってことかな。――世の中の仕組みって複雑過ぎない? 

 相変わらず難しいことは分からない。どちらが正しいのかなんて、私には判断できない。それでも。


 私はRTZの掲げる理想が大嫌いだ。父さんもハルキくんも、RTZを潰したいと思っている。

 私が命を賭けるには十分すぎる理由が、そこにはあった。


 父さんが頼もしそうに私達を眺める。

 入澤くんと御坂くんは揃って溜息をつき、ハルキくんは唇をへの字に曲げた。

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