第49話 ガールズトーク
ハルキくんが出かけていってすぐ、サヤも目を覚ました。
しばらくはぼんやりと天井を見つめていた彼女が、やがてのろのろとこちらに視線を移す。
私とマホは息を詰めて、ベッド脇の手すりを握りしめた。
サヤは慣れた手つきで呼吸補助器を外し、点滴も自分で抜いてしまう。その後彼女は、私達に向かってふわりと笑いかけた。
「ごめんね。もう、大丈夫」
いつも通りの笑顔が、逆に切ない。彼女が受けた傷はそんな浅いものじゃないはずなのに、私達に心配をかけまいとするサヤが悲しかった。
「私の方こそ――」
その続きを、サヤは言わせてくれなかった。
きっぱり首を振り「アセビは悪くないし、襲撃者は私じゃない」と言い切る。
「サヤ……」
「遺伝子情報が同じってだけの、赤の他人だよ。RTZの被害者だし、同情はするけどね。私個人とは関係ない」
頑なに言い張るサヤの頬は引き攣ってる。
割り切れない思いが、彼女の心の底には沈んでいる。それがよく分かる表情だった。
「サヤがそれでいいなら、私ももう何も言わない」
私の返事に、マホも「そうだね」と同意してくれた。
「サヤが決めたなら、それでいい。サヤの気持ちが一番大事だよ。私達が頼りにしてる最強パワードは、ここにいるあんたなんだから」
なんともマホらしいフォローに思わず笑ってしまう。
サヤも、一瞬ポカンとした後、クスクス笑い出した。
「最強パワードは、アセビでしょ? マホもかなりのものだって身をもって分かったし、私なしでも余裕だろうな、って思ったよ」
サヤのどこか寂しげな口調に胸を突かれる。
このまま放っておいたら、どこかに消えてしまいそうで、私は怖くなった。サヤの夢は『みんなの役に立ってから死ぬこと』だ。その夢がなくなったら、彼女はどうなるの?
私は慌てて首を振った。
「サヤなしでやれって? 冗談きついよ、サヤ。私もマホも、後先考えない直情型パワードだって知ってるでしょ? 冷静で賢いサヤがいないと、大変なことになるよ。間違いないね!」
私の台詞に、すかさずマホが抗議してくる。
「なにそれ。アセビは確かにそうだけど、私を一緒にしないでよ」
「よく言うよ。サイコメトリー中に深追いして、呼吸停止になったらしいじゃん。入澤くんが言ってたの、ちゃんとこの耳で聞いたんだから」
「あ、あれは……! ちょっと加減を間違えたの! アセビみたいに取り調べ相手を廃人にしかけたわけじゃないですし?」
「それ、今言う!? へえ~、ちょっとのミスで呼吸停止になるんだ。へえ~、知らなかったなぁ。それが後先考えないってことじゃないんですか?」
私とマホが言い合い始めたのを見て、サヤは「はいはい、分かった」と両手をあげた。
「それにしても、聞き捨てならないわね。呼吸停止? 廃人にしかけた?」
すっかり普段通りに戻ったサヤが、きりりと眉をつり上げる。
私はホッとしながら「すみません」と項垂れた。
同じく「ごめんなさい」と肩を下げたマホを横目で見る。マホもちょうどこっちを見ていた。
共犯者じみた小さな笑みが、マホの唇に浮かぶ。どうやら彼女も、サヤを元気づけたかったみたい。マホのこういうことが、憎めないんだよね。
サヤのお小言をありがたく頂戴し終わったところで、離れのインターホンが鳴った。
『――失礼します。お風呂の準備が整いました。よければ、客室へとご案内いたします』
すっかり耳に馴染んだお手伝いさんの声が聞こえてくる。
夏の間は殆どシャワーで済ませちゃうんだけど、温かいお湯に浸かってのんびりするのもいいな。今日は色々ありすぎて疲れたし、すごく癒やされそう。
「ありがとうございます、すぐ出ますね。――お風呂の準備できたって。ほら、サヤもマホも行こ!」
インターホンを切った後、私は満面の笑みを浮かべて2人を振り返った。
サヤもマホも、途端に嬉しそうな顔になる。
「お風呂、助かる~。私、汗でべとべとだよ」
「私もよ。早く入りたいわ」
「順番はじゃんけんで決める?」
「それ、私達向きじゃないでしょ」
2人は楽しげにじゃれ合いながら、それぞれの荷物を持った。
私一人が手ぶらだ。ええ、全部燃えたのでね。頑張った補習の記録もタブレットごとパアだし、海の家でハルキくんに買ってもらったタコのチャームも炭になった。つらい。
「いってらっしゃい、ゆっくりしてきてね」
「今日は本当にお疲れ様でした。おやすみなさい」
優しい見送りの言葉をかけてくれた入澤くんと御坂くんに手を振り、私達はいそいそと離れを出た。
『ホテルだと思って』というハルキくんの言葉は、ほんとうにその通りだった。なんだっけ。的を射てる表現っていうの?
広いリビングには、大きな革張りのソファーにおしゃれな間接照明、それに観葉植物。高そうなテーブルの上には、フルーツの盛り合わせが置いてある。
「ねえ、来て! ベッドもすごいよ! 4つもあるし、でっかい~。あと、なにこの天井! お姫様が寝るやつじゃん!」
先に隣の寝室をのぞきに行ったマホが、歓声をあげる。
キッチンへ向かったサヤも、大はしゃぎだった。
「冷蔵庫も大きいよ! 飲み物がぎっしり詰まってる。冷凍庫には、2ℓアイス完備か! さすがは柊くんだね。グラスも食器もみんな高そう~。カトラリーはまさか純銀製? うわ、ほんとにそうだ」
私はふかふかのソファーに飛び込み、「やったぜ! 玉の輿!!」と叫んでみた。
ごろんと上向きになり、頭の後ろで両手を組む。
途端、天井でまばゆく輝くシャンデリアの光で目がやられそうになった。慌てて横向きになり、瞬きを繰り返す。
うう……まだ目がチカチカする。
あまりにも非現実的な空間に驚いたせいで、無性に悪ぶってみたくなったんだけど、早速バチが当たったみたい。ごめんなさい、神様。ハルキくんが一文無しでも全くかまいません。
「確かに玉の輿だね~。なんか、ムカつく」
「柊くんが実はドケチで、嫁には一円も無駄金を使わせない的なオチがないかしら」
更には戻ってきたマホとサヤに、威圧的に見下ろされました。
口は災いの元とはよく言ったものだ。
いらんことを言ったせいで、私のお風呂の順番は一番最後になった。
サヤとマホは、どっちが疲れてるか議論を始め、結局はサヤが勝った。時間はかかるけど、じゃんけんもあみだクジも使えないんだから仕方ない。テレパスと透視のせいで、勝負にならないんです。
私達は、これまた豪華なお風呂で素敵なバスタイムを過ごし、鏡台の前で肌と髪のお手入れをして貰ってからリビングに戻った。新品の下着とバスローブが出てきたのには、ちょっとビックリした。どちらもフリーサイズだったのが救いだ。これ、全員のサイズをハルキくんが把握してたら嫌すぎる。
順番を待ってる間も退屈はしなかった。テレビも映画も、大きな画面で見放題だったから。
私がお風呂から出た時、マホとサヤは冷たいジュースを飲みながら、最新のハリウッド映画を鑑賞中だった。肌触りのよいバスローブを纏い、ワイングラスを揺らしてる2人は、若手の女優みたいに見える。
私も早速彼女達の隣に座り、映画鑑賞に参加することにした。
お風呂上がりのオレンジジュースの味は、最高だった。
大スクリーンの中では、宇宙大戦争が繰り広げられている。
私達は画面に見入り、どちらが星系の覇者になるか予想したり、恋人同士の別れにやきもきしたりした。
「これに比べたら、私達の戦いってスケール小さいよね」
ポツリとマホが言う。
しみじみとしたその言い方に、私とサヤは笑ってしまった。確かに、そうだ。
ハルキくんもRTZも、大軍団を持ってるわけじゃないし、戦艦を率いて激突したりもしない。いたって地味な小競り合いを、水面下で繰り広げてるだけ。
でもその先には、フィクションじゃない人命がかかっている。
「――今日ね、私、いろいろ考えたんだ。そのこと、話してもいい?」
最後のエンドロールが流れていくのを眺めながら、口火を切る。
マホとサヤは居住まいを正し、私の方を向いた。
私は言葉を選びながら、RTZとどう戦っていけばいいか、自分が出した結論について説明した。
うまく伝えられた自信はないけど、私のその長い話を、マホとサヤは真剣に聞いてくれた。
「テロリストを倒すって目的は、すごく正しく聞こえる。私もずっと、私達が正義だと思ってた。でも、そうじゃなかった。私達は、神様でも何でもない。そんなつもりなくても間違えてしまう、ただの人だった。私達に出来ることがあるとすれば、それは、この先起こったらダメなことを一つずつ潰していくことだと思う。未来での情報を使って先に敵を殲滅したら、今度は私達が『RTZ』になっちゃう」
びっくりするくらい、支離滅裂な話だ。自分でも呆れてしまう。
でも、それが私の結論だった。
襲撃者に向かって振り下ろした斧の重みが、両手に蘇る。
『あんな想いを二度と味わわない為にはどうすればいいか』――その問いに、頭が割れそうなほど考え抜いて出した答えだった。
「……アセビの言いたいこと、分かるよ」
先に口を開いたのはマホだ。
マホは自分のこめかみをぐりぐり押しながら、ため息を吐いた。
「私も同じ。悪い奴をみつけて、片っ端から消せばいいじゃん、って思ってた。そうしない柊くん達に、イライラしてた。周防キリヤって男がRTZの親玉なら、私がこっそり殺してこようかとも思った」
マホはそう言うと、ゆっくり首を振った。
「でも、それじゃ変わらないんだよね。テロが起こる未来は、きっと変わらない。周防キリヤを大事に思ってた人が次のRTZの中心に立つだけで、ずっと終わらない。残りの1人になるまで、私達は殺し合わないといけなくなる。そんなの、何の意味もない」
「そうだね」
サヤもこくりと頷く。
「犯人を見つけて消せば終わる。そんな簡単な話じゃなかったね。RTZの過激な思想が生み出された原因を突き止めて、その考えがこれ以上広がらないよう、闇を抱えた人達と一人ずつ向き合っていくしかない。……ほんと地味で笑っちゃうね」
サヤはニコ、と微笑み、まっすぐ手を突き出した。
その手の上に、マホが自分の右手を重ねる。
「ね~。私達、スーパーパワー持ってるのにさ。悪の組織を滅ぼす方法が『分岐点潰し』だけだなんて、しょぼい! しょぼすぎる!!」
わざとふざけるマホの手の上に、私も右手を重ねた。
「苦手分野だろうが、地味でしょぼかろうが、私は皆と頑張りたい。向こうは話し合いなんか望んでないし、力を使わなきゃいけない場面も絶対くると思う。――でも、私達の方が力は上だよ。なら、殺さず捕まえることだって、出来るよね?」
私の言葉に、マホとサヤはニヤリと笑った。
どこまでも自信に溢れたその不敵な笑みに、胸が熱くなる。
そうだよ。私達は、純血パワード。リーズンズや弱い人を守るのが、私達の命題だ。
相手がRTZだろうが関係ない。無闇に人を襲っちゃだめだよ、って、今度こそ優しく教えてあげる。
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