第48話 もしもの話

「今日はこのあたりにしとこう。どちらにしろ、周防キリヤについてはもっと詳しく調べる必要がある。早乙女キクさんとの関係を中心に引き続き調査を続行してくれ」


 完全にフリーズしてしまった私を見かねたのか、ハルキくんはひとまず話を切り上げようとする。

 だけど、私は一旦抱いてしまった不安をそのままにはしておけなかった。


「――……未来の私は、皆に嘘ついてたかもしれない、ってこと?」


 セントラル時代、本当にRTZの親玉と交流を持っていたなら、私は祖母の元恋人について色んなことを知っていたんじゃないかな。

 でもハルキくんは『周防キリヤは謎に包まれた人物だ』って言ってた。それっておかしくない?

 それはつまり、私が知ってることを何も話さなかった――周防キリヤを庇ったってことにはならないの?

 

「それはない。アセビは何も知らなかった」


 ハルキくんが力強く断言する。

 入澤くんも私を安心させようと、柔らかい声で話しかけてきた。


「大丈夫だよ、神野ちゃん。もしも未来の神野先輩がセントラル時代、周防キリヤと交流を持っていたとしても、たぶん先輩は相手が『周防キリヤ』だって知らずに過ごしてたんだと思う。だから、後からRTZの立ち上げ人として彼の名前があがった時、無反応だったんだよ」


 うーん。

 もしそうなら、周防キリヤは顔を変えたってことになるよね。いくら記憶力が低い私でも、会ったことのあるかないかくらいは覚えてる気がする。


 まだ納得できない私を見て、御坂くんは満足そうに頷いた。


「今のように疑うことも大切なことです。新たな情報を鵜呑みにせず、多方面から熟考する。パワードがもっとも苦手とする分野なのに、神野さんは挑戦している。未来のあなたにはなかった傾向だ」

「そうなの?」

「ええ。よく言えば、素直。悪く言えば、騙されやすい。神野アセビは高い能力を持ちながら、とても危うい存在だったんですよ。【神野アセビから目を離すな】これが私達の合い言葉でした」


 あ、それハルキくんからも聞いた。

 私達パワードにアームズ《武器》という蔑称がついている理由も、それだ。

 特に純血パワードに強い特徴が出ると言われてるけど、私達は考えることが苦手。下された命令を忠実に果たすことに至上の喜びを感じる。――まるで人間じゃなくて使い勝手の良い武器。

 それこそがパワードだと言われればそれまでだけど、今となっては例の幼い襲撃者を思い出さずにはいられなかった。


「周防キリヤの写真はほとんど残っていないんだよ。大の写真嫌いみたいで、仕事関係の撮影も頑なに断っていたらしい。周防キリヤの葬式の遺影は、彼が20歳の頃の写真だったという話だ」


 ハルキくんがさっきの質問に答えてくれる。

 20歳!?

 それはまた……。


「その人、今は何歳なの? おばあちゃんとはいくつ違いなのかな」

「70になったところだ。早乙女キクさんより8つ年上という計算になるな」


 おばあちゃんは母さんを産んだ後、どれだけも経たないうちに亡くなったと聞いてる。今も生きてたら60歳過ぎのはずだから、そっか、それくらいだ。周防キリヤって、そんなにおじいちゃんなんだ。

 それなら、20歳の頃の写真を見せられても同一人物だとは思えないかもしれない。


「じゃあ、あの子が呼んでた【じいじ】って、周防キリヤさんのこと?」

「その線が高いと思ってる」


 ハルキくんの答えに、再びどんより気持ちが沈む。

 その人は、私の代わりにサヤに目をつけたのかもしれない、なんて。

 突然浮かんだ何の根拠もない考えは、私をとても嫌な気持ちにさせた。


 

 とりあえず、一旦話は終了ということになった。

 ハルキくんは席を外し、あちこちに電話をかけ始める。

 御坂くんもさっそくコンピューター前に移動し、データの整理を始めた。

 

 私もサヤの様子を見てこようかな。

 腰をあげたところで、端末が点灯してることに気づく。

 一件の未読メッセージがあります、だって。どれどれ……あ、父さんからだ。


【今晩は若月先生とホテルに泊まります。あーちゃんは、ハルキくんちに泊めてもらえるよう頼んでおいたよ。ハルキくんのこと信じてないわけじゃないけど、あーちゃん1人を預けるのは心配なので、マホちゃんのご両親にも連絡して、マホちゃんも一緒に泊めてもらうことにしました。サヤちゃんのご両親にも連絡済みです。みんなでのお泊まり、楽しんでね!】


 一気に全身の力が抜ける。

 なんという脳天気な……でも助かった。


 サヤのご両親についてはっきりしたことが分かるまで、家には帰したくないって御坂くんは言ってた。

 今日はここでお泊まりするの、いいかもしれない。


 電話を終えたハルキくんが戻ってくる。迷惑じゃないか確認したら「そんなわけないだろ」と笑われた。


「母屋にある客用寝室を整えるよう、言っておいた。用意ができたら呼びにくるはずだから、それまで待ってて。部屋にバスルームもラウンジもついてる。ホテルだと思ってゆっくりくつろいでくれ」


 さすがハルキくん、仕事が早い。

 って、待って。そこは『自分の家だと思って~』じゃないの!? 

 ラウンジ? なに、この人お金持ちか! ……お金持ちだったわ。

 

 マホと初めて柊邸に来た時、ハルキくんを「王子」と呼んでからかったことを思い出す。

 すごく昔のことみたいだった。


「俺はこれから、ヒビキさんのとこに行ってくる。若月さんもこちら側についてくれそうだし、俺たちの目的について話しておきたいんだ。鈴森のご両親と周防キリヤの関係も、ヒビキさんで経由で確認して貰おうと思ってる」

「そっか! 父さんはサヤの延命に協力してたんだもんね。父さんになら、色々話してくれるかもしれないよね」

「そういうことだ。鈴森のこと、頼んでもいいか?」

「――サヤは、私達に任せて」


 私が返事をするより早く、マホが答えてしまう。

 彼女はむくりと体を起こし、バングルのフレームを『活動』に戻した。それから入澤くんに向かって「ありがと、助かった」とお礼を言う。

 いつもよりうんと冷静な態度に驚いた。

 

 能力がさらに開花したからかな?

 パワードの性格は持っている力に大きく左右されるっていうのが定説だし、あり得そう。私も能力が解放されてからは、以前より物事を複雑に考えることが出来るようになった。

 

「マホちゃんなら大歓迎だよ。またいつでも言ってね」


 入澤くんがふざけてウィンクする。いつものマホなら真っ赤になって「バッカじゃないの!」とかなんとか言うところだけど――。


「うん、私だけにしといてね。他の女に膝枕したら、怒るから」


 うっわー……。

 ツンデレじゃなくなってるけど、なんか別のものに進化してる。

 前のマホなら「そいつごと消す」くらいは言いそうなのに、「怒るから」だって!

 

 見ちゃいけないものを見たような気分になる。

 入澤くんはといえば、「マホちゃんがそんなこと言うなんて……まじでどうにかなりそう」と言いながら、身もだえし始めた。

 

「やーめーてー! そういうのは、誰もいないとこでやって!」


 私の悲鳴にハルキくんと御坂くんが吹き出す。マホと入澤くんも笑った。

 皆の笑い声が、じんわり胸に響いていく。


 私達も他の人達も、こんな風にしょうもないふざけ合いをしながら、これからも平和に生きていけたらどんなにいいだろう。

 リーズンズもパワードも、みんなみんな。お互いを理解しないけど否定もしない。ちょうどいい距離を探して保って、お互いの価値観の中でそれぞれ楽しくやれたらどんなにいいだろう。

 

 RTZはそれじゃダメだという。パワードを全部消して、ゼロ期以前の世界に戻さないとダメだという。

 そんなRTZに私も『力』で対抗しようとしてた。とにかく悪い奴を全部殺してしまえばいいと思っていた。

 でもそれじゃ、私もRTZと同じだ。自分の理想に邪魔な人たちを探し出し力尽くで排除すれば、それはテロリストと何にも変わらないんだ。


 今になってようやく、入澤くんの憤りと不安を理解できた。

 じゃあ、やられっぱなしでいいかと言えばそれも違う。

 無関係な人が一方的に殺されていくのを、黙ってみてることはやっぱり出来ない。


 ……そうか! だから、分岐点潰しなんだ。


 ハルキくんがRTZとの直接対決を望まない理由も、ようやく分かった。まどろっこしいなんて思ってたけど、違うんだ。根源を絶つことはできなくても、悲劇が起こらないようにしていくことは出来る。


 ハルキくんはこれからもずっと、もしかしたら寿命いっぱいまでRTZの理想と戦うつもりなんだ。サードパワードの力を失った後も、きっと彼は諦めず他のやり方を探すだろう。

 

 大好きな人の方針を心から納得できたことが、嬉しい。

 手段を選ばず、最短距離で目的を叶える――それはRTZのやり方だもんね。

 ハルキくんは、味方にも敵にも出来るだけ犠牲者がでないやり方で、未来を変えていこうと頑張るつもりなんだね。


「すごいな、ハルキくんは」


 思わず口に出して言ってしまう。

 マホと入澤くんは、あっけに取られたように目を見開いた。


「突然、なに? 話が繋がらなさすぎて、びっくりなんだけど」

「それね。今、柊の話してたっけ?」


 ハルキくんは眩しそうに目を細め、「今アセビがどんなこと考えたのか、後で教えて」と言った。


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