第57話 迎撃準備
文化祭まで残り二ヶ月を切った。
そう、文化祭は予定通り開催されることになったのだ。
ハルキくんと入澤くんはともかく、私とマホ、そしてサヤは発表に向けて忙しくなる。日中だけではなく、放課後まで拘束されることになってしまう。
予知夢で見た出来事を全て阻止する為、やらなきゃいけないことは山積みだった。
ぶっちゃけ、文化祭の準備なんてやってる場合じゃない。
ハルキくんはテロ対委を通して校長先生に文化祭の中止を打診したが、校長先生はあっさり首を振った。『襲撃事件の犯人が掴まっていないのは、そちらの不手際。セントラルには関係ない』の一点張りだったと聞いて、げんなりしてしまう。
「生徒達の将来がかかった大事な行事なのに、そう簡単に取りやめられるか! とそれはすごい剣幕だったらしい。校長も悪い人じゃないんだ。だが、彼はとにかくガードが甘い。予知夢のことはとても明かせなかった」
そう言ってハルキくんはため息をついた。
未来の校長先生とは面識があるって言ってたし、未来でも多分色々あったんだろう。校長先生の主張も分かるだけに、何とも言えない気分になる。
交渉に当たった里内本部長は粘った末、文化祭の総合責任者に若月先生を据えることを約束させた。本当なら3年の学年主任の先生がつくはずだったポジションだ。
でもこれで、文化祭に関するあらゆる決定が、若月先生の承認なしには進まなくなる。
私達にとっては大いに助かる結果になった。
「でも、やっぱり自由に動けないのは困るよね。しばらく仮病で休むことにするとか?」
二ヶ月も休むのは難しいだろうけど、ダメ元で提案してみる。
ハルキくんはじっと考え込んだ後、首を振った。
「いや、それはやめた方がいい。アセビ達の動向は向こうも見張っているだろうし、周防側を警戒させてしまうことになる」
若月先生もハルキくんに同意した。
「俺もそう思う。君たち3人の発表グループを作るのはどうかな?」
先生は私を見て、にこ、と笑う。
「ヒビキさんとも話したんだが、神野はもう能力を隠さなくていいんじゃないか? ネクストパワードだってことは機密事項だけど、能力が開花したことは皆に知らせていいと思う。万全を期したとしても、当日は何が起こるかわからない。他の生徒達と協力して襲撃者を迎撃する場面がくるかもしれないし」
「そうね。その方がいいわ。皆はまだアセビを落ちこぼれだと思ってる。変にあなたを庇おうとする子が出てきたら、目も当てられない」
先生の提案に真っ先に賛成したのはサヤだ。
マホも頷き、「いいじゃん! うちらだけのグループを作って貰えるなら、好きに動けるし」と明るい声を上げる。
私はハルキくんと入澤くんの反応を待った。
彼らも「そうだな」「それがいいよ」と口々に言ってくれる。
「分かりました。それでお願いします」
私はペコリと頭を下げた。
学校の皆の反応は全く予想できなかった。不安と期待が入り交じって、胃が痛くなる。
空気同然の存在だった私が、突然トップクラスのパワーを開花させたなんて知ったら、なんて言われるだろう。また囲まれて嫌なこと言われたらどうしよう。
だけど私のその心配は、全くの杞憂だった。
朝のHR。
若月先生は、文化祭に向けて作られたグループ表を皆のタブレットに送った。
学年もクラスも関係なしで編成された発表グループは、一グループにつき15名程度。例外は、私達だけだ。皆もそれに気づき、クラス中がざわめき始める。
「先生、どうしてサヤ達は3人なんですか?」
「特別発表って何ですか?」
「っていうか、マホはともかくアセビが入ってるのおかしくない?」
クラスメイト達の間から次々に疑問の声があがる。
先生はパンパン、と手を叩いて皆の注目を引き、「静かに。今から説明するよ」と言った。
「鈴森さん達には、当日のセキュリティを証明する発表をしてもらうことになりました。要は、不審者対策訓練ってこと。神野さんがメンバーに入っているのは、彼女の能力が開花したからです。神野さんが使えるようになった力については、実技授業中、各自確認するように」
先生はそこまで言うと、「何か質問は?」とクラスを見渡す。
はい、と副委員長が手をあげ立ち上がった。
「不審者対策って、具体的には何をするんですか? 実際に侵入者役の誰かが来るんでしょうか。それとも、来ると仮定して校内をパトロールするってことですか?」
先生は「いい質問だね」と副委員長を褒める。
「それは当日までシークレットにされる。現実に近い形での訓練ということになるよ。彼女達の発表には、皆の協力が不可欠だ。怪しい人物を見かけたら、すぐに3人に教えて欲しい。みんなも自分の発表があって大変だと思うけど、どうですか? お願い出来るかな?」
私はごくりと息を呑み、クラスメイトの反応を待った。
なんで私達が? とか、落ちこぼれに協力とか冗談じゃないとか。
そんなマイナスの反応が返ってくるんじゃないかと身構えてしまう。
だけど皆は、どこまでも純血パワードだった。
「できまーす!」
「そんなんでいいなら、楽勝だよね」
「とか言って、一般人を通報すんなよ!」
「あんたじゃあるまいし、しないわよ」
クラスメイト達は笑顔で、先生の頼みを引き受けた。
頼られれば応えずにはいられない。そんな忠犬じみた特質が色濃く表れた反応に、なぜか泣きたくなる。
これだから、悪い奴にもいいようにされちゃうんだよ。
私は自分のことを棚にあげ、心の中で文句を言った。
その日最初の実技授業は、透視だった。
バングルの保護レベルを下げずに全てのカードを言い当てた私を見て、相手の女の子が目を丸くする。そこに嫉妬はなかった。強い力に対する賞賛だけが、彼女の瞳を彩っている。
テレポートの授業でもサイコキネシスの授業でも、私はサヤと並ぶトップレベルの結果を叩き出した。
私が能力を披露する度、クラスメイト達の反応が変わってくる。
「アセビ、開花おめでとう!」
「おっせーよ」
「ほんと、おっそいよ。でもやったじゃん!」
「卒業までに間に合って、ほんとよかったね」
私をバカにしてた彼らはもう、どこにもいない。
能力さえ高ければ、こんなに簡単に受け入れて貰える。
それが嬉しくもあり、怖くもあった。
努力で力を開花できる人だけじゃないはずだ。
生まれつき能力が低くて、努力だけではどうにも出来なくて。ずっとポンコツのまま、それでも居場所が欲しい人はどうすればいいの?
休み時間、皆に取り囲まれて泣きそうになった私に気づき、ハルキくんが教室の外に連れ出してくれた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと混乱してるだけ」
廊下の端に寄り、私は考えていたことを素直にハルキくんに打ち明けた。
「――バカだよね、こんなことで悲しくなるなんて。皆褒めてくれてるんだし、普通にすごいでしょ? って喜べばいいのにさ。でもなんでだろ……父さんに開花の報告をした時は、嬉しくてたまらなかったのに、今はこの辺がモヤモヤする」
みぞおちを押さえて、訴える。
ハルキくんは目元をやわらげ、私の背中をぽん、ぽん、と優しく叩いた。温かな手のひらから彼なりの励ましがまっすぐ伝わってくる。
「そんな風に思うアセビが、俺は好きだよ。確かにアセビの能力はすごいけど、本当にすごいのはそこじゃない。どんな時もまっすぐ誰かを想えるところ。弱い立場の人間を守ろうとするところ。お前は当たり前だって思うかもしれないけど、そんなことない」
自分さえ良ければいいと思って生きてる人だって多いんだ、とハルキくんは言った。
私は彼が言うほどお綺麗な人間じゃない。
だけどハルキくんには天使みたいに見えているのなら、それこそ一生勘違いしていて欲しいと思った。
ハルキくんと話したお陰で、心の整理がついた。
皆が悪いわけじゃない。彼らとは、見ている世界が違うだけだ。
パワードであることに誇りを持っている彼らは、何も出来ない癖に安穏と守られている私の存在が目障りだった。だけど、私は開花した。強大な力を誇る自分たちの仲間になった。
手のひらを返すのは当然だ。
皆は私が憎かったわけじゃない。そこまでの関心はなかった。彼らはただ、私の『無能』が憎かっただけ。
「どうしたの? 大丈夫?」
「急にパワー使いすぎたんじゃない? 最初はセーブしにくいと思うけど、出来るだけ効率的に絞った方がいいよ」
教室に戻った私を、近くの席の子らが気遣ってくれる。
優しい声かけに、また泣きたくなった。
ごめんね。素直に受け入れられなくて、ごめん。
私ね、もっと早く皆と仲良くなりたかったみたい。
落ちこぼれの私のまま、皆に受け入れてもらいたかったみたいだよ。
身勝手な本音には蓋をして、私はへへ、と笑い「ありがと。そうしてみる」と答えた。
その日の放課後、私達は発表準備の為に与えられた視聴覚ルームへと移動した。
安全管理室とモニターを繋ぎ、この部屋でもセントラル中の監視カメラの映像を見られるようセッティングする。
若月先生も途中から合流してきた。
皆で教室にあった機材を動かし、セントラルでの拠点を作り上げる。
ハルキくんが手配して運び込ませた大型コンピューターを設置すれば、ひとまずは完了だ。
実労働に向いてないマホやサヤは早々に脱落し、椅子にへたり込んでいる。もちろん私もです。
他のメンバーが作業を終えると、待ち構えていたかのようにマホが質問する。
「そういえば、先生の能力ってどんなものなんですか?」
「ん? ああ、まだ言ってなかったか」
基本的にセントラルの職員は、生徒にプライバシーを明かさない。能力も含めて、先生方の個人情報は秘されている。
若月先生の能力は、『増幅』──パワードの能力を増強する補助特化型だった。生徒の集団登校を補佐するローテーションにも入っているらしい。
「俺はこの能力のお陰で、採用試験に合格出来たんだと思ってる。セントラルの教職員に求められるのは、防御や補助の力だ。攻撃力だけでいえば、ミックスが純血パワードに敵うはずないんだからな。生徒達のサポートが出来るかどうかの方が重要視されるんだよ」
若月先生の説明に、私達はなるほど、と聞き入る。
ミックスの先生達のお陰で、私達は沢山の実習を受けられるんだな、と改めて感じた。
先生は、神妙な顔になった私やマホを見てふっと頬を緩める。それからハルキくんの方に体を向け、声をかけた。
「湊先生から連絡があった。周防キリヤの居場所の確認が取れたそうだ。今日は夕方から政財界のパーティに出席している。夜まで自宅には戻らないらしいけど……どうする?」
ハルキくんは時計を確認し、こくりと頷いた。
「行きます。調べるなら早いほうがいい。サポートをお願いできますか?」
「もちろん。言ったろ? 補助は得意なんだって」
先生は紙袋から遠隔テレパス用のヘッドセットを取り出すと、私とハルキくんに手渡した。
3年生の実習で使うヘッドセットは、遠隔テレパスの精度を高めてくれる優れもの。制作に特殊な金属を必要とする為、生産数自体が少なく、市販はされていない。
私とハルキくんはヘッドセットをつけ、白手袋をはめた。彼の手をしっかり握って、目を見合わせる。
ハルキくんの凜とした眼差しは「大丈夫だ」って、そう力強く告げてくれた。
これから向かうのは、周防キリヤの本邸だ。
そこで私達は、彼が大切そうに抱えていたものの正体を突き止める。
予知夢が、あの場面をあえて選んだことには何か意味がある。
私もハルキくんもそう確信していた。
周防本邸内部の詳細な見取り図はテロ対委経由で入手済みだ。具体的な座標を地図と照らし合わせ、テレポートの準備を整える。細かな座標のずれは、若月先生が調整してくれることになっていた。
「いってくるね!」
私は仲間の顔を見渡し、声をかけた。
「気をつけて」
「何かあったらすぐに連絡して」
「無茶はダメだからね」
マホ、サヤ、そして入澤くんがそれぞれ言う。
彼らの心配そうな顔が嬉しくて、つい顔がにやけてしまった。
マホが「なにのんきに笑ってんの、もう」とこぼす。口ではそう言いながら、彼女も笑っていた。
若月先生が残ったヘッドセットをつけ、目を閉じる。
先生のパワーが発動するのを感じた次の瞬間。
私とハルキくんは、予知夢で見た例のお屋敷の中に立っていた。
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