第61話 未来の思い出

 情報収集と各方面への根回しはハルキくんたちに任せ、私とマホ、そしてサヤは戦闘準備とシミュレーションを重ねていった。


 予知夢の詳細をまとめた資料を参考に、相手の立ち位置や持っている武器を想定して、素早く仕留める練習を繰り返す。

 視聴覚室の半分を仕切って作った簡易リングが、私たちの訓練場だ。

 特殊な4Dゴーグルとプロテクターをつけ、プログラミングされた仮想世界の中でバーチャルエネミーを倒していくというその訓練は、自衛隊に就職が決まった生徒が履修する実習の一つ。相手にアタックすると掌に微量の電気が流れて接触成功の感触を伝えてくるし、逆にやられてしまうと仮想世界で受けたのと同じ箇所に同じ痛みを感じる仕様になっている。


 仮想世界に出現するエネミーに、精神攻撃は効かない。そこまでの技術はまだないみたい。

 せっかく若月先生が持ってきてくれたこの装置を使えるのは私とサヤだけかと思ったんだけど、そうじゃなかった。実行系攻撃型じゃないマホでも接近戦をしのげるよう、若月先生がサイコキネシスの応用方法を教えてくれたのだ。


「利き手の上半身全体に強化シールドを張るのがポイントだぞ。拳だけだと、攻撃の衝撃でほかの部位を痛めるからな」


 先生の説明は分かりやすく、マホは慣れない能力発動に悪戦苦闘しながらも、徐々にその方法をマスターしていった。

 先生のレッスンとマホの努力のお陰で、彼女の細くて頼りない拳が炭化チタン並みの硬度を纏うようになる。


「――ああ、もう、加減が分かんないっ。こめかみはやっぱだめだ! 顎にするわ」


 マホはそう言いながら、パワーを乗せた掌底をバーチャルエネミーの顎に叩き込んだ。ぐしゃり、と何かが潰れる音がして、エネミーがその場に崩れ落ちる。

 あ、これ顎が砕けたな。

 脳震盪を起こして失神させる訓練中なんだけど、死んではないしぎりぎりセーフ? こめかみを打たれたエネミーは消失しちゃったもんね。

 

 一息ついたマホの後ろから、別のエネミーが現れる。

 マホは道路脇に崩れ落ちた先ほどの相手に気を取られていて、すぐには気づかない。


「マホ、後ろ!」


 私は思わず叫んでしまった。

 観戦者サークルで待機中という状態のせいで何も出来ないのがもどかしい。

 仮想世界で味わう苦痛は単なる脳の電子信号で、実際にマホの体が傷つくわけじゃないと知っているのにどうしてもハラハラしてしまう。

 

 ハッと顔色を変えたマホを後ろのエネミーが背中から羽交い絞めにしてくる。


「く、そ……、痛いっつーの!」


 ぎりぎりと腕を後ろにねじられたマホが苦悶の表情を浮かべたのも一瞬、エネミーはあっという間に消失した。

 別の場所で戦闘していたサヤが、マホに絡みついてたエネミーを吹っ飛ばしたのだ。


「はい、ストーップ!」


 入澤くんが大声をあげて、バーチャル装置の発動を止めた。

 目の前に広がっていた街並みが消え、あっという間に現実世界が戻ってくる。

 入澤くんは腰に手を当て、首を振った。


「だめだよ、2人とも。拉致グループの制圧を、周りに通報されたら困るって話はしたよね。できるだけ人目につかないように地味かつ素早く倒すのが目標なんだよ。頭ぐしゃーとか人間遠投とか、そういうのはNGです」


 そう言って入澤くんは容赦なく4D装置の設定をいじる。


「もっかい最初からね」

「はーい」

「ごめんなさい」


 マホとサヤは素直に頷き、元の立ち位置に戻った。

 黒いゴーグルとプロテクトをしっかりはめ直しながら、サヤは苦笑を浮かべる。


「駄目ね、もっとメンタルを鍛えなきゃ。あんな場面を見たら反射的に攻撃してしまうわ」

「私も。力加減だって難しいし……こればっかりはコツを掴むまでしつこく練習するしかないよね」


 慣れない接近戦に戸惑う2人を見て、入澤くんがうーん、と考え込む。


「そっか~。セントラルで習ってるの、今のとこは遠距離からの能力行使ばっかだもんね。バングルの制御レベルあげてセーブしてるとはいえ、無駄撃ちはさせたくないな」


 確かに。

 本番ではそんな生温いこと言ってられないけど、私も訓練中にあまり能力を使いすぎるのはどうかと思う。なにか効率的な方法があるといいんだけど……。


「どうした?」


 そこへハルキくんが様子を見にやってくる。

 ハルキくんは入澤くんから事情を聞くと「手本を見せようか」と提案した。


「お手本?」


 首を傾げたサヤに向かって、ハルキくんがこともなげに言う。


「ああ。実際にどう動くのか視覚で確認すれば、2人とも理解しやすいんじゃないかと思って」

「それいいね! ……ああ~、俺も前衛タイプならな~。マホちゃんにいいとこ見せられたのに」


 入澤くんは悔しそうに顔を顰めたが、「まあ、いいか。後方支援にいたから、俺もシュウも生き延びられたんだし」と思い直している。

 実行系攻撃型パワードの寿命は、平和な今だって他のパワードに比べれば短い。テロ活動の為に生み出されたクローン達がどうなったのかはすぐに想像できた。


「ケイシが補助系パワードでよかったよ」


 マホはそう言って、「今のままで充分カッコいいし、頼りにしてる」と続けた。入澤くんはポッと頬を染めて「……ありがと」なんて言ってる。

 ナイスフォローだけど、なんだこのあっまい空気は! 何も食べてないのに胸焼けしそう。


 げんなりしながら、ハルキくんに視線を戻す。

 ハルキくんは入澤くんからゴーグルとプロテクターを受け取ると、制服の上着を脱いでそれらを手早く装着した。

 マホとサヤと入れ替わる形で簡易リングの中央に進み出た後、彼はちょいちょい、と人差し指を動かす。


「はいはいっと」


 入澤くんは装置のスイッチを押し、仮想世界を展開させた。

 プログラム01――ユウさんを拉致した車を止めた後の制圧シミュレーション。


 敵の車は、ありもしない道路工事をでっちあげて止める予定になっている。バーチャルゴーグル越しに見えるハルキくんは、警備員さんの格好をしていた。

 なかなか通して貰えない、しかも迂回路もない場所で立ち往生した車からは、クレームをつけようと拉致グループの男が降りてくる。車は二台。それぞれの車には計5名の男が実戦要員として乗っている。うち2人はミックスパワードだ。


 ハルキくんの動きは早かった。

 短距離テレポートを使ってまずはミックスの男2人のすぐ脇に現れ、容赦なく彼らのみぞおちに拳をたたき込む。仲間が攻撃されたと、他のメンバーが気付いた時にはもう遅い。ハルキくんは地面を蹴って加速し、他の男達の死角を取る。彼らもあっという間に戦闘不能になった。

 ハルキくんの鮮やかな動きに思わず見惚れてしまう。


 ミッションコンプリートのアナウンスが流れるまで、5分もかからなかった。


「倒した相手はケイシが片っ端から別の場所へテレポートさせる。出来るだけ早く戦闘不能にさえすればいいんだ。他のことは考えるな」


 黒いゴーグルを外し、軽く首を振って髪を整えたハルキくんが冷静な口調で告げる。

 一連の流れ全てがかっこよすぎてクラクラした。


「……これはくるわね」

「すっごいくるね……いい匂いした」


 ハッと気付いてマホとサヤを見てみれば、2人とも目がハートになっている。

 強い雄に惹かれてしまうのがパワードのさがとはいえ、ハルキくんはだめ! 絶対だめ!


 がるるると唸り声をあげた私、そして涙目になった入澤くんを見て、マホとサヤはぶはっと噴いた。

 笑い事じゃないよ、全くもう。

 15歳のハルキくんでこれだもん。未来の私はさぞ苦労したことだろう。


 でもハルキくんのお手本のお陰で、マホとサヤの動きは見違えるほど良くなった。

 当日は入澤くんと若月先生も一緒にいるし、もっとスムーズに制圧できそう。


 シミュレーションはあと2回分残っている。

 研究所の別棟での戦闘と、文化祭当日のセントラルでの戦闘。


 後者については、何パターンもプログラミングされていた。

 予知夢で見たのは食堂、安全管理ルーム、体育館での戦闘だけど、食堂と安全管理ルームを襲う実働隊は前日までの対応で潰せているはず。

 残るは体育館だけだ。だが、そこへどうやって元傭兵部隊が送り込まれてくるのかは謎のままなのだ。

 予知夢では集団テレポートしてきたように見えたけど、そんなこと出来る純血パワードの協力者は現時点ではいないっぽいんだよね。

 

 他にもサヤのクローンがいるなら別だけど、ハルキくんは純血パワードのクローン実験に成功できたのは偶然だろうって言ってた。

 そう簡単にコピーできるほどの量産技術はまだないはずだって。今から3年後にクローン研究分野での革新的な発見がある。その後で、クローンの量産技術は飛躍的に発展していくらしい。

 でもそれはあくまで、オリジナルの病気や怪我による欠損を治療する為の技術だ。すでにクローン技術規制法は全世界に広まっている。再生医療目的以外のクローン培養は、現時点でも固く禁じられていた。


 襲撃者の他にも純血パワードのクローンがいるのかどうかについては、研究所の地下施設に行って調べてみないと分からない。

 とりあえず今は、集団テレポートしてくるという設定でシュミレーションを重ねておくしかない。

 こちら側の準備は着々と進んでいた。



    ◇◇◇


 

 マホとサヤの接近戦技術があがり、全てのシミュレーションでコンプリートをたたき出せるようになったのは一週間前のこと。

 里内本部長の尽力の結果、都内に予知夢と似たような状況を作って貰うことが出来たので、そこでバーチャルエネミーではなく現実の人間相手に実戦も行った。

 万が一の為に、と能力センターから派遣された医療班が待機する。

 若月先生、入澤くん、マホ、そしてサヤの連携プレーは完璧だった。

 忙しい中駆けつけて人質役を演じてくれた柊ユウさんも、4人の活躍に目を見張っていた。


「これは頼もしい。こんな短期間で、すごいですね」


 ユウさんの心からの賛美に、マホとサヤがぱぁっと瞳を輝かせる。


「当日も任せて下さい。なんかの船に乗った気分で!」

「なんかの船ってなによ。大船でしょ」


 相変わらずの2人の掛け合いに、ユウさんはくすくす笑った。

 現場のはりつめた空気が一気に緩み、テロ対委のメンバーも能力センターの先生も皆ホッとした表情を浮かべる。

 文化祭前日も当日も、私達をサポートする為に大勢の人が動く。プランAが失敗した場合はプランB、というように事前準備はばっちりだった。


 ハルキくん達の調査も完了し、旭シノ、そして周防キリヤの逮捕の目処はついたそうだ。

 あとは、作戦の実行を待つだけとなった日の夜――。

 私はハルキくんに呼び出された。

 

 本邸と離れを繋ぐ通路の外側にある庭へ来て欲しい、というそのメッセージに首を傾げながら、客室を出る。

 マホとサヤに「ちょっとハルキくんに会ってくるね」と言い残したせいで、2人から盛大に冷やかされた。


「いいなぁ。作戦決行前夜に婚約者と逢い引きなんて、ロマンがあるわよね」

「分かる、なんかこう、カーーッ! って言いたくなる」

「なるなる。未成年じゃなかったら、マホとやけ酒飲みたかったわ」

「それいいね。冷蔵庫になんかなかったっけ。……あ、アイスある。やけアイスしようよ、サヤ」

「しよう。全部食べちゃおう」


 後半は完全にアイスの話になってたのには笑った。

 でも確かにロマンティックなシチュエーションだ。

 最近は2人きりで話す機会はめっきり減ってたし、もしかしてハルキくんもどこかで寂しいと思ってくれていたのかも。

 

 スキップしながら中庭へと向かった私は、先に来ていたハルキくんを見て、足を止めた。

 ふわふわ浮かれたピンク色の妄想に、バケツ一杯の冷水が浴びせられる。

 中庭においてある木製ベンチに腰掛けた彼は、青白い月を見上げていた。

 あまりにも寂しげなその横顔に、声をかけるのを躊躇ってしまう。私の気配に気づいたハルキくんがこちらを振り向かなかったら、いつまでもそこに立ち尽くしていただろう。


「こんばんは、アセビ」


 ハルキくんは柔らかく微笑み、おいで、というように手招きする。

 私は野良猫のような動きで彼に近づき、恐る恐る隣に腰を下ろした。


「どうしたんだ、何かあった?」


 ハルキくんはおっかなびっくりの私を見て不思議そうに目を丸める。


「それはこっちの台詞だよ。ハルキくんこそ、何かあった?」


 彼はわけが分からないというように瞬きする。その表情に嘘はなかった。どうやら無自覚みたい。


「すごく寂しそうな顔してた」


 私が指摘すると、ハルキくんはバツがわるそうな顔になった。


「……アセビを待ってる間、未来でのことを少し思い出してた」

「そうだと思ったよ」


 ハルキくんが思い出していたのは、おそらく未来の私とのやり取り。

 もしかしたら、私が研究所に特攻をかける前、こんな風に2人で会ったことがあるのかもしれない。

 今更言ってもどうしようもないことなのに、面白くない気分になる。

 眉間に皺を寄せて黙り込んだ私を見て、ハルキくんは苦笑した。


「未来での自分の話は、聞きたくない?」

「うーん、どう言ったらいいんだろう。……私の知らないハルキくんと私の知らない私の話だから、部外者な気分になるのかな。聞きたくないほど嫌じゃないんだけどね。未来の私だって、私なんだし」


 要はヤキモチってことだ。

 やく必要なんてどこにもないのに、私はちょっと、いや、だいぶ独占欲が強すぎるのかもしれない。


 正直に白状すると、ハルキくんはびっくりしたように大きく目を見開いた。


「そうなのか。未来も今もどっちも同じアセビだと思ってたから、気にしたことなかった。これからは気をつけるよ。……でも、もしアセビがよければ、最後に一つだけ聞いてくれないか」

「無理して最後にすることないと思うよ。話したいことを話してくれた方が嬉しい」


 私も前に進むために、父さんに告げたいことがあった。

 ハルキくんにもそんな何かがあるのだろう。


 彼は小さく息を吐き、静かな口調で話し始める。


「最後の日の夜、こうしてお前と話す時間があったんだ。アセビはやけに明るかった。空元気だったのかもしれないし、RTZを潰せる方法が見つかって喜んでいたのかもしれない。その時、アセビは俺に言ったんだ。『もっと早く会えたらよかった』って。そう言ってニコニコしてた。そんな風に笑う意味が分からなかった。そんな風に笑うアセビを見るのも初めてで、俺は何も言えなかった。アセビが別れを告げたことにも気づかなかった。俺は、あの時のお前に何が見えていたのか、時間遡行した後もずっと考えてた」


 ハルキくんはそこまで話すと、私の手を取って目の前に掲げる。

 彼は私の手首にはまったバングルをじっと見つめて、宣言するように言った。


「でももう、考えない。俺のアセビは、今ここにいるお前だけだ」

「バングルにそう書いてあるの?」


 彼の仕草が謎すぎて、ついふざけてしまう。

 私だけだと言ってくれたことが嬉しくて、でも照れくさくて、シリアスな雰囲気を茶化してしまいたかったのかもしれない。

 ハルキくんはふっと笑い、「そうだよ」と答えた。


「アセビと2人で話したのはそれが最後だった。印象深く覚えてるのは、さっき言ったセリフと傷だらけのバングルなんだ。未来のアセビのバングルは傷だらけだった。彼女の背負った辛い過去の数々がそのまま傷として残ってるような、そんなバングルだった。今のアセビのバングルには傷一つない。……これからもつけさせない」


 ハルキくんは最後の言葉を噛みしめるように吐き出した。

 とっても嬉しい決意表明だけど、前半部分が気になって幸せな気持ちに浸りきれない。


「バングルに傷が? しかもそんなに沢山?」


 バングルはパワードの寿命を管理する特別な装置だ。

 他からの攻撃には簡単に傷つかないよう、特殊なコーティングがされている。

 実行系攻撃型パワードだった母さんのバングルにだって、傷は一つもなかった。

 バングルにしっかり残るほどの傷をつけようとするなら、バングルだけを狙って熱線かレーザーで焼くしかない。

 未来の私は敵の攻撃を手首で受け止める癖でもあったのだろうか。


「ああ。……今考えたら不思議だな。でも確かにあったよ。フレームの縁をこう、刻むように沢山」


 ハルキくんが私のバングルのフレームを指さす。

 そうなのか。

 記憶力のあまりよくない私のこと。それって何かを覚える為に刻んだ印とかだったりして。欲しいものの最初の一文字を手の甲に書いちゃうみたい、に……────。


 そこまで考えたところで、全身にぶわり、と鳥肌が立った。

 こんな感覚は初めてで、思わず固まってしまう。


「アセビ? どうした?」


 ハルキくんの心配そうな声さえ、薄い膜越しに聞こえてくる。

 

 あらゆるパターンの「もしかして」が、頭の中に浮かんではくるくる舞って消えていった。

 私はその中心に立ちすくみ、突然巻き起こった思考の波に翻弄される。

 

 私は予知夢を見ることが出来る。

 そしてそれは、未来の私も同じ。

 未来の私には他にも出来たことがあるんじゃないの?

 

 サードパワードには出来なくて、ネクストパワードだけに出来たかもしれないこと。

 

 ハルキくんはこの時間軸へ戻ってきたあとも色々とパワーを使っている。それでもまだ、パワーが潰える兆しはみえない。時間遡行という巨大な力を使ったあとなのに?


 今の私が、まだ出会って半年のハルキくんをこんなに好きなんだ。未来の私はもっと好きだったに違いない。

 なのに、ハルキくんの目の前で自爆なんてするだろうか。大好きな人に消えない傷を残すと分かっていて?

 そうするしかなかったから、そうしたとしか思えない。単に効率がいいとかそういうことじゃなくて、もっと切羽詰まった理由があったとしか――。


「未来の私は、他に何か言ってなかった?」


 ハルキくんは怪訝そうにしながらも、ゆっくり首を振る。


「よく覚えてない。薄情なようだがどんどん記憶が薄れていってて、ほんとそれくらいしか――そうだ、正確には、『もっと早く出会えたらよかったんだね』だ」

「そっか。……そっかあ」


 私は胸にこみ上げてくる熱い塊を必死に飲み下そうと拳を握る。

 だけど我慢しきれなくて、目尻から涙がポタポタ落ちた。


「あ、アセビ!?」


 私が泣いていることに気づいたハルキくんが慌て始める。


「ごめん、もう未来での話はしない。だから、泣くな」


 ハルキくんはわたわたしながら、何とか私を泣き止ませようとした。両手をあげたり下ろしたり。私を抱き締めて慰めるべきか、それともそっとしておくべきか迷ってる。


 未来の私は、簡単には泣かなかったのかもしれない。

 少なくとも、人前では。

 だから今こんなにハルキくんは動転しているのかも。

 そう思うと、どうしようもなくやるせなかった。


 『もっと早く出会えたらよかったんだね』

 

 うん、そうだね。

 それなら、父さんを目の前で殺されたり、仲間を沢山死なせたりせずに済んだよね。母さんの遺書だって読めたし、色んな人をもっと信じられた。


 戦闘になるといつも周りを無視して一人戦う癖のあったという神野アセビ。

 彼女はもしかしたら本当に、ずっと一人で戦っていたのかもしれない。


 ああ、なんか。

 なんか、もうヤキモチとかどっかいっちゃったよ。

 

 今はただ、必ず未来を変えようと強く、強く思う。

 それが未来の私への最大かつ唯一のはなむけだと思った。

 


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