第6話 案内係は前途多難

 私の両脇と背後を固めるようにして、3人は食堂まで着いてきた。まるでSPだ。

 図らずも噂の転入生達を配下みたいに引き連れて歩くことになった私は、すごく目立っていたと思う。好奇心と反感混じりの視線があちこちから飛んでくる。


――「ちょ、あれ見てよ」

――「うわ、偉そう~」

――「見かけ倒しのハリボテちゃんが、なに張り切ってんだろうね」


 嫉妬混じりの陰口が脳内に飛び込んでくる。

 他人の思念がこんなにはっきり聞こえてくることは滅多にないから、言ってる人はわざとやってるんだろう。

 私のプロテクト能力のお粗末さは、入学式翌日に行なわれた実力検査で全校生徒にバレている。両親がその筋ではかなりの有名人であることが、裏目に出てしまった。『神野ヒビキと神野アザミの一人娘』という肩書きさえなければ、マークされることもなかったはずだ。


――張り切ってるわけじゃないよ。強制なんだよ!


 心の中で思い切り叫んでみたが、誰にも届かなかったんだろう、何も変わらない。ますます気が滅入った。


「ありがとう。案内してくれて助かる」


 柊ハルキが唐突に言った。

 お付きの2人も彼の言葉に素早く反応し、「ほんとだよ。校内の見取り図は貰ってるけど、地図見ながらうろつくのめんどいもん」とか「貴重な休み時間を使って貰ってすみません」などと言いだす。

 3人とも、耳を傾けずにはいられない良い声だった。大声出してるわけじゃないのに、心地よく響く。声質は顔の骨格で決まるらしいし、イケメンの声は魅惑ボイスという法則でもあるのかもしれない。

 テンション低いの、分かっちゃったかな?

 彼らの優しいフォローに、嫌々やっている自分が後ろめたくなった。


「ううん、大丈夫。頼まれたことはちゃんとやるから」


 私が答えると、全身にまとわりついていた反感がふわりと外れていくのが分かった。


――「なんだ、ぱしりか」

――「そんなことだろうと思った」


 周囲の華麗な手のひら返しを体感し、思わず歩くスピードを緩めて左隣を見上げる。……この人が事情を口に出してくれたからだ。偶然だけど、助かった。

 柊ハルキは私の視線に気づくと、左手の人差し指を軽く唇に当てた。形の良い長い指が、これまた端正な薄めの唇に触れる。たったそれだけの仕草に、変な溜息が出そうになった。

 この人、やっぱりなんか出してる!

 リーズンズってこんなに危険な感じだっけ? 魅了の能力持ちなんじゃないだろうか。頭がぽうっとしてしまい、柊ハルキがどういうつもりで『内緒』のポーズをしたのかという疑問は、最初からなかったみたいに頭から消えていった。


 私達が購買や食堂で買い物する時は、専用の読み取り機にバングルをかざすことになっている。リーズンズは自分達で支払うことになってるはず。

 私は食券購入ブースの前で立ち止まり、3人がお財布を出すのを待ってみた。ところが彼らはズボンの後ろポケットを探ると、名刺サイズの小さなカードを取り出した。


「それ、何?」

「セントラルの中だけで使えるチャージカードだそうだ。転入手続きをした際、校長に渡された」

「……そうなんだ」


 現金を見られると思ってワクワクしてたのに、なんだよ。落胆が顔に出ていたのか、柊ハルキはくす、と笑った。


「現金、見たかったんだろ? 小銭は金属だから、セントラルへの持ち込みは許可されてないんだ」


 金属を圧縮し、弾丸状にして強く放つ。大抵の純血パワードは、5秒もかけずにその一連の動作をやってのける。金属類の持ち込みは銃の携帯を意味するからと、校則で禁止されているのは私も知っていた。

 柊ハルキも同じ説明受けたんだね……じゃなくて!


「なんで私が思ってること分かったの!? 柊くんって本当はミックスなんじゃないの?」


 考えていたことをずばり当てられ、私は動転した。とうとう我慢しきれず問い返してしまう。彼にはリーディング能力があるとしか思えない。

 柊ハルキは悪戯めいた笑みを浮かべ、「それか。若月先生が言ってただろ? 俺達はパワード能力を限定的に発現する装置の実証に来てるんだって。今は使ってないけどな」と答えた。

 そういえば、そんなことを言ってたね。

 私は1歩後ずさり、じろじろと彼を観察してみた。私の微弱な透視能力じゃ、全部見ることは出来ないんだけど、目立つ無機物を携帯していたら流石に分かる。だけど何も見当たらなくて、私は首を傾げた。


「その装置はどこにあるの? 使ってないのに、なんで分かったの?」

「分かるよ、お前の考えそうなことくらい。装置は……まあ、いいか。他言無用のお達しがきてるけど、お前には言っとく。他言無用で頼む」


 柊ハルキはそう言って、右耳にかかっていた髪を指で払った。

 耳の上側の縁に、銀色の軟骨ピアスヘリックスが嵌まっている。彼は首を傾けて、私にその幅広のピアスをよく見せてくれた。


「こんなに小さいの?」


 誰にも聞かれないよう、私は声をひそめた。

 本当は誰にも言っちゃいけない、って。信用されてる証拠みたいで、少し嬉しくなる。それにしても、かなりガッチリ嵌まってるな。痛くないのかな。


「ああ。だから効果は微々たるもんだ」

「びび……」

「少ししかないってこと。検体に負担がかからないように、最小値で人体実験中ってわけ」

「痛くないの? 大丈夫なの?」


 気になることを心の中に留めておけない性分なので、考えるより先に言葉が出てしまった。

 柊ハルキは、最初に会った時みたいに口をへの字に曲げた。泣くんじゃないかと思った。彼はぎゅっと拳を握りしめ、私を睨んできた。泣きそうな人に凄まれても、全然怖くない。


「お前がバカみたいにお人よしだから、あんな――」

「ハルキ様」


 何か言いかけた柊ハルキを、御堂シュウが強めの呼びかけで遮る。柊ハルキは唇を噛み、くしゃりと髪をかき回した。それからあっけに取られた私を一瞥し、「何でもない」と言い捨てて踵を返す。彼はまっすぐ食券購入パネルに向かうと、大して迷いもせずに【おすすめランチ】のボタンを押そうとした。


「ちょっと待った!」


 慌てて彼の腕に飛びつき、ぎゅっと引っ張ってパネルのボタンから遠ざける。

 柊ハルキは私の突然の接触に驚いたのか、「ちょ、は!? な、なにやってんだよ」としどろもどろになってしまった。

 耳が真っ赤だ。せっかくの王様キャラを台無しにしてしまって申し訳ないけど、おすすめランチは危険過ぎる。


「おすすめランチのカロリーは1万超えてるよ。リーズンズって、そんなに食べても平気なんだっけ?」

「……平気じゃない」

「だよね。単品で頼んだ方がいいと思う。量もハーフサイズが選べるし、確認画面の右上にトータルカロリーを見られるボタンが出てくるから、それで調節して」


 私の説明に頷き、御坂くんと入澤くんは別のブースで食券を注文し始める。柊ハルキは固まったままだった。


「あれ。私の説明、分かんなかった?」

「わかった。分かったから、離れてくれ」


 そういえば、彼の腕に掴まったままだった。


「ごめん、ごめん。つい」

「……ついで、男の腕にぶら下がるのか、お前は」


 そんなこと言われても、サイコキネシスでとっさに人の腕の動きを止めるとか、私には無理なんだよ。

 言い訳しようとしたのに、柊ハルキの説教は延々と続き、私は彼にねちっこく『異性との適切な距離』についてのご指導を受けながら自分の食券を買う羽目になった。

 結局お昼休みはがっつり3人につき合わされてしまった。


 午後からの透視の実習も、彼らが私のすぐ横について見学したものだから、ペアの女の子から受け取ったメッセージは「緑の星・かっこいい・青の月・まじやば・黄色のハート・え~、選ぶとか無理・赤の弓矢」というものだった。

 軽いプロテクトがかけられた81種類のカードから4枚をランダムに選び、裏に描かれた模様を当てるという授業だ。全問正解はすごいけど、彼女が3人に抱いた煩悩まで受信してしまって居た堪れない。


「次、神野さんだよ」


 促され、私もカードを引いてみる。今回こそ透視を成功させようと、気合を入れて選んだカードに手をかざした。

 表の唐草模様が目に焼き付くんじゃないか、というほど凝視したけど、うすぼんやりと浮かぶイメージが明確な像を結ぶことはなかった。

 なんとなく、四角っぽいとか丸っぽい、くらいは分かるし、色も濃い薄いくらいは見える。リーズンズでいえば、ものすごく目の悪い人が裸眼で映画を見ているみたいな感覚だと思う。

 ……だめだ、これ以上見ても変わんない。

 心の中で「黒のダイヤ、白の塔、赤の星、茶色の聖杯」と念じる。

 だけどしばらく経った後、ペアの子に「悪いけど、何にも飛んでこない。レベル下げる?」と聞かれてしまった。


「すみません、お願いします」

「……はあ」


 聞えよがしな溜息をついて、その子はバングルに触れた。

 入学式で一旦レベル5まで下げられた保護レベルだけど、皆いつもは6とか7に設定してるみたい。マホや鈴森サヤクラスになると、能力の強い発動を避ける為、8まで上げてる。ちなみに私は5のままだ。それで何の支障もないので、はい。


「――しかも、違うし」


 保護レベルを下げて微弱なテレパスを受け取ってくれた女の子は、がっくりと項垂れた。本当に申し訳ない気持ちになった。

 実習が終わった後、私は3人の顔をまともに見られなかった。

 柊ハルキの方が、ピアスの装置を使えば私よりマシに透視できるんじゃないかってくらい酷い結果だ。


「なんか……私でごめんね」


 俯いたまま謝ると、彼らは声を揃えて「何が?」と心底不思議そうな声で聞き返してくる。


「私と実習受けたって、全然参考にならないじゃん。今からでも、多比良マホか鈴森サヤって子についた方がいいと思う。マホは精神系特化型で、鈴森さんはオールマイティ型なんだ。2人ともすごいよ?」


 柊ハルキは黙って私の弁明を聞いていた。言い終えて今度は私が黙り込むと、柊ハルキは軽く溜息をついた。


「こっち見ろよ」


 渋々顔をあげた先で、確信に満ちた明るい瞳とかち合う。


「お前じゃなくちゃ、意味がないんだ。能力を上手く発動できないことを気にしてるんなら、無意味だから止めた方がいい」


 柊ハルキは、何故か自信たっぷりだった。

 ニュアンス的に励ましてるのは伝わってきたけど、言ってることは半分も理解出来ない。


「……そういう思わせぶりなの、苛々する。一体、何なの? 何で、私なの? あなたは何を知ってるの?」


 私はストレートに疑問をぶつけてみた。遠まわしに質問して知りたい答えを引き出すとか、そんな器用な真似が出来るなら、これまでだってもっと上手く立ち回ってる。

 柊ハルキは、近くにいた御坂くんと入澤くんに目配せした。

 御坂くんは眉間に皺を寄せたけど、結局は根負けしたように「仕方ないですね」と呟いた。柊ハルキの顔が一気に明るくなる。

 彼は私に視線を戻すと、弾む声で提案してきた。


「放課後、話したいことがある。届けは出しておくから、俺の家に寄ってくれないか」

「あ、放課後は無理です」


 放課後は、婚活を見据えた部活見学に行くつもりなので。

 正直に予定を話そうとしたんだけど、途中で入澤くんが「ストップ! そこまで!」と大声で割って入ってきたので、中途半端な説明になってしまった。


「……男漁り?」


 地を這うような声が柊ハルキの喉から漏れる。

 とっさに盾にしようとした御坂くんには避けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る