第11話 未来では本物の恋人
私達が5人揃って裏門から登校した話は、あっという間にセントラル中に広まった。柊ハルキの実家は、私が思ってる以上にネームバリューがあったみたい。
くわえて本人も、容姿よし、頭よしの優良株だ。将来の稼ぎもかなりのものだろう。結婚相手として上玉な彼を、落ちこぼれの私が早々に独占したとなれば、そりゃ噂にもなる。
純血パワードは単純だ。陰湿な嫌がらせや策略には向いてない。
私と柊ハルキの仮婚約に不快を感じた女子生徒はみんな、直接文句を言ってくると予想していた。
「……案外、平和?」
「早めに手を打って正解だったな」
何事もなく教室に入り、席につく。
柊ハルキは拍子抜けした私の顔を見て、「大丈夫だって言ったろ?」と得意気に眉をあげた。
彼によると、誰も何も言ってこないのは彼らが転入してきてまだ3日目だから、らしい。ちょっといいかもと思った程度の相手に、人はそこまで執着できないというのが柊ハルキの意見だった。
なるほどね~。
いかにもモテそうな彼が言うと、すごく説得力がある。
「モテそうって……どこまでも他人事なんだな」
柊ハルキはがっくりと肩を落とし、それから「嫌でも処世術が身に着いたのはあるかもな」と付け足した。処世術の意味が分からなかった私は、愛想笑いで話を切り上げた。
一人だけ相手の決まっていない(ように見える)御坂くんに、女の子達の関心は移ったみたい。朝からあちこちで掴まって、なかなか抜け出せないでいる。
甘い蜜を塗りたくられた人柱みたいだ。
ハイスペックなお年頃男子を、絶賛パートナー募集中のミツバチたちが見過ごすわけないよね。
面倒事の気配を察知した私達は、見て見ぬ振りをして教室まで来たわけだけど――。
「……見捨てられたこと、絶対に忘れませんからね」
よれよれになった制服をきちんと着直しながら、御坂くんはドスの利いた声で言った。ネクタイは解け、シャツのボタンは三つ目まで外されている。控えめにいってハレンチな恰好だ。
「第三者が介入したって、拗れるだけだ。学園内での能力の私的行使は禁止されてる。単純に腕力だけなら、お前が圧倒的に上だろ?」
柊ハルキは宥めようとしたが、御坂くんの憤りはおさまらない。
「女性を突き飛ばせと言うんですか? こっちが下手に動けないのをいいことに、好き放題ですよ。発情期の猫よりたちが悪い」
「既成事実を先に作っちゃえ! な過激派もいるって言わなかったっけ?」
マホがとぼける。
御坂くんは深々と溜息を吐き、何故か入澤くんを睨んだ。
「ケイシ。あなた分かってて、立候補しましたね」
「ん? なにが? 俺はマホちゃんに一目惚れしたから手をあげたんだけど?」
入澤くんの方が一枚上手みたい。
そうか、入澤くんはミツバチ除け目的でマホと仮のカップルになったのか。
「ね~。マホちゃんも俺のこと好きになってくれたんだもんね~。こんなに可愛い子が彼女になってくれるなんて、超ラッキー」
入澤くんは軽くて甘い台詞を連発し、マホの肩に手を回す。
「もう、入澤くんってば。恥ずかしいよ」
頬を染めて俯いたマホの目は全く笑っていない。入澤くんの脇腹を思いきり抓ったのが、私の席からは丸見えだった。
彼らには色んなことを聞きたかったけど、セントラルの中に敵対者がいる以上、迂闊な会話は出来ない。
私にアレとやらを埋め込む犯人の目星は、全くついていないそうだ。
完璧なシールドを張れるようになった私に反応する人が怪しいんじゃないか、と4人は考えていたみたい。結論からいえば、セントラルに在籍している生徒はほぼ、黒だった。
すれ違った生徒および職員全員に私は二度見されたのだ。
私の気持ちが透けて見えないことへの戸惑いと驚きが、ビシバシ突き刺さってくる。
「……ねえ。私のプロテクト能力、そこまで酷かった?」
小声で質問した私から、4人は一斉に目を逸らす。
マホでさえ「そりゃ、うん。まあね」と曖昧に言葉を濁した。
私のシールドに驚かなかったのは、若月先生くらいだ。
HRを終えて教室を出て行く時、先生は「お、ようやくコツを掴んだか」と言って、私の肩をぽんと叩いた。
たったそれだけの言葉が、じーんと心に沁みる。
嫌味を言われるんじゃないかと身構えてごめんなさい。
もしかして先生には、やれば出来る子だと思われてたのかな。それなら嬉しいな。
若月先生が出て行った後、柊ハルキは無言で私の肩を払った。
犯人捜しの初日は、のんびりしたものだった。
具体的に私は何をすればいいんだろう。聞きたいことも山ほどあるのに、迂闊に口に出せない。放課後また柊ハルキの家で作戦会議をすると聞かされていたので、とりあえずは大人しく授業を受けることにする。今日も散々な結果だった。
劣等感で喉を塞がれ、息がしにくくなる度、私は本当はすごい能力者なんだからと言い聞かせてみる。寒々しさが増しただけで、自尊心はちっとも回復しなかった。
宙ぶらりんな気持ちのまま、昼休みを迎える。
食堂へも5人で移動した。私の隣に柊ハルキ、向かいにマホ達3人が座る。
作戦のことを話せないのなら、何を話せばいいんだろう。未来に関することを伏せれば、好きなように話していいと柊ハルキは言ったけど、そんなに器用に話題を見つけられない。彼らが未来から来たと知った今、話したいことは全て未来に関係してる気がした。
「えーと……今日は天気がいいね!」
カウンターでそれぞれランチを取ってきた後、柊ハルキの隣に戻った私は、なんとか当たり障りのない会話をしようと頑張った。ところが私が話した途端、柊ハルキが口元に拳をあてる。
朝から私が何か言う度に、ニヤニヤするんだよ、この人。
次やったらグーパンすると警告したので、必死に堪えようとしてるんだろう。口は隠れてるけど、全体的にニヤンとしてるのが分かるからアウトだ。
「すぐにニヤニヤするのやめてって言ったでしょ!」
拳を握り込んで肩パンしてやったが、私の手の方が痛かった。
かったー……! この人の肩、何で出来てるの? ちゃんと骨は避けたよね。石?
「悪い。ニヤニヤっていうか、……可愛いなと思って」
柊ハルキは私に殴られたところをそっと抑え、嬉しそうに言った。
特に可愛いことを言ったつもりはないから、お尻がむずむずしてしまう。
柊ハルキは自分の台詞に照れたのか、私が何か言う前に、手を広げて目元を覆ってしまった。完全に乙女だ。
彼が黙り込んだので、向かいに座った3人に目を向けてみる。
入澤くんと御坂くんはマホを間に挟んで、最新能力研究についてあーだこーだ議論しながら、ご飯を食べていた。座学でやるディスカッションみたいなノリだけど、お天気の話よりマシだ。
そっか、そういう風に話題を振れば良かったのか。
会話の弾んでいる彼らを羨ましく思いながら特大ハンバーグを切り分けていると、ようやく柊ハルキが恥らう乙女状態から回復した。
「どうしても、顔が緩んでしまうんだ」
「ん?」
彼はまださっきの話を続けるつもりらしい。
「素直で明るいお前が、すごく新鮮で。そうか、昔はこんな感じだったのかって」
また褒め殺しされたらたまらない。
次こそ反論しようと待ち構えていた私は、一瞬何を言われたのか分からず固まってしまう。
「……ええっと……私、陰険で暗いヤツだったの?」
思わずストレートに問い返してしまった。
未来の私は今の私とだいぶ違うみたい。
それって、婚活に失敗したからだったりして……。知らず知らずのうちに眉間に皺が寄る。
「そういうわけじゃない。ただ――」
柊ハルキは途中で口ごもった。
彼は未来で私とどんな関係だったんだろう。
今一番聞きたいのはそれだ。
私は椅子を引きずり、柊ハルキに体を寄せた。今から言うセリフ、他の誰にも聞かれたくない。どんな自意識過剰女だ! って感じだもんね。
怪訝そうに私を見ている彼に、私は小声で尋ねた。
「もしかして、私達、付き合ってた?」
しばらく黙り込んだ柊ハルキが、長い溜息をつく。それからひたと私にまっすぐな視線を当てた。
どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?
彼は人差し指を立て、軽く動かした。耳を貸せってことみたい。
私は言われた通り髪を耳にかけ、体を横に傾ける。今度は柊ハルキが身を屈め、私の耳に唇を寄せた。微かな息がくすぐったい。
「付き合ってたけど、片思いみたいなもんだと思ってた。でも違った。本当はお前も俺をすごく好きでいてくれた。それが分かった時には、もう全部終わってた。だから、やり直したい。せっかくのチャンスを台無しにしたくない」
どこかで聞いたような話だ。
父さんの真摯な瞳が脳裡をよぎる。
――『母さんは、父さんを全力で愛してくれてたんだ。母さんが死んで、遺書を見つけて、僕はそれがよく分かった』
大切なことはみんな、何もかも終わった後に分かるものなのだろうか。
そんなの、きつすぎる。
父さんの話を聞いた時、私は母さんに対し「おいおい。出し惜しみするなよ」と思った。だけどどうやら未来の私も、この人に同じ仕打ちをしてしまったらしい。
正直実感は湧かないけど、まさかこれが全部お芝居ってことはないだろう。万が一嘘なら、能力開花後、真っ先にこの人を粛清しようと決める。女心をもてあそぶクズ男は死すべし!
縋るように私を見つめてくる柊ハルキに向き直り、一途な視線を受け止める。嘘が混じってるようには見えない。彼は全身で私が好きだと叫んでいた。
失った未来の私も、未来の私に繋がっている今の私も全部。神野アセビという人間に惚れているのだと彼は伝えてくる。
微弱なテレパスでも分かるほどの熱量に圧倒された。
「そんな事言われても知るかって、怒っていいぞ。婚約は正式なものじゃないし、期限付きだ。アセビの安全が保障されれば、誰を選ぼうと自由で、俺に口出しする権利はない。嫉妬は……しないとは言えないが、でもお前が別の誰かを好きになったら、邪魔しない。約束する」
それなのに彼は想いを口に出さず、私に逃げ道を用意しようとする。私の意志をどこまでも尊重しようとする。自分より私が大切だと言い切ったも同然だ。
柊ハルキはハイスペックな割に不器用で、悲しいほど一途だった。
「怒らないよ。むしろ、悪かったなって。代わりに謝られても微妙だろうけど、色々ごめんなさい」
「……ああ。――俺も、気づけなくてごめん」
柊ハルキはくしゃりと端正な顔を歪め、私の適当な謝罪を受け入れた。
本当は未来の私に伝えたかったんだろう「ごめん」は、切ない重みを伴なって胸の奥に落ちて行った。
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