第7話 魔法師アドニス

   by Sakura-shougen


 ギルバートが次に訪れたのは、伯爵お抱えの魔法師アドニスの役宅である。

 役宅にアドニスはいたが、最初に応対したのは弟子の一人である。

 そうして不必要なほど警戒心をあらわにしていた。


 それでもアドニスに会いたいと言うと取り次ぎはしてくれたのである。

 暫く玄関先で待たされたが、役宅の中には入れてもらえた。

 広い部屋の中で、仏頂面のアドニスが大きな机を前に椅子に座って待っていた。


 傍には椅子とテーブルのセットもあるのだが、アドニスは立ち上がろうとはしないし、ギルバートには座れとも言わない。

 止むを得ず黙って立っていると、向うから口を開いた。


 「 何用だ。

   用があると言うから会ってやっている。

   さっさと話せばよかろう。」

 最初からけんか腰である。

 余程、ギルバートが気に入らないらしい。


 「 恐れ入ります。

   実は、リディア姫が襲われた件、それに三年前にあったという伯爵の子息の殺

  害の件でアドニス殿の御意見を伺いたいと存じました参上しました。」

 「 何、ルキアノス殿のこととな?」


 アドニスは暫く目を伏せて考え込んでいた。

 「 そなた、ルキアノス殿の殺害の一件は、この度のリディア姫の一件と関わって

  いると思っているのか?」

 「 判りませぬ。

   特に、亡くなられたというリディア殿の兄君の一件は、先ほど伺ったばかりで

  私も詳しく知りませんので・・・。

   ただ、リディア姫を襲った賊は星型の手裏剣を用いていました。

   ハインリッヒ殿に調べてもらったところ、暗殺や密偵を生業とするシュクラが

  用いるものに非常に似ております。

   生憎と実物の方は、回収しておりませんが、他の武術ではそのような武具は使

  わないとのことですので、おそらくは今回はシュクラの者が賊ではないかと思わ

  れるのです。」


 「 シュクラとな?」

 また、アドニスは考え込んだ。

 そうして目を上げると、言った。


 「 長くなりそうだな。

   そこに座りなさい。」


 アドニスは片手で椅子を示し、自らも立ち上がってそちらに動いた。

 ギルバートとアドニスがテーブル越しに向かい合って座った。


 「 話をする前に、確認をしておこう。

   そなた、何者だ。」

 「 ギルバート・ファルスレットという旅の者です。」

   この地では性と名しか無いので、ギルバートはセカンドネームを省略した。


 「 何用あって、このベリデロンに参った。

   また、いずこから参った。」

 「 さて、どうお答えすればよいのか判りませぬが、・・。

   ベリデロンに向かっていた理由は、知り合いから、旅をするにしても当座ベリ

  デロンで見識を広めてはどうかと言われたからです。

   それといずこからと言う問いにはお答えにくいのですが、・・・。

   地名で宜しければボルデニアンと言うところですが、多分アドニス殿はご存じ

  ないでしょう。」


 アドニスは首を横に振った。

 「 知らぬな。

   シェラ大陸ではないな。

   ネブロスかラシャにあるのか?」


 「 いいえ、違います。

   先ほどハインリッヒ殿にも聞かれましたが、その時申し上げたのは、強いて言

  えば天上界のようなところだと申し上げました。」

 「 天上界?

   その様なところが本当にあるのか?」


 「 多分、アドニス殿が考えられている天上界とは大分違うと存じますが、少なく

  ともこことは異なる言語を話す場所はございます。

   そうして、そこはこのヘイブンではございません。」

 「 地上にはない・・・か。

   だから天上界か。

   では、如何様にしてこのヘイブンに参ったのじゃ。」


 「 私の知り合いに連れてきていただきました。」

 「 その知り合いとは?」


 「 天上界に住む者で、このヘイブンへの道を知っている者です。

   その知り合いに同道してもらえなければ私はここに来られませんでした。」

 「 そなたには、道が判らぬと言うことか。

   ならば、その天上界に帰還する時はどうするのだ。」


 「 帰還もその知り合いがいなければできません。」

 「 ほう・・。

   ところで、そなた、・・・。

   魔法が使えるのか?」


 「 試したことはありませんが、あるいは使えるかもしれません。」

 「 何故にそう思う?」


 「 初めて私がこの城に来た時、貴方は私の傍で小さな魔法を使おうとしました。

   おそらくは何事か確かめるつもりであったのだと思いますが、その理由は知り

  ません。

   いずれにせよ、私の近くでは魔法が使えないことを知り、その距離を確認した

  のだと思います。

   そうして貴方は小さな火を魔法で呼びました。

   その呪文と方法が、私にはわかりました。

   だから、貴方がなしたことを同じようにすれば多分その魔法が使えるのではな

  いかと思うのです。」


 「 ふむ、そのようなことを何故私に明かす。

   秘密にしておいた方がそなたにとっては有利であろう。」

 「 襲撃の一件で貴方に相談をしてみようと言うならば、少なくとも貴方を味方と

  信ずるしかありません。

   だからお話ししました。」


 「 ふむ、・・・。

   そなたができそうな魔法はそれだけかな?」

 「 いえ、他にもありそうですが、やってみなければわからないので取り敢えずは

  伏せておきましょう。」


 「 うむ、・・・。

   一つを明かしたのだ、今さら隠しだてをすることもあるまい。

   例えば?」

 「 デュスランをご存知ですか?」


 アドニスの顔に驚愕の表情が張り付いた。

 「 デュスラン?

   まさか、・・・。

   大魔法師と呼べる者だけが使える術だぞ。

   それができるというのか。」


 「 先ほども申し上げた通り、できるかどうかは判りません。

   ただ、ある方がその魔法を使いましたので、私にもその呪文と手法が判ってい

  るだけです。」


 途端にアドニスは血相を変えた。

 「 一体誰がデュスランを使ったのじゃ。

   我が弟子にそれほどの力ある者はおらぬはず・・・・。」


 「 アドニス殿のお弟子ではありませぬ。

   ベリデロンの北東方向200ケニル程のところに普段はおられる方ですが名は

  知りませぬ。」

 「 ベリデロンの北東200ケニル?

   サバズ辺りじゃな。

   ならば、ミミトス殿か・・・。

   だが、ここに居るそなたが何故そのようなことを知ることができるのじゃ。」


 「 申し訳ないのですが、その辺の理屈の方は説明できません。

   ただ、私には魔法が使われたならば、その呪文と手法がわかるとだけ申してお

  きましょう。」

 「 魔法を使えばわかるとな?

   うん・・?

   では、・・・。

   もしや、わしの弟子が行ったことも全て承知か?」


 「 はい、私を遠巻きにして監視しておられたようですね。

   アドニス殿に報告する際は必ず魔法を使っていますので、その内容は全て承知

  しております。」


 アドニスは苦笑した。

 「 何と秘密の報告が全て相手に知られていたとはなぁ。

   疑おうて、悪かったがのぉ。

   じゃが、それもこれも伯爵を魔法で守護せんとする儂の勤めよ。

   未だ警戒を解くわけには行かぬが、弟子たちにはそなたが全てを承知している

  ことを告げておこう。

   そなたが仮に魔法師であるとするならば、・・・。

   あるいは大魔法師を超える者かも知れぬな。

   200ケニルも先の魔法を察知できるなど、余程の魔法師でもとてもできはせぬ

  ものじゃ。

   疑うわけではないが、再度の確認をさせてはくれぬか。」


 「 何を確認すると仰せでしょうか?」

 アドニスは大声で弟子の名を読んだ。

 「 マリウス、入って参れ。」

 扉が開いて先ほどギルバートを案内した弟子が入ってきた。


 「 ギルバート殿、済まぬが立ち上がってくれぬか。

   そなたには暫しの間そちらの壁の方を向いていてもらいたい。」


 先ほどとは打って変わって、名前に殿をつけるほどアドニスの対応は変化していた。

 何かわからないが、ギルバートは止むを得ず立ち上がってアドニスが指差した壁の前に立ち、そのまま待った。


 背後に殺気などは感じられないが一応の用心はしていた。

 紙にペンで字を書いているような音が聞こえていた。

 それからアドニスが弟子に使命を与えていた。


 「 良いな、この指示のとおり、やりなさい。

   そうして、返事が来たなら、わしのところへ戻って参れ。

   わしがそなたに指示するまでは、誰にも返事の内容は言うてはならぬ。」


 マリウスと言う弟子が扉から出て行ったようだった。

 「 ギルバート殿、もうよろしいでな。

   お座りなされ。」


 ギルバートが座ると改めて言った。

 「 マリウスが戻るまで暫し待ってもらわねばならぬ。

   その間に、そなたに魔法が使えるかどうか確認をしたいのだが。

   試してもよいかの?」


 ギルバートは躊躇した。

 これまで500を超える魔法のやり方を察知して来たが、どれ一つとして試したことはない。

 本当にできるかどうかは全く分からないのである。

 「 構いませぬが、自信は全くありませんよ。」


   =========================


 お読みいただきありがとうございます。

 この物語は副題として「パラレルワールド・アルカンディア風雲録外伝-1」が名付けられていますが、このシリーズの下地になる物語として、「蒼の異邦剣士」があります。

 副題として「パラレルワールド・アルカンディア風雲録」を銘打っており、「蒼の異邦剣士」の主人公であるエドガルドの子孫にあたるのが、本「ヘイブン世界のギルバート」の主人公であるギルバートです。

 背景を知るために宜しければお読みいただければと存じています。

 URLは、 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886362211 です。

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