第46話 ウェルブールの繁栄

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 ウェルブールにギルバートとリディアが住むようになって四年が過ぎた。

 その間にリディアは二児の母になっていた。


 第一子は男の子でフレデリックと名付けられ、第二子は女の子でハイディと名付けられた。

 二人の子は健やかに育っている。


 ウェルブールも人口が千五百人を超え、ギルバートの館を中心に年々街が拡大している。

 6つの村がその街並みの外れにあるのだが、誰であっても領主であるギルバートの許しを得なければ新たな家は建てられない。


 そうして家を建てるにはかなりの注文が領主からつけられるのである。

 家には必ず一定の割合の庭を造らねばならなかった。

 また、建材や形状、瓦の色、壁の塗色も制限された。

 三階よりも高い建物は民家では許されない。


 ベリデロンは石造りの町並みである。

 だがウェルブールは木造の家並みが続いている。

 石造りの家は頑丈であるが通風に劣り、夏場の太陽に暖められた石材は容易なことでは冷えてくれない。


 ベリデロンは、冬場は比較的暖かく、過ごしやすいのであるが、その代わり梅雨となり湿気が多いのが特徴でもある。

 石造りの家は時としてカビが多く発生し、病気の元にもなっていた。


 ギルバートは、その点も考慮して木造の家並みにしたのであるが、木造を採用した最も大きな理由の一つは地震であった。

 シェラ大陸の南西岸は環太南洋の地震多発地帯の外れにあったのである。

 大地の精霊と話したところここ数百年に渡り大規模な地震は大陸南西部で起きていないのだと言う。


 それはそれで結構なことではあるが、いずれ大きな地震が起きる可能性はある。

 大地の精霊曰く、地殻の歪は徐々に溜まっており、惑星物理学的な見地からは千年以内に間違いなく大きな地震は起き得るだろうという。


 石造りの家は頑丈ではあるが脆い。

 地震のような大地の揺れに対しては石組の家は倒壊しやすいのである。

 そうしてひとたび倒壊すれば大きな被害を被ることになるだろう。


 ギルバートはそれを避けるために耐震構造の木造建築でなければ建設を許さなかったのである。

 領主からの風変りな命令ではあったが、領主の言うことを頭から信ずる旧ウェルブールの住民は唯々諾々と従ったし、後から移住してきた者も、移住の条件とあれば、従った。


 ウェルブールで住むための家づくりであれば領主が半額を負担してくれることもウェルブール発展の原因となった。

 更には住民が色々と手伝ってくれるし、建材費用もベリデロンで購入する半値ほどである上に、工賃もかなり安いのである。


 棟上げなどの時には、比較的手の空いている村人が総出で手伝いにくるから、半日と経たずに終えてしまうのである。

 結果として町並みは非常に統一的な計画都市に変わりつつあった。


 整然とした街並みに広い石畳の並木道があり、並行して両脇には厚手の陶器で覆われた歩道が走り、下水道や上水道も整備された。

 街に住む者は清潔で整頓された街づくりを要請され、朝一番に住民全てが参加して清掃を行うのがウェルブールの習慣である。


 最初はギルバート一家がそれを始め、次第、次第に広がって、今では街の不文律となっていたのである。

 街は人情豊かで綺麗であることが何よりも住民の誇りとなって行った。


 ギルバートによって掘り当てられた温泉が、領主の館とそれに間近い公園区画に建てられた公衆浴場に導かれ、管理人の置かれた公衆浴場は人々の憩いと癒しの場所にもなっている。

 数百人が一度に入れるほどの大きな浴場は男女別々にあり、近在からもわざわざ湯に入りに来るほどの盛況を見せた。

 湧き出る湯量は豊富であり、浴場以外にも様々な熱源として利用されるよう工夫されている。


 四年の間に、ギルバートはラシャ大陸東部の特産品であるヴィエナという塗り物に目をつけた。

 ス・ヴィエナという灌木の樹液から取れるヴィエナは木材に塗ると非常に艶が出て木材を保護する役目を果たす。


 だが、ヴィエナには神経毒があり、このヴィエナ塗りの職工のほとんどが若死にする。

 しかも塗りの後の乾燥が著しく遅いので数回の塗りを重ねるのに二年以上の歳月がかかるのである。


 このためヴィエナ塗りはラシャ大陸では貴重品として扱われ、法外な値段がつけられていた。

 ギルバートは植生から同種の樹木がウェルブールの山岳部にあることに気付いた。


 マリ・ヴィルナと言う灌木である。

 マリ・ヴィルナの樹液にはヴィエナのような神経毒はない。

 ただし、樹液の性状が若干異なり、粘性が低いので、そのままでは塗りの材料にはなり得なかったのであるが、その樹液とある種の海藻を煮込んだ液を混ぜることで塗り材になることを見つけたのである。


 しかも、ヴィエナとは異なり、乾燥が早くウェルブールの気候では二日で次の塗りが始められるのである。

 ギルバートは、新たに漆器に砥ぎの工程を加えて職人に教え込み、より洗練された工芸品を生み出した。

 ギルバートが産み出した塗りをヴィマ塗りと称し、売り出したのだが、ヴィマ塗りはヴィエナよりも奥深い艶と輝きで木工工芸界を席巻した。


 本家本元のヴィエナを超える高値で取引され始めたのである。

 ヴィエナの職工が神経毒の中毒症状を覚悟しなければできないのに比べ、ヴィマ塗りはそうした恐れはなく、最低でも5回、砥ぎを加えると7度の塗りを重ねた塗り物は極めて強靭で、保存性も高かった。


 ヴィエナ塗りの食器が概ね5年で塗膜が剥げるのに、ヴィマ塗りは十年経っても塗膜が剥げることはなかった。

 無論、刃物などで傷をつければ別であるが、大事に扱えば毎日使っていても十年以上の耐久性があったのである。


 このため、外部から木工の工芸品をわざわざウェルブールまで持ちこんでヴィマ塗りを依頼する商人が非常に増えたのである。

 ギルバートは半年に二人ずつの職工を育成し始めた。


 それから二年半。

 今では八人の職工が専用の塗り場で仕事を行っており、その内半数に弟子が付いている。

 この弟子も半年後には職工として働き始めることになる。


 ヴィマ塗りも簡単な仕事ではなく、ある意味で職人の勘所があった。

 勘所を身体で覚えることのできる者は職工として独り立ちできるが、そうでないものは中途半端な塗り物しかできないのである。

 少なくともギルバートの選んだ職工の腕は確かであり、八人それぞれが銘を入れて製品を造っていたのである。


 ギルバートはこのほかにも陶芸と園芸にも新風を吹き込んだ。

 陶芸はウェルブール焼きと呼ばれ、その色合いが幽玄を帯びていたことから好事家に珍重されたし、園芸では交配によって様々な品種の花や果実、穀物、野菜を産み出した。


 山がちなウェルブールに放牧による畜産業を定着させたのもギルバートである。

 これまで余り見向きもされなかったシェラ牛とメルト山羊から乳を搾り、半固形の乳製品を産み出したのはギルバートの知恵の賜物であった。


 また、作物の害虫として農民から嫌われていたブリクス蛾の幼虫がさなぎを造る時の糸に目をつけたのはリディアである。

 リディアはギルバートの知恵を借りながら見事に丈夫な糸を取り出すことに成功し、新たに機織り機も造り上げてウェラ織を編み出した。


 ウェラ織は丈夫な上に、肌触りがよく、光沢があるので煌びやかな衣装を造るには最適の布であった。

 リディアは縫物上手な女を数人集めて、工房を造り上げていた。

 そこで生まれる衣装は、斬新なデザインと相まって、貴族の間で評判を呼び、実に一着が金貨百枚を超える品も現れたのである。


 さらに、シェラ大陸では北部地方にしかできないとされていたワインをウェルブールで造り出したのは、土地の古老である。

 ワイゼッカーという古老は、ウェルブールの山岳部に自生している山ブドウを採取し、それを土器に入れて地下蔵に置いていただけである。


 それが発酵し、甘い香りを出すようになるまで三年が過ぎていた。

 当人は非常食のつもりで置いていたのだが、その内に仕込んだことを忘れてしまっていたのである。


 ワイゼッカーが、唐突に思い出して様子を見に来たのだが、土器の内部表面にはびっしりと白いカビが生えており、ワイゼッカーは幾ら甘いにおいがするとは言っても流石に飲む気にはなれず、捨てるつもりで地下蔵から土器を運び上げた時に、偶然ギルバートが通りかかったのである。


 「 爺さん、いい臭いがするねぇ。

   一体、何かね。」


 「 これは、これは領主様。

   お見せするのも恥ずかしながら、3年ほども前に山で集めたブドウですだ。

   蔵に入れたはいいが、すっかり忘れてしまって、蓋を開けたらカビだらけにな

  っていましただ。

   こんなものはとても飲めんじゃろうから捨てようとたった今外に出したところ

  ですだ。」


 「 ほう、自生の山ブドウか・・・。

   これほど南でもブドウができるのであれば・・・。

   あるいは・・・。」


 ギルバートは少し考えていたが、それからワイゼッカーに言った。

 「 爺さん、捨てるなら私に貰えるかな。

   ちょっと試したいことがある。」


 「 そら、いいだども・・・。

   こったら汚ねぇもの・・、領主様に渡していいものかどうか・・。」


 「 心配するな。

   爺さん。

   何があっても爺さんには迷惑はかけない。

   まぁ、ひょっとすれば、山ブドウを取りに行ってもらうかもしれないがね。」


 「 へっ、そりゃまたどういうことで・・?」


 ギルバートは笑って答えず、比較的大きな土器を抱えて、青の館に帰って行った。

 それから3日後、ワイゼッカーの元へ、ケブロンという役人がやってきた。


 領主からワイゼッカーに正式に依頼が来たのである。

 山ブドウを採取し、できれば平地で山ブドウを栽培して欲しいというのである。

 そのやり方をケブロンは図面を示しながら説明してくれた。


 山ブドウの木を一部斬り落として持ち帰り、挿し木をするのだそうだ。

 少なくとも100本を植えて、一年後その中から丈夫に育ったものを、棚を造った平地に植え替えて、少なくとも3年育てるのだそうだ。

 この間、肥料をやらなければならないが、肥料や水の与え方など事細かに指示を受けた。


 その上で、ワイゼッカーには年に金貨4枚の褒賞を与えると言う。

 金貨4枚はかなりの報酬である。

 ワイゼッカーは承知した。

 そうして5年、ワイゼッカーは30本の苗木を見事に育て上げた。


 その山ブドウからとれた実を土器に詰め、地下蔵に三年間保存した。

 三年経つと、領主の館に造られた醸造所で絞られ、更に樽に納められて別の地下蔵で一年寝かし、8年目に漸くワインが生まれた。


 ウェルブールで最初に造られたワインは僅かに三本だけであったが、毎年その本数を増やしている。

 王都サルメドスで催されるワインの品評会で見事に最優秀ワインに選ばれたのはそれから5年後のことである。


 しかしながら、このワインは幻のワインと言われている。

 何しろその年に出来あがったのは僅かに20本足らずであり、とてものこと一般の手に渡ることはないのである。

 それでもワイゼッカー老が育てた山ブドウは増殖を繰り返し、実の収穫も年々増えていることから、10年か20年もすればやがて数千本単位で生産できるだろうと言われている。


 ワイゼッカー老は、最優秀ワインに選ばれた年に病で亡くなったが、その倅と孫がその後を引き継いでいる。

 青の館に置いてあった絞り機械もワイゼッカー家に下しおかれ、ワイゼッカーの一族がワイン造りを専門で行うことになったのである。


 そうして今一つ、ギルバートは金鉱を開発し、手先の余り器用でない者を採掘作業に従事させた。

 金の含有量はこれまでの何処の金山よりも高く、坑道の作り方や掘削の仕方など事細かに採掘方法を教えられたため、ここでの金の採掘は左程の危険を伴わないものであった。

 ウェルブールの金山は、年間で金貨二万枚以上の金を産出することができた。


 この豊富な金は陶器や工芸品にも様々な形で使われるようになった。

 こうしてウェルブールは、工芸の街、金鉱の街そうして牧畜、養殖漁業の街としてシェラ大陸によく知られるようになったのである。

 年貢は低く、気候は温暖であり、さらに領主が差配して造った街並みはどんな嵐が来ても耐えた。


 大雨も竜巻もウェルブールの街並みに被害を及ぼすことは稀である。

 領主の指導で、通常のベリデロンの木造家屋で使用される木材の倍近くの太さがある梁や柱を使い、それらは組み合わせた木材の小片からなる複合構造材で、通常の木材に比べると桁違いの強度を持っていた。


 また、高熱で焼いた瓦を使い、なおかつ外壁にはタイルが多用されているため、雨風の浸食に強く、基礎工事を丹念に行わせた土台は極めて頑丈で、災害知らずであった。

 更には地形的に低い場所や急斜面の土地への家屋建設は禁止されたことで、津波にも洪水にも被害を受ける心配は無かったのである。


 予め街の区分ごとに選ばれた長を通じて早めに適切な警報が流されていれば、災害が起きても最小限の被害で食い止められる。

 そうして領主からはいつも適切に注意や警報が出されていた。


 領民は領主を神の如く崇め、敬い、領主は領民を我が子の様に大事にした。

 領主の館も既に二回改修を行って当初の三倍ほどの大きさになっている。

 綺麗な青緑色の焼きタイルと瓦で壁面を覆われた館は誰言うことなく青の館と呼ばれている。


 使用人も8人に増え、更に隣接する地所に領主の事務を行う公務所を造って、そこに役人を常駐させている。

 役人は12名であり、それぞれに明確な役割を持っていた。

 以前として、ウェルブールの年貢は2割に過ぎないが、4年前の20倍以上にも増えた収入は、民を豊かにし、同時に領主の懐にも大金が入って来ていたのである。

 ウェルブールで生産する様々な品物を商う商人が定着し、増えた人口を目当てに多くの店も開設した。


 家を建てるために製材所ができ、大工や石工、飾り職人が増えた。

 それにもまして、驚異的な発展を遂げたウェルブールにあやかろうと多くの領主が徒弟をウェルブールに送りこんだ。

 ギルバートはそれらを快く受け入れ、技術を教え、磨き、送りだしたのである。

中にはそうした徒弟でウェルブールに定着する者もかなりの確率でいる。


 ウェルブールの治安はとても良く、ギルバートが領主となってから一度も犯罪が起きたことなどないので、一度住んだ者は離れたがらないのである。

 流れ者などが犯罪を企んでも必ず未然に防がれ、追放されるか流罪になった。

 ウェルブールの流罪は沖の島に流されるのである。

 早い海流が取り巻く沖の島から脱獄できたものはいない。


 刑期を務め上げた者は、街の更生施設で手に職をつけ、希望する者はウェルブールに滞在を認められる。

 その承認はギルバートが裁定を下すが、未だ罪を犯す恐れのある者はウェルブールから放逐される。

 一旦放逐された者がウェルブールに再度立ち入ると死罪になるのである。


 一方でウェルブールの産品を買い求めに多くの商船が各地からベリデロンを訪れ、ベリデロンもまた交易で栄えた。

 ギルバートがウェルブールの領主になって五年目、ベリデロンの交易額は実に二倍に膨れ上がっていたのである。

 ロルム王国もそれにより利益を被ったが、そうした繁栄を妬む者は必ずいるものである。

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