第47話 魔法師マレウス

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 シャガンド王国は歴史が古い。

 千年の昔には既にシャガンド王国がシェラ大陸にあった。


 ロルム王国が成立したのは凡そ四百年前であるが、三つの王国がロルム王家の始祖ダッカル始祖王により統一されてできたのがロルム王国である。

 ダッカル始祖王は一介の放浪剣士から成りあがった立志伝中の人物であり、その頃シェラ大陸北西部に領域を持つローランド王国で反乱を起こし、ローランドを征服した。


 それから僅かに十二年の間に、ほぼ現在のロルム王国の領域を征服するに至っている。

 だがそのダッカル始祖王にして、シャガンド王国の領域には中々攻め込めなかったのである。


 シェラ大陸の中央には南北に大きなチェルズ山脈が走っており、この分水嶺を超えることが難しかったのである。

 分水嶺は標高が高く、チェルズ山脈の南端部のベルンスト地方ですら夏場に山頂部の氷河が消えることは無い。


 ベルンスト地方の海岸部にある狭い平野部はこの氷河の融水のために湖沼が多く、地域の殆ど九割が居住にも適さない湿地帯となっているのである。

 このためこの地域を使っての侵攻は過去にも一度としてない。

 水草や浮島が多く小舟でも横断は非常に難しい地域なので、大軍による移動はできないのである。


 従って、ロルム王国とシャガンド王国の交易は、古来専ら海路による船か、チェルズ山脈の中央部付近のカドラ往還か、あるいは更に北方のウィグレス渓谷を利用していた。

 カドラ往還はオイレス砂漠高原を抜ける山岳路であり、難所で知られている。


 一方のウィグレス渓谷は、山脈の一部が断層で沈み込んだ大地溝帯であるが、五か所に隘路部分があり、その内各二カ所にロルムとシャガンドが大防壁を築いて関所としており、ロルム側、シャガンド側共に落城したことのない城塞でもある。

 過去にあった戦闘では、このウィグレス渓谷での戦闘は僅かに二回だけであり、最近二百年以上はこの地域で大規模な戦闘が行われたこともない。


 一方のカドラ往還での戦闘は非常に多く、互いの出城同士の小競り合いを含めるとここ百年で百回以上の戦闘が行われている。

 尤も、戦争は晩秋から初春にかけて行われることは無い。

 降雪で両軍共に軍を動かせなくなるからである。


 但し、ここ十年ほどは偵察部隊同士の小競り合い程度はあったものの大規模な戦闘は起きていないのが実情である。

 長大なオイレス砂漠高原を通じての補給が覚束ないことがその原因である。

 大規模な侵攻を行うには大量の物資輸送が必要であるが、砂漠がその補給を難しくしているのである。


 三つの隊商ルートはいずれも大軍を動かすには難しい隘路、峡谷が連続しているので、仮に待ち伏せ攻撃を受けると補給隊が全滅することにもなりかねない。

 かといって警護に兵士を多数つければ前線の兵士の数が不足する。

 シャガンドもロルムもこうした理由で相手の領地には中々攻め込めないのである。

 そうした膠着状態を打ち破ろうと画策していた男がいた。


 ロルムの魔法師長を一時は勤め、悪事が露見してロルムを逃げ出したマレウスである。

 マレウスはシャガンド王国に逃れ、今では食客としてシャガンド王国の副魔法師長に収まっていた。

 マレウスはロルム王家を逆恨みしていた。


 そのために十年も前からロルム王家を滅ぼす秘策を慎重に実行に移していたのである。

 その甲斐があって、漸くその実が結び始めていた。

 マレウスは魔法師の数人をロルム王国内に密かに潜入させていた。

 彼らは商人を装ってロルム王国内に店を構え、ロルム王国内の警備状況を探っていた。


 十年もの間大規模な戦闘が無かったロルム王国内では末端に至るほど士気が落ちており、巡回警備もおざなりになっている。

 そうした隙をマレウスの元に知らせるのが彼らの潜入目的だった。

 彼らは左程の魔法師では無い。


 魔法師の弟子程度の能力であったが、少なくとも遠話で連絡をつけることができたのである。

 さらに、マレウスはウィグレス峡谷にトンネルを掘らせた。

 シャガンド王国の二番目の大城塞から少し離れた場所にその先端があり、既にロルム王国側の第一城塞と第二城塞の間までトンネルは掘り進んでいる。


 峡谷の見えない場所に開けられた出口からは第二城塞の内側から攻撃が可能となっているのである。

 更にもう二月もすれば、第一城塞の背後までトンネルが開通する。

 そうすれば、ロルム側の大城塞二つはシャガンドのものになるだろう。

 そうなればその後はロルム王国に風穴を空けたも同然である。


 ロルム側大城塞の第一城塞を足がかりに広いロルム王国の王都までシャガンドの大軍が押し寄せることになるだろう。

 一方で、牽制のためにシャガンド海軍も出撃し、ロルム王国南部の海岸線に大軍を上陸させる手筈もできている。


 ロルム王国南部はなだらかな弓状の海岸線が続き、良港と言えば南西端のベリデロンしかないのだが、マレウスは小舟を大量に搭載した輸送船を建造し、その小舟で海岸線に多数の将兵を上陸させる手立てを確立していた。

 最初に南部の海岸線に十万の将兵を上陸させ、ロルム王国がこの上陸軍に対応するために南部へ軍を移動したときが好機である。


 ロルム王国軍は、ウィグロスの大城塞に2万、カドラ往還に2万、ラロッシュ・ジュニアの治めるネザールに2万、クラシオンに3万の軍勢がいるが、その背後にあるコロシオ、メーレ、ハトラは各1万の軍しかない。

 サルメドスに常備軍3万、親衛隊3万。

 その南部ワンベールに1万5千、西部地区ザリオとケルナは各8千、ベリデロンは海軍2万、陸軍5千、陸戦隊5千である。

 ロルム全土で陸軍は21万5千、陸戦隊を入れても22万、海軍2万の陣容である。


 シャガンドは陸軍30万、海軍4万の陣容であり、シャガンドの軍の方が勢力は大きい。

 仮にロルム王国南部のハトラとクラシオンの領地境界付近にあるザルツベル付近に陸軍10万を送り込めば、クラシオンから半数の1万5千、メーレ、ワンベール、ベリデロンから各5千、サルメドスから4万を送りこんでも、まだ、不足する筈である。


 しかも、援軍到着には時間がかかる。

 いずれネザールやザリオ、ケルナからの増援も必要となるだろう。

 ネザールの援軍が動かなければ別であるが、それでもネザールの接するウィグロス渓谷で異変が起きても即座に援軍で動けるのは親衛隊3万しかいないことになる。


 そうしてロルム王国は決して親衛隊を手元から放さないとマレウスは読んでいた。

 親衛隊はあくまで国王直卒の王都守備隊であって、余程のことがない限りサルメドス以外の領内の警備に手を出す軍隊では無いからである。

 ウィグロス峡谷には10万の軍勢を出撃させる。


 トンネルを使っての移動は何かと問題も多いが、それでも何とか見通しが立っている。

 シャガンド王国第二城塞から二日でロルム側第一城塞の内側に5万の軍勢が出現できるし、同じく1日でロルム側第二城塞の内側に5万の軍勢を送り込める目途がついていた。


 実のところ魔法師長のムルツはこの計画に反対である。

 左程の力量もないのに魔法師長面をしているのだからマレウスとしては面白くも無い。


 だが、何せ、シャガンドに逃げ込んだ時は無位無官、手元に多少の金はあったが、長くは持たない。

 ロルムを出奔する時に盗み出した宝石類は、手に持てるだけとなると意外と少ない分量しか持てないものである。


 故買屋を幾つか探し当て、小分けして売ってはみたが、足元を見られたのか、宝石類全部で金貨300枚にも満たなかった。

 本来の価格ならばその二十倍はするであろう品物である。

 店を変えても値段は変わらず、逆に帰路強盗に襲われた。


 無論、魔法で撃退はしたが、用心に越したことは無い。

 余り高価な品物をこれ見よがしに持ち歩くのは危険であった。

 特に故買屋がある界隈では間違いなくゴロツキがいるものである。


 止むを得ず仕事を探したが流れの魔法師などは信用されるまでに時間がかかる。

 5年前にふとしたことからシャガンド王国の王都デランドで、王子ケルダーと知りあうことができて漸く運を掴み、他所者では最高位となる副魔法師長にまで上り詰めたが、彼が魔法師長になることはできない。


 他所者と言うこともあるが、既に齢60を超えていることが災いした。

 間もなくロルムでは目の上のたんこぶでもあったクルスが死んだ歳になるのだ。

 未だ思考は明晰だし、魔法の技量についても少しも衰えては居ないとは思うが、いかんせん体力の衰えは隠せない。


 おそらく大魔法を頻繁に使うようなことは難しいだろうと自分でも予感していた。

 それゆえ、ケルダー王子をそそのかして、シャガンド軍が動くように仕向けたのである。


 トンネルは秘密裏に三年前から奴隷を大量に動員して掘らせている。

 計画の挫折につながりかねない崩落事故が二度も発生し、数百人の奴隷が死んだが、マレウスの感知することではない。

 計画がロルムに漏れたり、取り止めにさえならなければ良かったのである。


 トンネルを掘って相手の背後に出ると言う案は画期的なものであった。

 これまでシャガンドがロルムを侵攻する場合は、ほとんどがカドラ往還でのルートである。

 だがいずれも兵站の問題で中途半端に終わっている。


 過去に海軍がクラシオンの浜辺に五万の兵力を上陸させ、一時はクラシオンの半分を占拠する快挙もあったが、これまた後続部隊や物資の補給が追い付かず、ロルムの援軍が押し寄せて上陸軍は壊滅した。

 撤退するための船が真っ先にロルム海軍に襲撃されて、上陸軍は置いてけぼりにされたのである。


 今度はそのようなことがないように、シャガンド海軍の精鋭100隻が輸送船を護衛する。

 シャガンド海軍150隻の内の新造船50隻を含む100隻である。

 ロルム海軍はベリデロンに属する100隻の筈であり、送りこんだ密偵の報告では暫く前から何やら海軍工廠で新型の軍船を造っていると言うが、シャガンドの新造船に敵う筈もあるまいと推測している。


 何しろシャガンドの新造船は、榴弾を発射する大砲を100門も搭載している。

 国内で豊富に産出する硝石で火薬を造ることができる。

 シャガンドからロルムへも硝石が輸出され多少出回っているはずだが、陸軍の砲兵隊が多少の大砲を所有しているぐらいで、シャガンド側で輸出を制限している関係で備蓄はあまりないはずである。


 魔法での戦がこう着状態となったなら後はシャガンドの火力が物を言う。

 侵攻する陸軍も大砲300門と大量の火薬を持って行くことになっている。

 仮にネザールに通じる関門二つを占拠しただけでも勢力バランスは決定的に変わるはずである。


 ネザールは比較的平坦な高原地帯であり、大軍が動くのに支障がない地域である。

 そこに堅固な城塞を構え、徐々にロルムを蝕んで行けばよい。

 シャガンドの兵力はロルムの倍ほどもあるのであり、平原での戦ならば絶対にシャガンド側有利な状態なのである。

 後二カ月、それだけ待てば、ロルム王家にひと泡も二泡も吹かせてやることができる。

 そうして風の噂に聞くウェルブールの金山を一人占めするのがマレウスの夢であり、生甲斐ともなっていた。

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