第48話 戦への事前対応

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 エルムハインツの元へ、ヘルメスとギルバートが揃って顔を出した。

 ロルム王家第二王子エルムハインツ殿下は、三年前に嫁を貰った。

 今では子もいる。

 嫁を貰ってからはお盛んであった女遊びをすっかり止めたとも聞いている。


 ヘルメスとは彼が親衛隊に勤務していた頃からの顔なじみであり、ギルバートもキュロス武道館で間近に逢っているから良く知っている。

 同じベリデロンに住んでいるにしても二人が揃って顔を出すのは初めてのことである。


 「 暫くぶりだな。

   ヘルメスにギルバート。

   お互いに子持ちの所帯になったが、家族は元気か?」


 ヘルメスが答える。

 「 お陰さまで、皆元気にしております。

   殿下もお世継ぎがお生まれになり、遅ればせながらお祝いを申しあげます。」


 「 おう、その節は丁寧な言葉とともに、祝いの品を頂いたな。

   特にギルバートから贈られた玩具は、シャロンのお気に入りでな。

   手あかにまみれていても中々に手放さないので、侍女が困っているそうだ。」


 ギルバートが笑顔を見せながら言った。

 「 それはもったいないお言葉。

   シャロン殿も間もなく二歳にございましょうか。

   あの玩具は1歳程度を対象にしておりますれば、ひとつ新たな玩具なりと工夫

  してみましょう。」


 「 ほう、頼めるか。

   そなたの領地は小さきながら、工芸品を始めとする産品はいずれも値打ちもの

  と聞いている。

   それもこれもそなたとリディア殿が考案した工夫によって生まれたと聞く。

   その甲斐あって、今やロルム王国随一の豊かな領地だと漏れ聞いているぞ。」


 「 幸いにして私どもの工夫が世に受け入れられたのも、領民たちの努力の甲斐あ

  ってのこと。

   私どもは大したことはしてはおりません。」


 「 いやいや、そう謙遜することも無い。

   ウェルブールの勃興はギルバート夫妻のお陰と誰もが承知しておる。

   ヘルメス、そのお陰でそなたが住むベリデロンも随分と交易量が増えたであろ

  う。

   5年前の実績に比べれば倍になったと聞いておるぞ。」


 ヘルメスは苦笑しながら言った。

 「 確かに、ウェルブールの繁栄でベリデロンも潤っておりますのは確かにござい

  ます。」


 「 ウム、ベリデロンからの年貢は変わりないが、運上金の上がりが増えたからの

  う。

   宰相が随分と喜んでおるわ。

   ところで、二人揃って何の話だ。

   わざわざわしの御機嫌伺いに来たわけでもあるまい。」


 ヘルメスは真面目な顔つきになった。

 「 されば、ロルム王国に危難が迫っております。

   シャガンドにきな臭い動きが認められます。」


 シャガンドの名を聞いて、エルムハインツも途端に真顔になった。

 「 何?

   何処から聞いた情報だ。」


 「 情報源は殿下と謂えども明かせませぬ。

   なれど、背後にマレウスがおります。」


 「 マレウス?

   あの10年程前に逐電した不届きな魔法師か。」


 「 はい、左様にございます。」

 「 ふむ、マレウスなればロルムの体制は良く知っておる筈じゃな。

   だが、シャガンドがいかに大国とは云えど、チェレズ山脈を超えることは難し

  かろう。

   ウィグレス渓谷には難攻不落の二つの城壁があるし、カドラ往還は兵站に問題

  がありすぎるから大軍は動かせまい。

   海路は15年前にやって見て無駄と知っているはずだ。」


 「 確かにその通りにございます。

   15年前、夜陰に乗じてクラシオンの海岸に上陸したシャガンド軍5万は、ク

  ラシオンの半分ほども一時的に制圧しましたが、ベリデロンから海軍が出撃して

  沖合にいた輸送船団を撃破、退路と補給を絶ち、陸から各領地より馳せ参じたロ

  ルム軍がシャガンド軍を殲滅しました。

   ですが、この度は少々違いまする。

   油断していると足元を掬われまするぞ。

   シャガンドは、ウィグレス渓谷に長大なトンネルを掘っております。

   そのトンネルの出口は、ウィグレス第一城塞と第二城塞の間に一つ、更にその

  先、城塞二つの内側ネザールまで貫通する計画にございます。」


 エルムハインツは顔色を変えた。

 「 それは真か?

   我が方の第二城塞とシャガンドの第二城塞は5ケニルほどもある筈、そのよう

  な長い距離にトンネルを掘ろうとすればどれほどの年月が掛かると思う。

   できようはずがないではないか。」


 「 殿下。

   確かに峡谷の道筋を辿ればその距離になりまするが、実のところ、互いの城塞

  の距離は直線で見れば僅かに1ケニルほど。

   但し、間に峻嶮な山岳部がありますゆえ、通れぬだけのことですがその間にト

  ンネルを掘ってしまえば、実に近い距離なのです。

   五年前からシャガンドが掘っているトンネルは、第二城塞の内側へはわずかに

  七百エニルほど。

   更に第一城塞の内側へは1ケニルほどの距離にございます。

   そうしてシャガンドは二月後には第一城塞の内側まで掘り終えて、侵攻を始め

  ましょう。

   巧妙なのは、海路からの侵攻軍が陽動作戦を実施することです。

   海路からの侵攻軍は総勢10万、クラシオンとハトラの境界付近に上陸する手

  筈。

   この付近は住民も余り住んではおらず、警備も手薄な場所、しかも此度は海軍

  の軍艦100隻以上が護衛について参ります。

   しかもこのうち50隻はいずれも大砲100門を搭載した新鋭船。

   輸送船団は大型の輸送船200隻に小舟を10隻搭載しており、それで軍馬、

  食糧などを一気に陸揚げする手筈のようにございます。

   最初に、この陽動軍が動いてロルム国内の軍勢を引きつけます。

   それに気を取られている間に、第一城塞と第二城塞の二つを占拠してしまおう

  と言う作戦です。」


 「 おいおい、ちょっと待てい。

   10万の軍勢と言えば我が軍の半数に当たる数じゃ。

   ウィグレス渓谷よりも海路の方が脅威は大きいのでないのか?

   ベリデロンの海軍で大丈夫なのか。」


 「 ベリデロンの海軍は十分対応できます。

   そのための準備は怠りなくやってきておりますのでご安心を。

   上陸前に敵を殲滅することもできましょうが。

   その前に、先ず、ロルム王国内に潜む間諜三名を追放する必要がございましょ

  う。

   こちらの動きが瞬時にシャガンド側に流れることは如何にも拙いと思われます

  ので。」


 「 うん?

   一体どういうことだ?」


 「 潜入している間諜はいずれも魔法師。

   彼らは随時シャガンドにいるマレウスと連絡が取れるのです。

   従って、我らの大きな動きは即座にマレウスに通報されてしまいます。」


 「 うん?

   つまり、魔法を使って知らせていると言うことか・・。

   何か証拠でもあるのか。」


 「 傍目でわかる証拠はございません。

   まっとうな商人としてロルム王国に住んでおります故、そのままでは捕縛もで

  きません。

   ですが、好ましからざる人物として放逐することはできましょう。

   彼らの出自はシャガンドとなっておりますから、・・。

   そうした前例もございます。

   捕えれば捕えられた旨を彼らはマレウスに報告するでしょうからマレウスに警

  戒をさせることになります。

   さすれば計画そのものを変更しかねません。

   間諜は三名だけですが素行の悪い商人十名ほども一緒に処分いたせば、間諜に

  気付いたとは思われないでしょう。

   ここは、彼らの計画を遂行させた後に殲滅させるか、或いは未然に防いで先送

  りさせるかのいずれかになりまするが・・・。

   殿下なればいずれを選びまするか?」


 「 うーん・・・。」


 エルムハインツは考え込んだ。

 敵を領内に引き込んで殲滅すれば確かに相手に与えるダメージは大きいが、戦によって多くの味方将兵が傷つき倒れるのも問題がある。


 「 仮に相手の策に乗って敵を引きこみ、相手を殲滅するのに味方の被害が大きく

  ては話にならん。

   ましてクラシオンもハトラも我が国の穀倉地帯。

   戦による荒廃は、領民を困窮させることになりかねぬ。

   普通ならばならば未然に防ぐ方がいいと思うが・・・。

   こちらの被害を最小にした上でなおかつシャガンド軍を殲滅する策が何かある

  のか?」


 「 無いわけではございませぬ。」

 「 ほう、聞こう。

   それによっては父上に申し上げて、その方らの策を取り上げてもらうようにい

  たす。」


 その日、エルムハインツ殿下は全ての予定を取りやめて、二人から作戦の詳細を聞いたのである。

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