第45話 ウェルブール

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 ギルバートとリディアの結婚式は予定通り行われ、遠くサルメドスのエルムハインツ殿下からも祝いの品が届けられ式典に華を添えた。

 既にヘルメスとカサンドラの婚姻の許可もなされ、さらに一月後の式典を待つばかりであり、カサンドラも義理の姉に当たるクリスティナと共に式に参列した。


 ヘルメスとは既に許嫁であり、両家公認の間柄であるから、式典の席は隣り合っていた。

 結婚式の翌日、ギルバートとリディアはベリデロンの城塞を立ち去り、新たな領地のウェルブールに向かったのである。


 ウェルブールでの新たな試みはすぐさま着手された。

 ヘルメスとカサンドラの結婚式が催される一月後には一つの成果を生み出していた。


 ヘイブンモダケと呼ばれるキノコの栽培に着手したのである。

 クリヤマツと呼ばれる樹木の材木に菌糸を植えつけそれが芽を吹いたのである。

 左程の手間は要らない。

 晴天の日に柄杓で水を一回掛けてやるだけで菌糸は生育する。


 準備は母材に特殊な錐で穴を開け、菌糸を含んだ木材の小片を母材に打ち込んでやるだけでよい。

 菌糸は、新たに木材を切りだして造った菌糸小屋で湿度を高く設定して育てている。


 既に一つの村でヘイブンモダケの栽培を試験的に始めていた。

 元々ベリデロンは亜熱帯に属し、冬場でも滅多に寒くなることは無いので、一年を通してキノコは生育する筈である。


 ギルバートは村人に毎日少しずつ植えつけをするように指導した。

 村の仕事では第一線を退いた老人がその仕事を受け持った。

 女子供でもできるほどの力の要らぬ仕事だったからである。


 山の斜面に徐々に斜めに組んだ母材の集団が増え始めていた。

 その周囲には野生の動物が入らないように比較的高い木製の柵が設けられている。


 そうして三カ月後には見事に栽培したモダケの出荷ができたのである。

 栽培したモダケは、自然のままで育つものよりも見栄えが良く、しかも泥にまみれていないことから清潔であり、ベリデロンの市場に出したところすぐに売り切れた。

 しかも、自生しているものよりも高値で取引されたのである。


 モダケはクリヤマツの根元付近の樹皮に自生しているものだが、落ち葉に隠れていて中々に見つけにくい上に野生のシカ、更には地中の地虫などの動物がそれを食するために、中々に入手できないのである。


 次に成果を上げ始めたのはウェルブールの海浜に近い村で始めた工芸品である。

 べっ甲を使った櫛、簪などの工芸品は手間暇を掛けて、丁寧に仕上げれば驚くほどの値段で取引された。


 ギルバートが手先の器用な男女数名を工芸師として育てたのである。

 彼らはギルバートの教えに従ってつとに丁寧に仕上げ、出来あがったものは高額で商人が買い取った。


 また、それ以外にも養殖の漁業を教え込んだ。

 最初に狭い海岸べりに石や土を盛って外界とは切り離した大きなプール多数を造った。

 その中の二つに、外海からとってきた大型の魚二種類を放したのである。

 数回の漁で獲れた魚は左程多くは無いが、それでもつがいになる分量はあった。


 プールの盛り土には近くの山からギルバートが地の精霊とともに掘り出した多くの鉄鉱石を放り込んであるため、その盛り土には間もなく異様なほど海藻が生い茂った。

 この海藻が魚の繁殖場になるのである。

 大型魚の餌は、他の二つのプールで小魚を養殖した。

小魚は盛り土に生い茂る海藻を餌にしていた。


 そうして大事なことはプールの水の還流であった。

 ギルバートは風車を使ったポンプでプールの水を汲み上げ、長い還流路を造って同じく同量の水が外界から取り入れられるようにした。

 流路には細かいメッシュのフィルターを取り付け有害な種の卵などが内部に入らないようにした。


 最初の半年間は準備で終わったが、村の共同事業として行った結果労力は左程掛からず村人たちには大きな負担を強いらずにできたのである。

 半年後中型種の魚が産んだ卵からかえった魚が成魚になった。


 その魚を少しずつ出荷し、更に一部は別のプールで繁殖のために残した。

 大型魚が出荷できるまでには三年ほどかかる。

 だが、中型魚、大型魚いずれも順調に生育しており養殖の事業は徐々に進展しそうである。


 更に、海底にいるエビと貝類も養殖に加えることにした。

 ギルバートとリディアが交互に潜って多数のクロシマエビとクロール貝を生きたまま取って来て養殖場に放したのである。

 この二つの種類は高値がつく海産物である。


 こうした村ごとに割り当てた新たな事業が軌道に乗り始めたのは、1年後であり、その時点で6ケ村の収入合計は前年の5倍以上になっていた。

 ウェルブールの年貢は、現金で通常通り納められた。


 普通ベリデロンの年貢は4割を取る。

 だが、これまで殆ど食うや食わずの生活をしているウェルブールの年貢はその半分の2割しか納められていない。

 新たな領主になった若い二人はこれまで通り収入に対して二割の年貢しか取らなかったのである。


 その上で、今後とも年貢は二割だけにすると宣言した。

 共同作業をする時には一緒になって汗水を流し、泥にまみれる若い領主夫妻は忽ちの内に領民たちの希望になった。

 領主様の言うことさえ聞いて居れば間違いなく村は豊かになる。

 1年後には誰しもがそう思っていたのである。


 そうして2年後、ウェルブールとベリデロンの港が街道でつながった。

 村人たちは誰も賦役には狩りだされては居ない。


 誰が手掛けているのか、毎日少しずつ伸びて行く道路を、不思議とは思ってはいたが、彼らもまさかベリデロンまでの長い距離の道ができるなどとは思っても居なかったのである。

 道路は道幅も広くしかも排水路までついている立派なものであった。

 馬車がゆったりとすれ違えるほどの広さがあり、石畳の路面は雨風にも十分耐えられるものであった。


 新たに立派な道路ができたことで、これまで以上に物流が流れ始め、前年の更に数倍の収入を得ることになった村人たちは、いつしかベリデロン領内のどの地域よりも一人当たりの収入が多いことに気付いたのである。

 収入が得られる所には人も集まるし、豊かになった家庭は子も育つようになった。


 2年後のウェルブールの人口は5割増しの400名になっていたのである。

 ウェルブールの奇跡のような再生には誰しもが目を見張った。


 そこで生まれる工芸品、農産物、海産物は質が良く、高値で売れる。

 その特産品にはいずれも造った者の名前が明記されていた。

 工芸品であれば目立たぬ場所に小さな文字が、農産物や海産物であれば包装材にその名が記され、同時に購入者はその名で信用するようにもなったのである。

 ウェルブールの名は次第に良品を生み出す地域としてシェラ大陸中に知られることになる。


 街道はウェルベル街道と名づけられ多くの人と物が行き来するのに使われたが、中でもギルバート夫妻、ヘルメス夫妻の行き来は頻繁であった。

 互いに家を訪問し、一緒に活動も行っていた。


 ウェルブールに移ってからギルバートの護国卿としての仕事は公的には殆ど無かったが、それでもロルム海軍の育成はヘルメスと一緒に行い、精鋭部隊が徐々に育つようになっていた。


 少なくとも操船と秘密兵器の艦載砲に敵う敵は、シェラ大陸はおろか、ネブロス、ラシャ両大陸にも居ないだろうと思われる。

 無論その実力を発揮する場面がないし、軍事機密になっているので他国と比べようもないが、少なくともヘルメスもギルバートも十分にそのことを知っていた。


 その上でベリデロンには比較的数の少ない陸軍及び陸戦隊の育成にも努めた。

 彼らは数が少ないだけに精鋭でなければならなかったが、同時に戦では決して単独で敵に当たるなと徹底して教えられた。


 無論他に人がいない場合は単独で事に当たらなければならないこともあるが、可能ならその場は逃げろとも言われた。

 軍人に向かって最初から逃げろと言う指揮官も珍しいが、それまでの訓練で二人に信服していた兵士たちは素直に受け止めた。


 何しろ、彼らが20人がかりで掛かっても決して勝てない男達が言う言葉である。

 聞かざるを得なかった。

 そうしてその中で彼らは戦の駆け引きを覚えた。

 引く時は引く、攻める時は攻める。


 各級指揮官はそれを嫌と言うほど訓練で叩きこまれたのである。

 彼らがその準備を終えた時、ベリデロンの陸軍と陸戦隊はそれ自体が一個の生き物のように整然と動くことができた。

 その伝統はその後も長く続けられることになった。

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