第44話 ディアス家のカサンドラ(2)

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 野盗の襲撃で手傷を負った者達への取りあえずの手当てが終わると、カサンドラが周囲の騎士たちに向かってにっこり笑って言った。


 「 深手の方は居ないみたいですね。

   取り敢えず、メドリンの番所まで参りましょうか。

   出迎えの人達も待っているはず。

   そこでもう一度傷の具合を確認してもらいましょうね。」


 カサンドラはそう言うと、何事も無かったように馬車に優雅に乗りこんだ。

 あきれ顔の侯爵が馬車の中で待っており、カサンドラが元の席に座ると口を開いた。


 「 カサンドラ・・・。」

 「 はい、何でしょう。

   お養父様。」


 美人と言うよりはあどけない綺麗な顔のカサンドラを見ると、今見た光景がまるで嘘のように思える。

 だが、馬車の窓からは累々と屍が見えるのである。


 「 そなた、一体、どこで剣術を覚えたのだ。

   あれほどの剣さばき、並みのことでは男でもできまいに。」


 その間にようやく馬車ががたごとと動き始めた。

 「 ええ、あれは・・・。

   剣術はベリデロンでギルバート様、ヘルメス様などに習いました。

   女でも身を守る程度の技を持っておくことが大事と教えられましたのよ。」


 「 だが、あの様子では護身の域はとうに出ておるわい。

   今、警護に着いている剣士たちは、わしの配下では格別優れた技量を持つ者だ

  が、そなたに掛かっては赤子同然では無いのか?」


 「 その様なことはございませぬでしょう。

   私の技量など、ヘルメス様やギルバート様にとってはそれこそ赤子同然。

   ギルバート様との立ち合いでは一度も勝てた試しは有りませぬ。

   かろうじてリディア様とならば三本に一本ぐらいは勝てることがある程度です

  から、私などまだまだ未熟者です。」


侯爵は首を振った。

 「 風の噂に、ギルバート殿がサルメドスのキュロス道場で試合をなされたと聞い

  ておるが・・・。

   その前座として務めたのがアダーニ家のリディア姫で、何と15人ものキュロ

  ス道場の猛者を打ちのめしたと言う。

   さらに、ギルバート殿はキュロス道場の当主と四天王を同時に真剣を持って相

  手して、一度も打ち合うことも無く当主に参ったと言わせたと聞く。

   その愛弟子ならば頷けぬことも無いが・・・。

   それにしても・・・凄まじい。」


 カサンドラははにかむように顔を伏せた。

 「 ところで、カサンドラ、・・・。

   つかぬことを聞くが人を殺めたのは初めてか?」


 カサンドラの顔が少し曇った。

 「 はい、初めてのことでした。」


 「 人を殺めて気にはならぬか?」

 「 いいえ、止むをえぬ仕儀とは言え、人を殺めるのは嫌でございます。」


 カサンドラの目に涙が浮かんでいた。

 それに気づいた侯爵は、後悔した。


 「 カサンドラ、済まぬ。

   至らぬことを聞いた。

   普段から庭の草花さえ大事に扱う心優しきそなたが人死にを気にしておらぬ筈

  は無かったな。

   わしや警護の者がもそっとしっかりしておれば、そなたにその様な思いをさせ

  ずに済んだに、本当に済まぬ。」


 カサンドラの目からとうとう涙がこぼれた。

 そうして両手で顔を覆い、伏せてしまった。

 そんなカサンドラを見て、侯爵は片手をその背中において言った。


 「 済まぬな。

   カサンドラ。

   そなたは強い。

   だが、頼れる者がいるときは頼るといい。

   恐らくヘルメス殿はそなたが頼れる男であろう。

   それまでは、頼り甲斐が無いかも知れぬがわしを実の父と思うて頼ってくれ。

   わしもそなたを実の娘と思う。」


 涙で一杯の顔を上げてカサンドラが一言言った。

 「 お養父様、・・・。」


 そうして侯爵の膝にすがって、声を上げて泣き出したのである。

 カサンドラに父の記憶はあまりない。

 カサンドラが幼い時に亡くなったからである。

 そうして確かに武芸に秀でているわけではないだろう侯爵の人柄に父の面影を見たのだった。


 カサンドラはひとしきり泣いてようやくおさまった。

 止むを得ないこととは言いながら、初めて人を殺したと言う慙愧の念と、侯爵の人柄に触れた激情は、カサンドラにとっても初めての経験だった。


 漸く顔を上げた時、侯爵の膝が涙で濡れていたのに気づいた。

 カサンドラは、慌ててハンカチを取り出して拭こうとしたが、侯爵が笑いながら止めた。


 「 良い、良い、そなたの涙の跡も良き思い出になる。

   わしの子は男ばかりだったでな。

   そなたの様に若い娘に膝で泣かれたのは初めてのことじゃ。

   そなたが嫁に行ってもそのことは忘れぬぞ。」


 またも、カサンドラが泣きそうな顔になった。

 「 ほれほれ、もうすぐ、番所に着く。

   泣き顔ではなく、そなたの笑みを見せてくれや。

   領民どもにそなたの泣き顔は見せたくないでな。」


 侯爵に言われ、カサンドラは無理にも笑みを造った。

 メドリンの番所に着いて馬車から降りたったカサンドラは泣いた気配など露とも見せなかった。


 その日の視察はつつがなく終わったが、メドリンの番所は、峠の後始末でてんてこ舞いであった。

 峠には何しろ26名もの死体が転がっていたからである。

 その後、野盗の残党は決して侯爵領に踏み入れることは無かった。

 絶対の自信を持って敢行した襲撃が、僅かに一人の若い娘によって阻止され、しかも出撃した夜盗の一団の四分の三を失えば、暫くは以前のような活動ができるはずもない。

 漸く痛手から立ち直って再度悪さを始めようとした時には、野盗全てが二人の刺客に襲われてあっという間に殲滅されたのである。

 刺客二人はギルバートとヘルメスであった。

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