第43話 ディアス家のカサンドラ(1)

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 一方、カサンドラは予定通り養子縁組が王家に受理され、その通知を受けてからディアス侯爵領へ発った。

 侍女二人それに警護の剣士四人が付いて行った。

 侍女二人はそのままディアス家に残るが、剣士四人は無事に送り届けたなら、ベリデロンに戻ってくる。

 カサンドラは次の手続きが終えるまで、ディアス家の養女として生活をするのである。


 カサンドラがディアス侯爵の養女になって一カ月、その類稀な容姿と美貌それに気品ある振る舞いはすぐにディアス家の者に慕われる存在になった。

 そうして知りあう領民の誰もが姫様と言って心から敬うようになっていた。


 その日、ディアス侯爵とカサンドラは、領内の視察のために馬車に乗って小旅行に出た。

 一頃なりを潜めていた野盗の一団が勢力を盛り返して、侯爵領の北側から越境してきているのである。

 被害が増えて来たので、領主であるディアス侯爵が見回りを兼ねて視察をすることになったのだ。


 無論、万が一の用心を考え、警護は騎士10名が伴うことになっているし、視察する領地の地役人も警護にぬかりは無いはずであった。

 その前々日になって、視察にお伴させて頂けますでしょうかと自ら申し出たのは他ならぬカサンドラであった。


 カサンドラは野盗の一団の意図を見抜き、侯爵の警護の意味合いでお伴を願い出たのである。

 侯爵に万が一のことがあれば、婚姻などの縁組は喪が明ける1年先になってしまうのが理由の一つでもあったが、何より自分の知り合いが危険に晒されるのを避けたかったからである。


 相手は実戦に慣れた武人の群れであり、侯爵の視察コースを予め知って、途中を襲いあわよくば虜にして身代金を要求する腹であった。

 身代金を手にしたなら、伯爵の命は奪うことになっている。

 従ってどうしても伯爵の命を守る必要があった。


 ヘルメスやギルバートに相談もしてみたが、夜陰に乗じて彼らを抹殺することもできるものの、全てを闇に葬るよりは、カサンドラの剣士としての力量を侯爵に知っておいて貰っても損は無いだろうということで、ヘルメスやギルバート達は予備的に警戒するに止めることになったのである。


 カサンドラの急な申し出に侯爵は驚いたが、視察に夫人や家族を伴うことは無いわけではない。

 カサンドラは侯爵の娘として恥ずかしくない容姿と振る舞いを知っている。

 辺地の領民にもカサンドラの美貌を拝ませるのもいいだろうと思っていた。

 むしろ、カサンドラを連れて行くことで、領主が少しも野盗を恐れていないことを示すことになり、後々野盗に恐れおののく領民たちを安堵させることに役立つと踏んで了承を与えたのである。


 侯爵の乗る馬車は、前後を警護の騎士に挟まれて、視察予定のメドリン地方に向かっていた。

 峠を越えればメドリン地方と言うところで、前方から騎馬の一団が出現した。

 総勢6名ほどであるが、それが全速力で迫ってくる。

 何者かはわからないが明らかに野武士然としており、野盗に間違いだろう。


 何故に野盗が警護を連れた領主を襲うのか理由は定かではない。

 いずれにせよ、これに応戦すべく、騎士たちが前面に出張ったところを見透かすように、今度は背後の林から騎馬の一団が出現して迫ってきた。

 後方からは10名を超える人数である。

 慌てて、これを迎え撃つために6名の騎士が後方に回った。


 忽ち、馬車の前後で騎馬同士による剣戟が始まったが、生憎と峠の隘路となっている道のため馬車には逃げ道が無い。

 右手が比較的緩やかな斜面の山側であり、左側は急斜面の崖である。

 その右手の山側の茂みから更に20名ほども野盗どもが奇声を張り上げながら徒歩で駈け下りて来る。

 既に警護の騎士たちにこれに立ち向かう余裕はなかった。


 数で劣勢の騎士たちは防戦一方でむしろ押され気味であったからである。

 斜面を駈け下りる夜盗の先頭が馬車までもう15ニルもないというところで、突然馬車の扉が開いて、若い娘が優雅に降りて来た。


 手には格別武器を持っているわけではない。

 ひげ面の男がにたりと笑いながらやや速度を落として余裕を持って娘に近づくと、突然娘が俊敏に動いて男を素手で打倒していた。


 先ず腹を突き、やや前屈みになった男の顎を下から掌底で突きあげたのである。

 一連の動作はほとんど見えないくらいに素早く、攻撃を受けた男の身体が一瞬宙に浮いたほどであり、男はその一撃で頸椎を破壊され即死していた。


 カサンドラの片手には、いつ奪ったのか男の持っていた剣が既に握られている。

 剣を持てば女と雖も侮れない。

 後続で走り寄ってきた男が制圧のためにすぐに斬りかかってきたが、打ち合うことも無く娘はその剣先をかわし、斬りかかった男は一瞬のうちに首筋を切られてその勢いのまま斜面に転がった。


 続く男達もほんのわずかの間に全てが打倒されていた。

 カサンドラの動きは男達の目にも止まらぬほどの早さであり、何もできないうちに19名の野盗が斜面に屍を晒すことになっていた。

 斜面を駈け下りていた野盗は、残りがただ一人だけとなり、大勢の仲間が一瞬のうちに若い娘に斬り倒されると言う余りの出来事に男は驚き、斜面で止まろうとしたが、勢いのついた身体は急には止まりようが無い。

 男はつんのめって、斜面を転がり落ちたのである。


 したたかに頭を打って、朦朧としたまま立ち上がろうとして、気付いた。

 娘の持つ剣が、男の首筋に当てられていたのである。

 娘から動くなと言われたのに逆らって男が遮二無二動こうとして、呆気なくその首筋が切られていた。

 男は口をパクパクさせながらそのまま仰向けにのけぞって絶命した。


 次の瞬間には、カサンドラは、身をひるがえして後方の騎馬の野盗の群れに打ち掛かって行った。

 カサンドラの淡いピンクの衣装が舞うたびに騎馬に乗った野盗が一人、二人と減って行った。

 当然、押されていた騎士団が盛り返す。


 後方の野盗が二人になると、流石に形勢不利と見て、残りは慌てて逃げ出した。

 その様子を前方にいる者も当然に知ることになり、彼らも我先にと逃げ出したのである。

 騎士たちは追跡を諦めた。


 彼らの仕事は、野盗の捕縛が目的では無い。

 あくまで侯爵の警護が役割なのである。

 従って、彼らは馬車の周囲にとどまった。

 警護の者で怪我を負った者は5名に上ったが幸いにして深手の者はいなかった。


 カサンドラは、療法士の魔法では無く、ヘイブンの女が通常身につけている筈の癒しの力程度で治療を次々に行った。

 その間、侯爵は勿論のことであるが、警護の騎士たちが呆れていた。

 馬車の右手に広がる緩やかな斜面には夜盗の死体がごろごろと転がっている。


 しかもその殺戮をやってのけた筈の姫様には血飛沫一つ掛かっていないのである。

 無論衣装は無傷であるし、お洒落な帽子を頭に載せたままの姿である。

 警護の騎士たちは侯爵の配下では名うての剣士であった。


 だが彼らにして多勢に無勢では防戦一方であったのに、この若き美貌の姫様は一人で実に20名以上の野盗を僅かの間に打倒したことになるのである。

 女でも武芸に秀でた者が居ないわけではない。

 だがそれはあくまでお嬢様芸として秀でているだけで、実戦でものの役に立つはずがないと彼らは思いこんでいた。


 だが、ここで繰り広げられた戦いでは明らかにカサンドラがとてつもない剣の達人であることを如実に示しているのである。

 剣士たちは皆畏敬の目でカサンドラを眺めた。

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