第42話 リディアとギルバートの計画

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 その間にも、リディアとギルバートの婚礼の話は進んだ。

 リディアの誕生日は初夏であるから、夏場にかけての式典は望ましくない。

 どうしても初秋以降の月になるのだ。

 それにギルバートの身分も問題となる。


 リディアの婚姻が他の領主の長子とのものでない限り、王家へは報告だけでよいとされている。

 しかしながら、リディアと結婚するのにリディアの護衛役としての任務を与えるわけには行かない。

 デメトリオスはアドニス師や侍従長とも相談し、護国卿という新たな職を造った。

 護国卿は、デメトリオス伯爵の配下である軍事顧問であるが、必要に応じて伯爵に代わって伯爵配下の全軍を指揮することもできる身分としたのである。


 爵位はない。

 爵位は王家から与えられるものであって、伯爵が与えられるものではないからである。

 その代わりに、伯爵は臣下に対して自らの領地の一部を与えることができた。

 伯爵は、収入の多いベリデロン北東部の田園地帯を与えようとしたが、ギルバートとリディアはそれを断った。


 理由は、二人に左程の経費は不要だと言うのである。

 逆にギルバートとリディアは、ベリデロンで最も貧しい地域である北西部の山岳地帯の所領を申し出た。

 6ケ村からなる集落はあるが、人口は少なく海岸部にすぐ山が迫る耕作地の少ない地域である。

 ここからの年貢はいつも少なく、逆に不作の援助で持ち出しが多い地域でもある。


 豊穣な土地柄のベリデロンでは稀な土地であり、だれも領主にはなりたがらない地域であるので、歴代の伯爵が直轄地としている場所である。

 そんな場所に娘をやれるかと言って伯爵が癇癪を起こすと、ギルバートとリディアが微笑み合ってから、リディアが言った。


 「 お父様、ウェルブールの地域がお父様にとってもお荷物だと言うことは百も承

  知です。

   でも、私とギルバート様がその領主になれば、3年・・、いいえ2年でお父様

  が支配する領内で最も裕福な地域にして見せます。

   それにウェルブールならこのベリデロンにも本来は近いはずなのに、便利な街

  道がないから遠回りになっている。

   それも解消してしまえばベリデロンの城塞まで馬車で一時もあれば着いてしま

  うはずよ。

   いまのままでは半日以上も掛かってしまいますけれどね。

   実は、お父様にも内緒でウェルブールに私たちが住む邸の建設を頼んでしまっ

  たの。

   当面は二人だけで住むし、領内を治めるために使う公務所も併設する瀟洒な建

  物よ。

   子供が産まれたら建て増しもできるように考えてある。」


 「 だが、そんなお金を何処から工面したのじゃ。

   便利なベリデロンの郊外でも世帯用の家を造ろうとすれば、金貨20枚は下る

  まい。

   ウェルブールなれば、資材の運搬その他がかさむからその5割増しほどにもな

  ろう。

   リディアは無論その様な金をもっているはずもないし、ギルバートとて左程の

  給金をもらっていたわけではあるまい。

   精々が銀貨数枚を貰っていたぐらいでこの2年余りで多額の金が手に入るわけ

  も無かろう。」

 「 お父様、ギルバート様が造った小間物が高価に買い取られることを知っていま

  すか。

   私がギルバート様にお願いして10個ほど造っていただきました。

   その品を出入りの商人に見せたなら、10個の品物が金貨320枚で売れたの

  です。

   多分、出入りの商人はサルメドスでさらに高値で売るつもりでしょう。

   だから、私とギルバート様はとてもお金持なのです。

   館の建設には金貨100枚を使うことにしています。

   それに、ウェルブールの人達にギルバート様が小間物の造り方を教えることに

  しているの。

   べっ甲の櫛に貝殻の小片を組み込んだ品物はきっとウェルブールの特産品にな

  る筈よ。

   それにウェルブールならではの製品もできる。

   山がちな場所だけれどとてもいい樹木が育っている。

   その木材を加工して、船の建材を造ったり、家具を造ったりするの。

   これもギルバート様が、技術を村人に教えるのよ。

   それから、ウェルブールは、沢山の種類のキノコが自生しているのだけれど、

  これらのキノコのうち人工的に栽培できそうなものもあるのよ。

   山を探し回ってキノコを採取するのは大変だけれど、畑の様に家のすぐそばで

  収穫できれば老人や子供でもできるわ。

   だから、そうした栽培方法を考えて村人に教えるのは私の役割。

   他にも山岳地帯の田畑に向きそうな生産品もあるわ。

   ウェルブールは、6ケ村合わせても260名ほどだけれど、そうした特産品を

  生み出せば人口も増えるでしょうね。

   当面は倍の500名ほどにするのが私達の夢。

   だからお願い。

   お父様、ウェルブールを私たちに下さいな。」


 デメトリオス伯爵は空いた口が塞がらなかった。

 若い二人がそうした経済観念を持っているだけでも驚くべき話であるが、少なくとも聞いた限りでは必ずしも無理な話でもなさそうである。

 何より、地域に根ざした産品を生み出すと言う発想が素晴らしいと思った。

 苦笑しながら伯爵は言った。


 「 認めざるを得まいな。

   お前たち二人はすっかり外堀を埋めてから申し出たはずだ。

   当然のことながら、労力と経費に見合った製品ができると計算しているのだろ

  う。

   わかった。

   では、二人にはウェルブールの領地を与えよう。

   但し、困った時はいつでも私かヘルメスに相談するがいい。

   先ほど話をしたマーズデルで産み出す年貢ぐらいはいつでもくれてやろう。」


 伯爵は、その後も細々(こまごま)とした計画を聞いたが、二人はウェルブールまでの道路建設用地までも計画していた。

 ウェルブールから西海岸に出て、海岸沿いの狭い敷地を南下し、ベリデロン西北西にある低い尾根を越えて来る道筋である。

 これこそ金貨数万枚を要する大規模工事になってしまい伯爵でもおいそれとは出せる金額では無い。


 だが、リディアは平然と言った。

 「 お父様は、大事なことを忘れています。

   私の旦那様になる人は、希代の大魔法師なのよ。

   道路を造ることなんてやろうと思えばすぐにもできるはず。

   でも周囲から疑いを招かないために左程の無理でない日数を掛けて造ります。

   毎日100ニルどまり。

   でもこのルートの距離なら2年でできるはずよ。

   経費は殆どただ。

   だから2年後には間違いなく新しい街道ができ上がります。

   但し、このルートはお父様の許しを得ないとできないのです。

   お許しをいただけますか?」


 「 ふむ、既にある家や田畑を変えることなくできるなら許そう。」

 「 ええ、大丈夫、このルートにあるのは森林だけよ。」


 リディアは自信たっぷりに答えていた。


 リディアとギルバートの婚礼は初秋マンセル月の10日に決まった。

 ウェルブールに建設中の館もそれまでには出来あがることになっている。

 使用人三人も既に決めており、その内二人はヴィナム月の月末には一足早くウェルブールに出向いて準備をすることになっている。

 本来なら、ずっとリディア付きであったメルーシャが同道すべきであったが、メルーシャもまたハインリッヒとの再婚が決まっていた。

 メルーシャはリディアの世話を辞めることを遠慮していたが、ウェルブールまで連れて行くわけには行かなかった。

 ハインリッヒは、依然として、ベリデロンに残るからである。

 結局、比較的年寄りのベラと言う女性と若いネリアンという娘を新たに雇い、男手もいることからハンスという下男も雇ったのである。

 ベラは38歳の寡婦であり、子供は居ない。

 ネリアンは17歳、ハンスは24歳であり、三人とも非常にまじめな人物であることはギルバートもリディアも知っていた。

 ベラとハンスが先発し、ネリアンは婚礼の後で出発する夫妻について行くことになっている。

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