第35話 サンファンの暗躍
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
再度16日を要したサルメドスからの帰還の旅もつつがなく終わり、初秋月の初旬にベリデロンに戻ったギルバートとリディアに、普段と変わらぬ生活が始まった。
ヘルメスも特訓の成果が出てきていた。
晩秋の頃には、リディアと同等の剣技を持つに至ったし、超能力もかなりの力を発揮するようになっていた。
そんな頃、サンファンの動きが活発化して来た。
サンファンが、魔法師の一群をエルトリア王国とクロバニア王国に配し、一連の暗殺などの策謀を始めたのである。
エルトリア王国は、災危からまだ立ち直ってはいなかった。
クロバニア王国軍が盛んに国境付近で小競り合いをするので、どうしても手勢不足になりつつある。
そこへ北辺の番族である褐色肌の集団が大挙して侵攻を始めたのである。
エルトリア王国は僅かに一カ月ほどで、領土の三分の一を失い、戦で兵士の二割を失っていた。
エルトリア王国は各地の城塞で抵抗をしていたが、援軍も送れず、じり貧となっている。
クロバニア王国はそれを機に侵攻を深めていたが、同時にサンファンの侵攻軍とも戦うようになっていた。
新たな敵は非常に強敵であった。
クロバニアの魔法師達が束になってもサンファンの魔法師群に敵わず、随所で苦戦を強いられているのが実情である。
サンファンの兵士の一人一人が力に勝ることも苦戦の原因である。
余程の豪傑でない限り、サンファンの兵士と互角に戦うことは至難の技であった。
しかもそうした豪傑の武人は魔法で盛んに痛めつけられ、まともに戦うことすらできないでいる。
ギルバートは、エルトリアもクロバニアもどちらも好きではない。
どちらの王家も隙あらばと領土拡大を狙っている輩である。
だが、そこに住む領民たちは善良なる民であった。
エルトリアの領民は引き続く災危と戦で疲弊していた。
農民の中にはかなりの餓死者すら出ている。
侵攻軍は、クロバニアもサンファンも極めて愚劣な集団であった。
家財、食糧を略奪し、女と見ると年齢を問わず強姦しまくる連中である。
ギルバートとしては見て見ぬ振りはできなかった。
ギルバートは、ヘルメスとリディアに事情を説明し、ギルバートがネブロス大陸に赴くことの了解を取り付けようとした。
了承は取り付けたものの、厄介な難題を突きつけられた。
リディアも一緒について行くと言うのである。
ヘルメスも行きたがったが、アダーニの世継ぎであることから勝手な振る舞いはできないと最後は諦めた。
だが、リディアは何としてもついて行くと言うのである。
放置すればリディアは単独で行動する可能性もあった。
リディアは既にテレポートができる能力を持っている。
従って、テレパスで方位と距離を確認できればいつ何時でもギルバートの傍に出現できるだろう。
そこが修羅場であればギルバートが傍に居てもリディアの安全は保障できないのである。
止むを得ず、ギルバートはダイアナを呼んだ。
ネグロス大陸にリディアを同道するならば、リディアとヘルメスの覚醒を先にする必要があったからである。
突如現れた美女を前にリディアの心が千路に乱れたが、ギルバートの親族で人妻と聞いて一応は安堵した様である。
ヘルメスは人妻と聞いて逆に幾分気落ちした様子であった。
ダイアナは事情を聞いた上で、覚醒の措置に賛成してくれた。
その代わり、リディアの覚醒措置をダイアナが行い、ヘルメスの覚醒措置をギルバートがやってみなさいと言う。
リディアの覚醒措置はすぐに終わった。
ヘルメスもギルバートが試行錯誤ながら無事に終了した。
ダイアナ曰く、二人共に覚醒後のリアクションは少ないだろうが、念のため、ベンデル半島の突端に行き、そこで一夜を明かすことにしなさいと言う。
三人は、午後であったが馬に乗って早駈けに出かけることにした。
野宿の用意をし、出掛ける三人に驚く城塞の者達を尻目に、一行は出発した。
だが、伯爵夫妻もアドニスもハインリッヒもこの三人の安全を心配する必要は無かった。
この三人がベリデロン城塞では最強の戦士であることを知っていたからである。
剣術指南のハインリッヒですら、尋常の勝負ではヘルメスはおろかリディアにも勝てないからである。
三人は岬の突端まで行き、その高台で野宿した。
周囲に人家は無く、人の気配が無いことを確認しての野宿である。
暗くなって、横になってすぐにヘルメスの周囲に放電現象が起きたが、極々些細なものであった。
一方のリディアも繭状のバリアーを巡らせ空中に浮いたが、それ以上の超常現象は起きなかった。
尤も城塞内でこのようなことが起きていれば周囲の者に見とがめられていただろう。
翌朝、二人の兄妹は気持ちの良い目覚めを迎え、ヘルメスは周囲に沢山の精霊を見ることができた。
樹木の精霊たちであった。
彼らと親しく話をし、別れを告げてその日の昼頃には城塞に戻ったのである。
城塞に戻って三人は伯爵夫妻にネグロス大陸への遠征について許しをもらいに行った。
ネグロス大陸に行くのはリディアとギルバートだけである。
デメトリオス伯爵は、話を聞いて驚くとともに、二人だけで出掛けて何ができるのかと尋ねた。
ギルバートは虚心坦懐に答えた。
「 正直なところ、今の段階で計画は何もありません。
現地に赴いて状況を正確に把握してから方針を決めようと思っています。
場合によっては、諸悪の根源ともなり得るサンファンの魔法師を滅ぼすことに
なるかもしれません。」
伯爵夫人が口を挟んだ。
「 魔法師達を・・・。
リディアが剣技において優れた技量を持っているのは知っています。
でも、魔法師に対抗できるとは思えないけれど、それでもリディアはついて行
くの?」
「 ええ、お母様、ギルバート様と一緒にいる限り、私は安全ですから心配なさら
ないで。
ギルバート様は、誰も敵わない無敵の剣士で有ると同時に、古今の大魔法師を
超えた存在なの。
世界中の魔法師が束になってもギルバート様には対抗できない。
そうして、詳しくは申し上げられませんけれど、私が傍にいることで役立つこ
ともあるのです。
だから、一緒に参ります。
お兄様はその代わりにベリデロンに残って、領内を守ります。
仮にベリデロンに危難が起きれば私たちもすぐに戻って来られるから心配なさ
らないで。」
「 そんなことを言ったって・・・。
それに女のお前が、悪人とは言え、人を殺すことになるかもしれない旅に送り
だすのは・・・。
正直なところ、賛成できないわ。」
ギルバートが言った。
「 伯爵夫人、失礼ながら、仮に伯爵に危険が迫っており、貴方の手元にその危険
を排除するための手段があるとするなら、どういたしますか?」
「 それは、もちろんその手段を使って夫を助けます。」
「 仮に、それが人を殺すことになっても?」
「 人を?
ウーン、・・。
その時になってみないとわからないけれど、多分夫の命が危ないなら躊躇わな
いでしょうね。」
「 仮にリディア姫が人に危害を加えるとしたら、どうしてもそうせざるを得ない
時に限るはずです。
そうして、僕がそれ以外の場合には手を出させないように見守ります。
リディア姫が単なる利己的な考えから人に危害を加えるようなことは絶対にな
いと言うことを保証します。」
「 イスメラルダ、ここはギルバート殿に委ねたらどうかな。
クルスの予言は、リディアの伴侶となるべき人が世界を治める力がある者と評
していたのだろう。
ギルバート殿がその人ならば、無茶はしない。
そうして、リディアはその人の妻になるべき者だ。
つり合いが取れる者ならば、リディアにも物事の分別は十分につけられるはず
だ。」
イスメラルダは渋々ながら頷いた。
伯爵は更に続けた。
「 ギルバート殿、そなたの強大な力を正しいことに使うと信じて、許しを与えよ
う。
二人で無事に戻ってくれ様な?」
「 はい、伯爵の仰せのとおりにいたします。
そうして二人無事に帰還することもお約束します。」
伯爵は頷いた。
翌日、ギルバートとリディアは二人で馬に乗って旅に出た。
ベリデロン郊外に出ると二人はすぐにネグロス大陸に馬ごとテレポートしたのである。
馬は最初驚いたようだが、テレパスで宥めてやるとすぐに落ち着いた。
馬は元来臆病な動物であるが、乗り手がしっかりしているとどんな状況にも耐えられるものなのである。
二人が現れたのはサンファンがエルトリアに送りこんだ魔法師群の一団が籠る館の近郊である。
元々はエルトリアの地方領主の館である。
領主を含めてその用人を全て殺し、付近に住む領民全てを天変地異の幻覚で追い出した後に居座っているのである。
サンファンから派遣された一団は総勢で24名からなる男女の魔法師達である。
彼らは相も変わらず、結界を張り、その中から人心を惑わし或いは無辜の民を殺戮に狩りたてていた。
彼らが使う常套手段は、可燃性の液体を使った放火であり、また毒性の強い瘴気である。
エルトリアの張った結界の中で魔法を使えばエルトリアの魔法師達にも気づかれるが、道具として用いる以上は彼らにも気づかれない。
交代で彼らは出掛け、エルトリア領内であちらこちらに火を放ち、瘴気を城塞に送りこんでいるのである。
ために多くの人の命が奪われ或いは家財が焼失していた。
彼らの巣窟はエルトリアの中央付近にあって、戦線からは随分と離れた場所にある。
だが、その地域はエルトリアの穀倉地帯でもあり、多くの支援物資を産する場所でもあったから、それによる打撃は少なからずエルトリアの疲弊を招いているのである。
その状況を確認して、ギルバートは彼ら魔法師の一団を強力な魔法で襲撃した。
邸に残っていた12名の魔法師達は瞬時に打倒されていた。
彼らになす術は無かった。
突然、周囲から酸素が奪われ、息を吸った瞬間に何もわからずに意識を失い、そのまま死を迎えたのである。
12名を始末した後で、更に邸を離れている12名もまた同様に始末した。
その中に、ブリュワースという若者もいた。
彼も超能力者の兆候を持つものであったが、性質は残忍であり、彼が超能力を得たならば悪事を働くであろうことは明白であった。
最後の瞬間に或いは何らかの超能力が芽生える恐れもあったのだが、ブリュワースは何もできずに息絶えていた。
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