第34話 真打登場
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
道場主であるゲールランドが声を発した。
「 リディア嬢、見事なり。
なれば、そなたの師たるギルバート殿には、我が道場の最高の礼を尽くして立
ち合わねばなるまいな。
シュワルツ、メーリング、ロンメル、クルツ、用意をせい。
ギルバート殿、私とこのキュロス道場四天王にてお相手仕る。
真剣にてお願いしたいが如何か?」
道場内が驚愕に震えた。
真剣での勝負は、滅多なことでは行わないが、高弟同士の申し合いでは稀に行うことがある。
だが、申し合いでも一歩間違えば大けがをすることになる。
だから、四天王以外の門弟が行うことは許されていないのである。
それを見ず知らずの相手に強要するなどかつてないことであった。
「 畏まってございます。」
「 ギルバート殿、我ら五人同時に御相手仕るが宜しいか。」
「 結構にございます。」
ざわめく道場内の門弟を尻目に、四天王と当主が剣を準備する。
門弟の一人が、ギルバートの剣を持ってきた。
ギルバートがその剣を持って道場の中央に進み出る。
当主を中央に五人が一列になって相対し、一斉に礼をした。
始めという言葉も無いまま、四人の高弟はギルバートを中心に四方に配置した。
正面にはゲールランドが剣を正眼に構えた。
四天王も正眼に構え、静止した。
一方のギルバートも剣を正眼に構えている。
緊迫の時間が過ぎて行くが、双方ともに動かなかった。
良く見ると高弟四人の額には汗が噴き出している。
いずれも隙を伺っているのだが、手が出ないのである。
明らかにギルバートは正面を向いており、背後に居る二人などはいつでも斬りかかれるように思えるのだが、それでも動けなかった。
びりびりと相手の気迫が感じ取られ、その気迫だけで足も腕も動かせないほどであった。
斬り込めば間違いなく自分が斬られることを予感できていた。
そうしてさらに静止の時間が過ぎ、ゲールランドがその押し寄せる気迫に逆らうように、鋭い気合いを発したが、同じくギルバートはピクリとも動かないまま、その気合いに呼応するようにギルバートも鋭い気合いを発した。
途端に、四方に配置していた四天王が一斉に崩れ落ちた。
彼らの緊張感が一気に断ち切られ、気を失ったのである。
ゲールランドが苦笑いしながら剣を引いた。
「 勝負ありですな。
我らでは、そこもとの足元にも近寄れませなんだ。
我らの負けにございます。」
ギルバートが剣を引き、笑みを返した。
「 いいえ、御当主殿の気合いに身が竦みそうになったのはこちらにございます。
良き試練の場を与えていただき、感謝申し上げております。」
「 いやいや、お手前ほどの武芸者と立ち会える機会を得たことは無上の喜びにご
ざる。
今後とも、末永く友誼と御教えを願いたいと存じます。」
「 こちらこそ。」
二人はにこやかに微笑みながら一礼を交わした。
ゲールランドは上座を振りかえり、エルムハインツに声を掛けた。
「 殿下、この御仁は紛れも無く天下一の武人にございます。
この道場の門弟総勢で打ち掛かっても、生き残るはこの御仁お一人。
恐らくは、この方にかすり傷の一つもつけられぬでしょう。
これほどまでの武人がおったとは信じられぬ思いにございます。」
「 何と、当主にそこまで言わしめるか・・・。
なれど、当主御得意の槍なれば・・・。」
ゲールランドは頭を振った。
「 いやいや、先ほどのリディア嬢の立ち合いの動きを見て、槍では間に合わぬと
思ったのでござるよ。
真剣でしかも四方を高弟で固めれば或いは何らかの隙を見いだせるかと思いま
したが、無駄にございましたな。
下手に動けば、誰が打ち掛かっても朱に染まって倒れたでしょう。
シュワルツ達もそれがわかったからこそ動けなんだ。
ギルバート殿の気迫に押されて足も腕も萎える寸前でございましたからな。」
「 なるほど、・・・。
手前には、まだまだ遠き道にございますな。
いずれにしろ、リディア嬢は良き男に巡り逢うたようじゃ。
デメトリオス伯爵、取りあえずは潔く、リディア殿の事は諦めよう。
但し、ギルバート殿がリディア嬢を振った場合、若しくはリディア嬢がギルバ
ート殿に愛想尽かしをした場合は、また、申し入れるかも知れぬ故、その節はよ
ろしくな。」
リディアが、間近に来てそれを聞いていた。
「 殿下、私が振られることは有るかもしれませぬが、私がギルバート様に愛想尽
かしをすることなど決して有りませぬ。
それに、私とギルバート様の出会いは元宮廷魔法師のクルス様が予言なされた
こと。
私はその行く末を信じております。」
「 うん、クルスとな?
左様か・・・。
クルス殿は不本意な疑いを掛けられ、魔法師長を辞退された希代の魔法師と聞
いておる。
確かベリデロンに滞在し、十年程前に亡くなられたように聞いているが。」
「 はい、そのクルス様が生前私のために私の伴侶になる方を占ってくれました。
私が十五歳になる前に出会い、私の危ういところを助け、私は十八歳になって
その方と結ばれると。」
「 なるほど、残念ながら私の入る余地は無かったか。
せめてそなたが十五歳になる前の危難とやらに私も出会っていれば、或いはそ
の候補に挙がったかも知れぬのに。
残念なことだ。
それはそれとして、リディア嬢、それにギルバート殿、これを契機に私とも是
非友誼を深めてもらいたい。
そなたをもらいうける話は諦めるが、そなた達二人は、このロルム王国にとっ
てもかけがえの無い人物になりそうな気がする故な。
取りあえずは、今宵、宴を我が邸で催す。
是非にも参加して欲しい。」
リディアは頷き、元気よく返事をした。
「 はい、ギルバート様と必ず御伺いいたします。」
その夜にエルムハインツの館で催された宴には多くの者が集まった。
そうしてその中でゲールランド自らが、ギルバートの剣技は天下一と触れまわったので、忽ちの内にギルバートの名前はロルム王国中に知れ渡った。
宴では、エルムハインツ殿下が特に器楽の演奏をして欲しいと望まれ、ギルバートとリディアが二人で重奏を披露した。
ギルバートが横笛で、リディアが弦楽器のビュラスで奏でる重奏は、盛夏の「夏至祭り」であったが、聴衆の誰もが聞き惚れる見事な演奏であった。
招かれていた宮廷楽師長が、二人の演奏を御世辞抜きで当代随一の名手と褒め称えたのは言うまでも無い。
そんなことがあって二日後からは、ベリデロン別邸に武芸者の訪問がちらほらと増えて来た。
誰しもが、ギルバートとの立ち合いを望み、敗れて去って行くのである。
多い時には一日に三度も立ち合うことすらある。
リディアの目から見ても左程の腕も持たない相手が次から次に性懲りもなく訪ねて来るのだが、一カ月の滞在期間の最後の日には、訪れた四人を一度に相手して、打ち負かしていた。
デメトリオス伯爵のサルメドス参詣は滞りなく予定を終了し、盛夏月下旬にサルメドスを出立したのである。
ギルバートもリディアも王都サルメドスに多くの知人友人を得ることのできた有意義な旅であった。
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