第33話 前座試合

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 翌日、伯爵の館にエルムハインツ殿下の従僕が馬車でギルバートを出迎えに来た。

 ギルバートの乗るその馬車には当然のようにリディアが同乗した。

 一方、伯爵夫妻も別の馬車を仕立てて、その馬車を追う。


 キュロス武道館は、大手門前の一等地に広大な敷地を与えられている。

 三代前の国王がそれまで練兵場であった場所を、功のあったサガン・キュロス男爵に与え、同時に王宮の剣術指南役として迎えたのが発端である。


 キュロス家は一子相伝の道場主として、武道館に君臨し、その名声はロルム王国中に広まっている。

 現在の道場主は、サガン男爵の曾孫にあたるゲールランド男爵である。

 歴代のキュロス武道館当主は、武芸百般に通じる達人であるが、ゲールランド男爵は特に槍術と棒術に優れているとの評判であった。


 ギルバートとリディア、それに伯爵夫妻はすぐに大きな道場に案内された。

 道場はベリデロン城塞の道場4つ分の広さがあり、その周囲には二百名以上もの道着を着た門弟達が座っていた。


 ギルバートは着替えを促され、別の間に入ったが、同じくリディアも道着に着替えたいと言って門弟を驚かせた。

 こうしてギルバートとリディアの二人が道着姿で道場に現れたのである。


 道場正面にエルムハインツ殿下、ゲールランド男爵、それに伯爵夫妻が座っている。

 それに対面する入口に近い場所にギルバートが座り、その隣にリディアが座った。

 エルムハインツ殿下が最初に立ち上がり、口上を述べた。


 「 このキュロス武道館には古い仕来たりがある。

   新参者は、先ず15人抜きをしてその技量を確認することになっている。

   その達成度により、相応の順位につけることになる。


   キュロス武道館の教えはあくまで戦場での動きを再現したものであって、周囲

  全てが敵であっても生き残る術を身につけることが肝要とされている。

   武器は、用意されているものであれば何を使っても良い。

   剣であれば木刀、槍であれば先端に綿を包んだ布で覆われた3エニルの長さの

  木槍、棒術なれば2エニルの長さの樫の木を用いる。


   弓などの飛び道具は、この仕来たりには使わぬ。

   体術なれば何も持たずに戦うことになるが、いずれであっても、当たれば怪我

  をする場合もあるし、当たり所が悪ければ死することもある。

   ギルバートとやら、相応の自信が無くばとく立ち去れ。

   キュロス武道館は、意気地無しに用は無い。」


 道場に暫しの静寂が訪れた。

 その中で、ギルバートが答えた。


 「 戦いは望みませぬが、武道を極めんとする者同士の切磋琢磨の修練であれば、

  試合をお引き受けいたしましょう。」


 「 良き覚悟だ。

   最後までその空元気が続けば良いがの。

   では、得物を選べ。」


 その時、リディアが立ち上がって言った。

 「 お待ちください。

   殿下。

   15人抜きは単なる前座にございましょう。

   ならば、ギルバート様の一番弟子たる私がお相手いたしとうございます。

   どうか、この義、是非にお聞き届けください。」


 エルムハインツは眼を剥いた。

 キュロス武道館には確かに女性の門弟もいないわけではない。

 弓術、小太刀や薙刀など護身用あるいは儀礼作法の一環として教えているからである。

 しかしながら、女性の門弟に入門の仕来たりは適用されていない。


 「 これは、驚いた。

   リディア殿。

   そなたが道着に着替えて来たのはそのためであったか。

   なれど、女子にこの仕来たりを適用した試しがないと思うが・・・。」


 不安気に隣のゲールランド男爵の方を伺う。

 だが、いとも簡単にゲールランド男爵は、笑顔で頷いた。


 「 確かに女子の入門時にそのような仕来たりはございませぬ。

   なれど、ギルバート殿も、リディア殿も、我がキュロス武道館に入門を請うて

  きたわけでは有りますまい。

   その腕を確認するために敢えて行うものなれば、仕来たりにこだわる必要はご

  ざいますまい。


   それに、リディア殿が自ら申し出るほどなれば、腕に相応の自信があるという

  ことでしょう。

   殿下、リディア殿の御気に召すようなされては如何か?」


 エルムハインツはそれでも暫く迷っていた。

 リディアに怪我をされては困るのである。

 しかしながら当主であるゲールランドの意向も無視できない。


 「 あいわかった。

   なれば、リディア殿が当面前座として立ち合うことを許そう。

   だが、リディア殿、単なる1対1の試合ではないことを御存じか。


   一戦目は、一人だけだが、二戦目は二人、三戦目は三人と増えて参る。

   最後は5人を一度に相手することになる。

   新参者で15人抜きができた者は、これまで僅かに二人じゃ。

   それ以外の者は皆途中で打ちすえられておる。」


 「 結構にございます。

   私は15人を一度に相手することを覚悟していましたから。」


 「 何と・・・。」


 エルムハインツは一瞬唖然とした。

 師範代の双璧と言われるシュワルツとメイデンですら15人を相手の戦いならば先ず勝は無いはずである。


 そもそも、通常の入門者が行う15人抜きとは異なり、揃えた15名の剣士たちは高弟には今一歩と言う力量の持ち主であり、ここに集まった二百名以上の門弟の中でもかなり上のクラスの者であるからである。

 エルムハインツは一応高弟とはされているが、おそらく15名の内の二人に打ち掛かられれば間違いなく勝はないはずである。


 リディア姫が如何に鍛えられていようと所詮は女の身、一戦目で間違いなく負けるはずである。

 後は、選ばれた剣士たちが手加減をしてくれることを祈るばかりである。


 「 リディア殿がそうまで言われるならば、やむを得ないな。

   では、始めよう。

   リディア殿、得物を選ばれよ。」


 リディアは、木刀を手にし、道場の中央へ進み出る。

 エルムハインツの声が道場に響く。

 「 一人目前へ。」


 既に選ばれていた男が前に進み出たが、明らかに当惑している。

 ギルバートとかいう男を散々に懲らしめてやれば良いと言われていたのに、相手がエルムハインツの想い人なれば無論打ち据えるわけには行かない。


 無論手加減するしかないのだが、間違っても怪我をさせるわけには行かないのである。

 その分どうしても及び腰になる。

 中央で、二人は相対し、正眼に構えた。


 師範代の一人、シュワルツが審判をすることになっていた。

 シュワルツが「始め」と令した。

 だが、二人は中々に動かない。


 リディアが声を掛けた。

 「 私は、貴方の敵です。

   どうぞ、遠慮なく打ち掛かって下さい。」


 だが相手は躊躇していた。

 リディアの構えに一分の隙も無かったので有る意味で驚き、更にどう打ち込めばいいのかわからなかったのである。


 目の前の女性は、明らかに自分よりも小柄ながら、師範代か或いは当主と相対しているような錯覚を覚えていた。

 リディアが言った。


 「 そちらが動かぬならば、こちらから参ります。」


 途端にリディアが動いた。

 静止していたリディアが瞬速で斜め左へ動き、更に右へ動いたのである。

 相手がその動きに幻惑されている間に、リディアが肉薄し、小手を打たれた。

 男は殆ど何もできないうちに木刀を取り落としていた。

 リディアの打ちこみは鋭いものだったが、小手を打つ瞬間にはその速度が緩んでい

た。


 びしりと音がしたが、相手は打たれた手が痺れただけで、骨に異常は無い。

 そのまま振り切っていれば恐らくは手の骨が砕けていたはずである。

 審判役のシュワルツが驚きながらも、「勝負あり、それまで。」と宣した。

 リディアは既に木刀を引いていた。


 瞬時、道場内がしんとしたが、次の瞬間、どっと沸き、拍手が起こった。

 誰もが、リディアが勝つとは思っていなかったのである。

 何しろ相手は道場内でも常時30番目ほどにいる腕前の持ち主だからである。

 シュワルツが言った。


 「 二戦目、出でませい。」


 二人の男が出て来た。

 一人は木刀だが、一人は木槍を携えている。


 一人目が呆気なく敗れたことで、この二人は決して油断はしていなかった。

 明らかにリディアがかなりの腕前と認めたのである。

 互いに向き合い一礼を交わした後で、構えた。


 審判の「始め」の令で、最初に動いたのはリディアである。

 真っ直ぐに、木槍を構える相手に向かって素早い動きで接近する。

 木槍を構えた男はそのリディアに向かって必殺の突きを繰り出した。

 その鋭い突きを紙一重で見切って、木刀を槍の柄に滑らせながら肉薄、またしても小手を見舞った。


 男の左手が打ちすえられ、次いで、ぴたっと、木刀が首筋に当てられた。

 木槍を持った男が立ちすくんだ次の瞬間、リディアは向かってきたもう一人の木刀を斜に受け流していた。

 男が再度打ちこもうと構えた時には、男の首筋に木刀が添えられていた。

 木刀を構えた男もまた動きを止めざるを得なかった。


 「 勝負あり、それまで。」


 広い武道館に驚きの声が湧きあがる。

 リディアは、三戦目、四戦目も同じく高弟達を見事に打ち破った。


 最後の五戦目、二人が木刀、二人が木槍、一人が木棒で対戦したが、ひとしきりカンカンと乾いた打ち合いの音が響いたものの、これまた見事にリディアが打ち破った時には、道場内に不気味な静けさが漂った。

 上座に座るエルムハインツも驚きのあまり声も出ない。

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