第32話 エルムハインツ殿下の対応

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 明くる日、デメトリオス伯爵夫妻は、エルムハインツ殿下の住居であるザルツ宮に出向いた。

 王宮の敷地内で東側にある離宮をザルツ宮といい、成人した王子が住む館である。

 既に長子のベルンスト殿下は、嫁を娶り、西側にあるボルグ宮に住んでいる。


 エルムハインツ殿下は、25歳であるが世間には遊び人として知られている。

 ハンサムな顔立ちは貴族の婦女子の間で評判であり、度々火遊びをしているようで、名のある夫人や娘たちとの武勇伝が数多ある。

 それでいて不思議なことに騒動が起きたことは一度も無い。

 無論、国王の息子という肩書が物を言っていることもあるが、後始末も上手なのである。

 そう言う意味では、恐らく国一番の遊び人であろう。


 そのエルムハインツ殿下が手もつけずに嫁に欲しいと直接に申し出たのだから、周囲が本当に驚いたものである。

 伯爵夫妻はすぐにも応接間に通された。


 エルムハインツが、すぐに姿を現した。

 椅子に座るとすぐに渋い顔でエルムハインツが尋ねた。


 「 わざわざ、夫妻がお揃いで見えられたにもかかわらず、肝心のリディア嬢が居

  ないと言うことは、・・・・。

   悪い返事かな?」


 エルムハインツに先を越され、冷や汗を掻きながらデメトリオス伯爵は言った。

 「 殿下直々のお申し出、我がアダーニ家にとっても過ぎたるお話しなれど、生憎

  と娘リディアは既に心に決めたお人がございます。


   折角の殿下の思召しながら、私ども夫婦といたしましては、伏してお詫び申し

  上げ、御断り申し上げるほかございません。

   どうか、寛大なる御心でお許し下さりませ。」


 「 ふむ、私の普段の素行の悪さがリディア嬢の不快を誘ったかな。

   しかしながら、私は本気でリディア嬢に惚れたのだ。

   それゆえ、おいそれとは引き下がれぬ。


   そのリディア嬢に惚れられている幸せな男とはどのような男なのだ?

   私に勝る男ならば潔く引き下がることも考えぬではないが、どうでもよい男な

  らば、私の沽券に掛けても引き下がれぬな。」


 デメトリオスは血の気が引いた。

 そのデメトリオスに代わって、イスメラルダが口を開いた。

 「 殿下、リディアが心に決めた相手は、リディアが危ういところを助けた一介の

  剣士にございます。

   私ども夫婦の見るところ人品卑しからず、貴族の子息であってもおかしくない

  人物と見ました。

   リディアが15歳の折から、リディアの護衛として、また教育係として傍にお

  ります。」


 「 ほう、では二年余りになるか・・・。

   で、既に二人は男女の関係にあると申すか。」


 「 いえ、二人は至って清い仲にございます。」

 「 何故に年頃の男女がその様に長い付き合いで清いままで居られるのか、私には

  信じられぬが。

   そのような意気地の無い男と比べても私は劣るのか。」


 「 殿下とお比べするのは誠に恐れ多いことながら、正直申し上げて、ほんの少し

  殿下が劣るやも知れません。」


 流石に面と向かってそう言われてむっとしたようにエルムハインツは言った。

 「 どのようなところが劣ると申すか。」


 「 はい、恐れながら、その殿方は剣を取らせては天下無双にございますゆえ、剣

  で勝りましょう。」


 「 剣とな?

   私もキュロス武道館では高弟の中に入っており、相応の腕前の筈だが、それで

  も駄目か。」


 「 はい、殿下はその殿方に武道では敵いますまい。」

 「 ふむ、で。

   他にもあるのか。」


 「 楽器を演奏させれば宮廷楽師並みかそれ以上の腕前にございましょう。」

 「 他には?」


 「 細工が上手の様でございます。

   リディアの誕生日に贈られた品物はその殿方の手作りにございましたが、それ

  は見事な出来栄え。

   後刻、出入りの商人に見せましたところ少なくとも金貨三十枚分の価値がある

  とのことにございました。

   おそらくは、このサルメドスでもそれほどの価値ある小間物を造れる者は、数

  少ないと存じます。」


 「 何を造ったのじゃ。」

 「 一つは、竹で造った人形。

   今一つは、べっ甲で造った櫛にございますが、綺麗な貝殻の小片を埋め込んで

  ございました。

   いずれも、野にあった物或いは海辺で拾い集めた物と聞き及んでおります。」


 「 何と、余程高い材料であつらえたと思ったが、違っていたか。

   で、その細工師で、楽師で、剣士のどこにリディア嬢は惚れたのじゃ。」


 「 さて、しかとは判りませぬが、おそらくはお人柄にございましょう。」

 「 うーん、・・・。

   名は何と申す。」


 「 ギルバート・ファルスレットと申す方にございます。」

 「 歳は?」


 「 確か、23になったばかりと記憶しております。」

 「 若いな・・・。

   それでいて天下無双とは・・・。

   本当の話しか?」


 「 お疑いにございますか?」

 「 ちとな、・・・。

   その者、リディア嬢の警護役ならば、此の度も上京しているのであろう。

   邸に、・・いやキュロス武道館に連れて参れ。

   私が直々に会って検分してくれる。」


 「 検分なされて納得できましたなら、我らの我儘御許しいただけましょうか。」

 「 納得できたならな。

   だが、その色男、場合によっては足腰立たぬほど打ちのめすかも知れぬがそれ

  でもよいか。」


 「 止むを得ませぬな。

   殿下あるいはその他の方に打ちのめされるならば、所詮はその程度の殿方。

   リディアも或いは諦めるやもしれませぬ。」


 平然と答える伯爵夫人の顔をしげしげと眺めてからエルムハインツは言った。

 「 伯爵夫人、どうやら、今の話は、そなたの本心ではなさそうだな。

   だが、それを拠り所にするしか私には手がなさそうだ。

   明日、午後半ばにキュロス武道館に連れて参れ。

   リディア嬢も一緒にな。


   そのギルバートとやら、キュロス武道館を五体満足に出られるようなら、この

  ザルツ宮で晩餐会じゃ。

   祝勝会か残念会かわからぬが、まぁ、酒でも飲んで一時を過ごそう。

   翌日はそなたの館で宴が有ったはずだが、そちらに出席するかどうかは明日次

  第だな。」


 取り敢えず、エルムハインツの縁談の話は、据え置きとなった。

 エルムハインツが怒りだすのではないかとひやひやしていたのだが、流石に人扱いに長けているようで、さしたる理由も無く、伯爵領を取り上げるような無粋な真似をする男では無かった。

 だが、イスメラルダには不安の種は残った。

 ギルバートが果たして古今無双の剣士か否か明日の武道館で試されることになろう。

 その結果如何では、エルムハインツの縁談話は残ることになる。

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