第31話 ペリデロンの最高機密

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 「 おやおや、随分と凄いお話しね。

   5歳の時の記憶がそんなにはっきりとしているなんて。」


 「 ううん、別に不思議じゃないわ。

   だって、それから毎日のようにずっとクルス様の言葉を繰り返していたんだも

  の。

   私の御婿様になる人はどんなお人かなって。

   それが私の寝る前の楽しみだったもの。」


 「 ふーん、リディアの子守歌代わりなのね。

   それなら、覚えていて当然かしらね。

   で、ギルバート殿にそれが符合するのね?」


 「 ええ、ギルバート様には予言の細かなところまで言ってはいないのだけれど、

  全部に符合するはずよ。」


 「 まぁ、リディアを助けたし、・・。

   クリスティナも人知れず助けられたそうね。

   でも、ヘルメスは?」


 「 うーん、それは内緒の話なんだけれど・・・。

   秘密にすることをお約束いただけたらお母様にだけはお話しします。」


 「 ええ、いいわよ。

   この際だから約束します。」


 「 あのね、アドニス師とギルバート様が色々と調べて判ったことは、ルキアノス

  お兄様を殺害したのはシュクラと呼ばれるザッカレルの一族なの。

   私を襲ったのも同じシュクラだし、ハトラ領の御姉さまのいる御屋敷を襲おう

  としていたのもシュクラの一団。


   ザッカレルは金を貰って暗殺を請け負う闇の組織よ。

   シュクラにアダーニ一族の跡継ぎを皆殺しにするよう依頼したのが、ラロッシ

  ュ伯爵なの。」


 ラロッシュの名が出たところで、何故そのようなことが判るのかとイスメラルダに疑念が湧いた。

 ラロッシュ伯爵の領地は、ロルム王国の北東部の草原地帯である。

 一方のベリデロンは南西部にある。

 同じロルム王国とは言っても対極にある一番遠くの領地であり、恐らくは500ケニルを超える距離があるだろう。


 ベリデロンと比べ三倍以上の面積を持つ、寒冷な気候の領地である。

 牧場が多く、名馬の山地として名高いし、シャガンド王国との主要街道があってロルム王国の防衛の要衝でもあることから、古くから有数の大貴族が歴代の領主となっている。

 但し、経済的にはベリデロンに及びもつかないだろう。


 イスメラルダが問いかけようとしたが、リディアは構わず先を続けた。

 「 ラロッシュ伯爵は、シュクラの手の者と思われる人に殺害されたことになって

  いるけれど、実のところは、後顧の憂いを絶つためにギルバート様が二人を手に

  掛けたのよ。

   ギルバート様は、私にも内緒にしていたけれど、私がアドニス師を問い詰めて

  聞きだしたの。」


 実のところリディアはアドニスに質問などしていない。

 リディアは、テレパスを覚えたての頃、アドニスの意識を読んでしまったので知っているのである。


 「 ラロッシュ伯爵は、どうもベリデロンの領主になることを夢見ていたようよ。

   だから、跡継ぎの一人であるルキアノスお兄様を暗殺した。


   でも予想外に騒ぎが大きくなり過ぎたので、その後は一時鳴りを潜めた。

   ほとぼりが冷めたので、先ず私とクリスティナ御姉さまを亡きものにしようと

  した。

   ベネディクトの御屋敷を襲った者達は、御姉さまの二人の幼子までも道連れに

  しようとしていたようよ。


   あ、これはギルバート様がシュクラのつなぎ役を殺す前に確認したらしいわ。

   全ては、アダーニの一族が残らないようにするためよ。

   ベリデロンと言えばアダーニ一族の領地とまで言われているぐらい長い歴史が

  ある。

   でも、何故かここ10年来で随分と近い親族が亡くなったでしょう。

   病気や事故で亡くなった方もいらっしゃるけれど、暗殺された方もいらっしゃ

  る。


   そのほとんどが、実はラロッシュ伯爵の依頼で起きていた。

   余り一度に死ぬと流石に騒ぎになってしまうし、ラロッシュが陰に居ることを

  知られてもまずい。

   そこで随分と長い時間を掛けて一族を消すことにした。

   私達を消した後は、お父様とお母様を残して、キャラハン子爵の一家を狙う予

  定だったそうよ。

   あそこも遠戚だけれど、アダーニ一族のひとつ。


   そうしてキャラハンが片付いたら、お父様とお母様を亡きものにしてしまう。

   そうすればベリデロンを継ぐアダーニ一族がいない。

   その上で、ロルム王家に色々と取り入って、ベリデロンに領地替えをしてもら

  う算段だったようよ。


   いずれにせよ、私の場合も御姉さまの場合もギルバート様が未然に防いでくれ

  たのだけれど、私とクリスティナ姉さま、それにヘルメスお兄様が生きている限

  り、刺客はシュクラから送られてくることになったでしょうね。


   お兄様の場合は、このサルメドスからの帰路を狙っていたようよ。

   王都の中では目立ってしまうけれど、街道筋ならば左程でもないと考えていた

  様ね。


   ギルバート様は、ヘルメスお兄様も助けることにしたのですけれど、仮に三人

  が同時に狙われたなら、守れる者も守れない。

   それに、ベリデロンの騎士たちやベネディクト邸の人達が警護をすることにな

  るでしょうけれど、その方達の命が無為に失われることもギルバート様は避けた

  かったようなの。


   で、ギルバート様は、暗殺を依頼した黒幕のラロッシュ伯爵と、シュクラとの

  仲立ちをした請負人の男ミレルを殺害した。

   シュクラの長は、請負人の窓口にしか過ぎないミレルが何故に伯爵と相打ちに

  なるようなことをしたのか不審に思った様だけれど、雇い主が死ねば彼らには暗

  殺を続行する義理は無いわ。


   彼らは臣下では無いし、あくまで金で仕事を請け負っているだけで雇い主と深

  い関係があるわけでもないの。

   金の切れ目が結局シュクラに手を引かせる大きな原因になった。

   結果として、ヘルメスお兄様がサルメドスからお帰りになる時は何事も起きな

  かった。


   でもそれはギルバート様が先手を打って、ラロッシュ伯爵の命を奪ったからな

  のよ。

   後を継いだラロッシュ・ジュニアは暗殺には何も関わってはいないわ。

   全ては亡くなったラロッシュ伯爵が企んだことなの。


   これが仮に表沙汰になれば、ラロッシュ・ジュニアも領主の座から滑り落ちる

  ことになるから、ギルバート様は、そのことをアドニス師以外には話していない

  の。」


 イスメラルダが浮かんだ疑問をそのまま言葉にした。

 「 何か証拠があったの?

   ラロッシュ伯爵の領地ネザールは遠いわ。

   どうやって、そんなことを調べることができたのかしら。


   殺害したと言っても、彼はこのベリデロンから離れていないはず、随分前に領

  内の旅に出られたことはあるけれど、ラロッシュ伯爵の亡くなった時期とは違う

  わ。

   ラロッシュ伯爵が亡くなったという知らせの暫く後に、ヘルメスが戻り、そう

  してまた暫くしてからギルバート殿が二回ほど旅に出られたはず。」


 「 あら、お母様良くご存じ。

   その通りよ。

   それを言うならベネディクト邸の賊だって同じでしょう。

   幾ら隣だと言っても、ここからハトラ侯爵領に行って戻ってくるのは半日では

  無理よ。


   前の晩、オーストロ男爵の晩餐会があって、ギルバート様が遅くまで私をエス

  コートしてくれていた。

   そうして翌朝の食事には顔を出していたわ。」


 「 あら、そう言えばそうね。

   でも、一体どうやって?」


 「 アドニス師から、聞いていませんでしたか?

   ギルバート様は、大魔法師の素質があると。」


 「 ええ、聞いていたわ。

   でも、素質があっても修練をしなければ魔法師にはなれないでしょう。

   ギルバート殿が魔法の修練をしているなど聞いたことがないわ。


   宮廷魔法師のレオニード殿が盛んにギルバート殿のことを探っていたようだけ

  れど、魔法師の片鱗も認められずに帰ったとアドニス師から聞いたわよ。」


 「 それは、そうですよ。

   下手にギルバート様の力を知られては、魔法師長のアルバロン殿に目をつけら

  れてしまうわ。

   あの方は人一倍保身を大事にするお方、増してロルム王家に仇なす力を持って

  いるなら、絶対に目の敵にするはず。


   だから、秘密にしているの。

   実のところギルバート様は、魔法師でも特に秀でた者しか使えないというデュ

  スランを使えるの。

   だから遠い所へも瞬時に移動できます。

   それで、ベネディクトの屋敷にも行かれたし、ネザールにも行ったのよ。」


 正直な所、そんな話が飛び出て来るとは思っても居なかったイスメラルダであるから、本当に目を真ん丸にして驚いていた。


 「 おやおや、そのことを知っているのはアドニスとリディアだけなの?」

 「 いいえ、お父様とヘルメスお兄様も御存じのはずよ。

   だって、ベリデロンの御城が魔法の攻撃に晒されそうになった時、それを防い

  だ上で、逆に襲撃を掛けた魔法師の一団を成敗したのもギルバート様なのですけ

  れど、その時に、お父様とお兄様の見ている前でデュスランを使われたから。


   でも、これはベリデロンの最高機密なの。

   だからお母様も絶対に他言しては駄目よ。」


 「 なるほどねぇ。

   それでわかったわ。

   伯爵もヘルメスも随分とギルバート殿への接し方が変わったもの。

   何故だかわからなかったけれど、漸く得心が行きました。


   でも、その魔法を使える話は御断りの口実にはできませんね。

   ロルム王国一の剣士として、エルムハインツ様には申し上げるしかないわね。

   それと、貴方とギルバート殿は相思相愛とも。

   それぐらいは言っても差し支えないでしょう。

   問題は、それで納得していただけるかどうかだけれど・・・。」


 イスメラルダはそう言いつつ不安そうな表情を隠そうともしなかった。

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