第30話 クルトの予言

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 呼び出されたギルバートは、伯爵と伯爵夫人が揃っている部屋に案内された。

 ギルバートは必要がある場合以外は人の心を読み取ったりはしない。


 相手に何らかの害意がある場合にのみ自動的にわかるようにはしているが、そうでない場合は普段通りのままがいいと考えているからでもある。

 そうして伯爵夫妻から切りだされた話は意外なものだった。


 「 ギルバート殿、実は娘リディアのことなのだが、・・・。

   国王陛下の第二王子であるエルムハインツ殿下から婚儀の申し入れがあった。

   リディアの意向を確認したところ、リディアはギルバート殿以外の男に嫁ぐつ

  もりは無いとはっきり申した。

 

   正直なところ、王国の一領主たる立場から言えば困ったことになっているわけ

  だが、私もイスメラルダもできれば娘の意向を大事にしたいと考えている。

   ただ、何の理由もなしに主筋の申し入れを御断りするわけには行かない。

   無論、正直に殿下に申し上げることはできるのだが、取りあえず返事は保留し

  ている。


   それで、・・・。

   ギルバート殿さえ良ければリディアと婚約をしてもらえないだろうか。

   さすれば、十分相応の理由となるとわしは思っている。

   殿下の申し入れよりも先に、既に二人は婚約を言い交わして居ることにすれ

  ば、或いは、殿下も諦めてくれるやもしれぬでな。」


 「 伯爵殿、仮にそのようにお話ししたとてもエルムハインツ殿下が諦めぬ場合は

  如何なされますか?」

 「 左様、場合によっては、領地と爵位を御返し申すことも考えておる。

   主筋の願いが叶えられぬとあれば、御役目辞退も止むをえぬかとな。」


 「 それはまた、随分と重大な御決意を・・・。

   名家アダーニ一族の名が無くなるのを覚悟と言うことですか。」

 「 イスメラルダは、娘の幸せを願うのが親の務めだと申してな。

   わしもそれに同意した。

   娘に家の存続のために人身御供にさせるのは忍びない。

   リディアのためならば、家名も捨てて良いと二人で話し合った結果じゃ。」


 「 左様ですか・・・・。

   ならば、嘘をつかずに正直にエルムハインツ殿下にお話し申した方が宜しいの

  ではないでしょうか。

   リディア姫は、18歳になれば改めて嫁ぎ先を考えることになります。


   エルムハインツ殿下もその候補にはなり得るのですが、今の段階では、エルム

  ハインツ殿下の入り込む余地はないと申し上げるのです。

   要すれば、私の名を出しても構いませぬ。


   私も、リディア姫が18歳になれば、結婚を申し込むつもりでおりますが、今

  は、まだ、その時期ではありません。

   恐らくは、最初にリディア姫に意向を確認し、その上で伯爵ご夫妻の御許しを

  願うことになるでしょう。」


 「 仮に、わしらが赦しを与えない場合はどうなるな。」

 「 その場合は、必要に応じて駆け落ちでもするかもしれませんが、いずれにせよ

  その時になってみなければわかりません。

   先ほど伯爵が仰せの婚約とは互いに二人を拘束するものです。

   今の時点では、少なくともリディア姫を拘束したくはありませんので、婚約と

  いう申し出には賛成できかねます。」


 「 ほう、そなたも拘束を嫌うか。」

 「 私自身はともかく、リディア姫にはより多くの選択肢を与えることが望ましい

  と存じます。」


 「 ふむ、・・・。

   伯爵としてではなく、敢えて年頃の娘を抱える一介の男親と女親として尋ねた

  いのだが、リディアを嫁にする気はあるのかな?」

 「 はい、ございます。

   それゆえ、時期が来るまで御待ちするのです。」


 「 あるなら、何故に婚約を嫌うのだ。

   婚約とは確かに結婚を約するものではあるが、同時に破棄することも有り得る

  約束ではないか。

   互いに惹かれているならば、婚約をしても差し支えないのではないか?」


 ギルバートは苦笑した。

 「 伯爵、失礼ながら約束とは違えるためにあるのではございませぬ。

   守るためにあるのです。


   私は自らの信条として一旦口に出したことは守るようにしています。

   ですから、お互いに確信が持てるまではそれを口にはせぬことが望ましいので

  す。


   そうして私とリディア姫に関して言えば、リディア姫の18歳の誕生日がその

  最低限度の条件なのです。

   それまで待って、互いに思いが変わらなければ婚約が初めてできると思ってい

  ます。」


 「 そなたも、リディアも、頑固者じゃな。

   一体、リディアの18歳の誕生日にどのような意味合いがあるのじゃ。」


 「 詳しくはリディア姫にお尋ねになるのが宜しいかと存じますが・・・。

   リディア姫が幼き折に、アドニス殿の前の魔法師殿が占いをしてくれたそうに

  ございます。

   それによれば、リディア姫は18歳になって嫁ぐことになるそうです。


   なお、魔法師殿のその占いが、今のところこの私に符合しているとのことでし

  た。

   私自身は必ずしも予言にこだわる者ではありませんが、リディア殿がその成就

  にこだわる以上、私もそのこだわりに最大限の配慮を払いたいと思います。」


 「 何と、アドニスの前の魔法師と言えばクルスか・・・。

   クルスなれば、あるいはそのような予言をするやもしれぬ。

   希代の魔法師と言われ、長く王宮の魔法師長を務めた男じゃが、身に覚えの無

  い盗みの嫌疑を掛けられ、嫌疑を掛けられることが自らの不徳と言って、魔法師

  長を辞した。


   わしは、そのクルスの無実を信じて、ベリデロンに来てもらったのだ。

   その後を継いで魔法師長になったのが、マレウスなる男じゃったが、そのマレ

  ウスの罠に嵌められたことがわかったのは、クルスがこの世を去ってからじゃっ

  た。


   マレウスの弟子がクルスの役宅に盗品を隠したのだが、マレウスの身勝手な振

  る舞いに愛想を尽かし、その弟子が国王に直訴したのじゃ。

   マレウスはそれを知るや、逃亡しおったわ。


   いずこに居るかは知らぬが、生きておれば良からぬことをしているに相違ある

  まい。


   クルスは、リディアを可愛がっておったでのう。

   リディアもその縁でその様なことを聞いたのやも知れぬが・・・。


   それにしても、クルスが亡くなってからもう10年も経つ。

   それ以前に予言を教えてもらったにしても、リディアは当時5歳か6歳、幼い

  リディアがその様なことを覚えておるものだろうか。」


 「 さて、真偽のほどは定かではありませんが、リディア姫は、5歳の時にクルス

  殿から教えていただいたと申しております。」


 「 何と、5歳の時に・・・。

   ようも覚えておったものじゃ。

   イスメラルダ、そなたは何か聞いてはおらなかったのか?」


 「 いいえ、そのようなことは一度も聞いたことはございません。

   ギルバート殿、リディアは貴方の何が予言に符合していると申しましたのです

  か?」


 「 さて、その儀は、リディア姫にお尋ねになるのが宜しいでしょう。

   私の口から申すのはいかにも僭越と思われます。」


 「 そうですか、・・・・。

   ではリディアには私から尋ねてみましょう。

   クルス殿がどのような予言をなされたのかそれも気になりますしね。

   お前様、再度リディアから話を聞いて、その上で判断いたしましょう。

   御断りするにしても、理由を告げねばなりますまい。

   ギルバート殿の意向は判りましたし、リディアは余程のことがあっても意思は

  曲げますまい。

   リディアは真底ギルバート殿を慕っています。

   ならば、結論は見えておりますが、ギルバート殿の申す通り、小細工を弄する

  よりは、正直に申し上げた方が判りやすいと思われます。」


 デメトリオスは頷いた。

 ギルバートが辞すと入れ替わりに再度リディアが呼ばれた。

 待っていたのはイスメラルダだけである。


 「 リディア、ギルバート殿にお話しを伺いました。

   お父様から、ギルバート殿に、エルムハインツ殿下のお申し出を断るために、

  そなたと婚約をしてもらえないだろうかと申し入れましたが、あえなく断られま

  した。」


 ある意味でリディアはどきりとした。

 ギルバートは私と結婚する意思は無いと言ったのだろうかと、大きな不安がよぎったのである。


 その表情の変化を読み取ったのか、くすりと笑ってイスメラルダは続けた。

 「 安心なさい。

   ギルバート殿は、貴方が18歳の誕生日を迎え、なおかつ二人の慕い合う気持

  ちが変わらねば、ギルバート殿から結婚を申し入れますと申されました。」


 リディアのひきつった顔が漸く緩み、輝くばかりの笑みを浮かべた。

 「 お母様、ギルバートが本当にそう申されたのね?」

 「 ええ、確かに・・・。

   でも、リディア、・・・。


   貴方、何時からギルバート殿のことを呼び捨てにするようになったの?

   ギルバート殿は、貴方の命の恩人、ましてや貴方よりも年上の殿方ですよ。

   貴方の使用人のようなぞんざいな口利きをするなんて・・・。」


 呆れたようにイスメラルダは言った。

 多少怒っているようで、眉をひそめている。

 怒った時のイスメラルダの癖である。


 「 あ、つい、出ちゃった。

   ギルバートに姫と呼ばれないように、お互いに敬称をつけないで言うようにし

  ましょうと私から申し出て約束したの。

   人前では言わないつもりだったけれど。

   つい出ちゃった。

   ギルバートは私のことをリディと呼んでくれるの。

   でもお母様の気に障ったなら、御免なさい。

   気をつけます。」


 「 まぁ、当人同士が構わないなら、私が言うことではないかもしれない。

   でも、やはりね。

   人前では注意なさい。」


 イスメラルダも少しは機嫌を直したようだった。

 「 先ほどの話に戻るけれど、貴方にもその意思が無いのであれば、エルムハイン

  ツ殿下にはどうしても御断りを致さねばなりません。

   大きな賭けですが、貴方のお父様は領主の地位を捨てる御覚悟で御断り申し上

  げることになります。


   ですから、結果として、貴方はギルバート殿を得ることができるかもしれませ

  んが、伯爵の娘と言う立場を捨てなければならないかもしれません。

   貴方にその覚悟がありますか?」


 「 はい、ギルバート様の妻になれるならば、何も惜しくは有りません。

   ただ、・・・。

   そのためにお父様やお母様に辛い思いをさせたくは無いけれど・・。

   それにお兄様も・・・。」


 「 そうね、貴方の我儘でヘルメスも浪人になるかもしれませんね。

   でも、ヘルメスも多分賛成してくれると思いますよ。

   そうして、貴方はその様なことを気にかける必要はありません。


   仮にそうなったにせよ、それはなるべくしてなったこと。

   誰のせいでもありません。

   むしろ、私達のために貴方が人身御供になることは避けなければなりません。

   そんなことにでもなったら、残った私達の方が重荷に感じてしまうわ。


   ただね・・・。

   貴方が幼い時にクルスから聞いたと言う予言を聞かせて貰えるかしら。

   貴方から一度もその話を聞いたことが無かったし、エルムハインツ殿下に御断

  りするにしても理由の一つに貴方の予言を使えるかもしれないと思っているの。

   どうかしら?」


 「 ええ、・・・。

   お母様にも話していなかったのは、予言が当たるかどうか私も半信半疑だった

  からで、別に秘密でも何でもないからお話しします。


   私が5歳の時、クルス様のところに一人で遊びに行って、色々と話をしていた

  ら、クルス様に尋ねられたの。

   リディアは、大きくなったら何になりたいのかって。

   で、私はどなたかと結婚してお母様のようにお嫁さんになりたいと申し上げた

  のよ。


   そうしたら、クルス様が微笑みながら、では姫のつれあいとなる方と何時巡り

  合うか占ってあげようとおっしゃって、水晶の玉を随分と長い間見ていらっしゃ

  った。

   本当に長く掛かったのよ。

   そうして、大きなため息をつかれてからクルス様は仰ったわ。


  『 姫、そなたの連れ合いとなる殿御は大層な御方じゃぞ。

    これほど先の読めぬ相手は初めてじゃ。

    何やらそのお人がわしの予言を妨げておるようじゃでな。

    中々に見えなんだ。


    じゃが、時間を掛けて漸く見えた。

    その殿御は姫が15歳になる前に、この世に現れる。

    現れると言うても生まれるわけではないぞ。

    その殿御は姫よりも年上じゃからのぅ。


    姫が初めて出会うた時、その殿御はこの国の言葉とは違う言葉を話しておる

   じゃろう。

    姫の知らぬ言葉じゃし、姫が話しかけてもその殿御は姫の言葉も理解できぬ

   筈じゃ。


    じゃが、頭の良い殿御じゃでな。

    さほどの時を経ずしてこの国の言葉を覚えてしまわれる。

    途方も無い力を持っておるし、剣士としては恐らく大陸随一の腕前のはず。

    敵う者はまず居るまいて。


    姫と出会う以前のことはどうしても見えぬ故、何処の誰それとは言えぬ。

    じゃが、姫の危ういところを助け、なおかつ、そなたの兄様と姉様も助ける

   ことになるじゃろうな。

    そうしてこのベリデロンの危うい時に、その方の力でこのベリデロンも救わ

   れることになろう。


    その殿御は、この世界の全てを統べる力を持っておりながら決して野心を抱

   かぬ心正しきお人じゃ。

    姫と知り合い、姫が18歳になった折に結婚することになるじゃろう。

    姫は、幸せ者じゃな。

    姫が思う以上に末永くその殿御と連れ添うことができるじゃろう。』


  クルス様は確かにそう言われたのよ。」

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