第29話 王都参詣

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 初夏であるエレナム月、リディアは17歳の誕生日を迎えていた。

 リディアの身体付きは殆ど成人と変わらないぐらいであり、胸の膨らみも大きくなっていた。

 日頃の鍛錬の所為でメリハリのついた身体は女性としてもう殆ど成熟しかかっていると言えよう。


 リディアの専属であるメルーシャも驚くほど贅肉の少ない身体は、細身であるが鍛えられた筋肉と輝くばかりの肌を持っており、侍女たちの称賛の的である。

 それにもまして整った顔立ちは誰しもが目を奪われるほどの美形であった。

 そうして、三年に一度の王都参詣の時期が間もなくやってきた。


 三年に一度、各領地を預かるロルム王国の領主は、一家を引き連れて王都に参詣し、1カ月の間、王都にとどまることが義務付けられている。

 無論、後を預かる者がいなければならないので、今年はヘルメスがその留守の任に当たるのだが、デメトリオス、イスメラルダ、それにリディアは王都に出向くことになる。


 中夏のファルナム月初旬、ベリデロン伯爵は妻子を連れて王都参詣の旅に出た。

 慣例により家臣たちの四分の一ほども引き連れて行くのだが、その中にギルバートも入っていた。


 魔法師のアドニスは留守番であり、一番弟子のルスカが数人の弟弟子を連れて行くことになる。

 ハインリッヒはやはり留守番である。


 リディアは王都参詣をある意味で楽しみにしていた。

 ベリデロンはロルム王国第二の都市ではあるが、王都サルメドスは倍の人口を抱える大都市であり、多くの商店も建ち並ぶ経済都市である。


 ベリデロンには無い物も、サルメドスならば入手できるのであり、何より、都で今流行の衣装などに興味があったのである。

 王家への貢物を満載する荷駄隊まで引き連れる参詣はある意味一大行事であり、途中の宿場町は必ず宿泊しながら行くのが慣例である。


 従って、通常の旅人ならば10日もあれば十分辿りつく行程であるが、参詣の旅は片道16日を要する実にのんびりとした旅でもある。

 同時にかなりの経費もかかり、貧乏所帯の領主はその工面に汲々とすることもあるのだが、ベリデロンは財政的には豊かであり、その様な苦労は無い。


 中夏中旬に王都に到着したベリデロン伯爵の一行は、一旦は王都内の伯爵別邸に入ったが、伯爵一家は、少数の供を引き連れて、すぐにその足で王宮に出向いて国王ベラクルスに拝謁をしなければならなかった。

 拝謁は参詣で王都到着を告げるためのごく短い挨拶を行うだけである。


 ギルバートも供の一行に入っていたが、拝謁は伯爵の一家だけになるため、王宮の片隅で待機をしているだけである。

 その間に王宮内のあらかたの意識は探ったが、特段の不穏な動きはない。


 但し、王都内には幾つかの間諜組織が入り込んでいることがわかった。

 シェラ大陸のシャガンド王国、ムレダリア王国、エンブラス王国の外にも、ネブロス大陸のクロバニア王国、エルトリア王国、ラシャ大陸のアケラム王国など目白押しである。


 これらの王国はいずれも大使館をサルメドスに構えており、そこが巣窟になっている。

 中でもシャガンド王国はこれ以外にも二つの屋敷に拠点を置いていた。


 王都到着の翌日は、伯爵のみが登城して、国王に3年間の主な出来事を概説する儀式がある。

 報告自体は、宰相に文書でその都度あるいは毎月報告はなされており、実質的な意味合いは無いのだが、これも参詣の慣例行事の一つである。


 そうして、王都到着の三日後には王家主催の舞踏会が催され、更にその二日後にはベリデロンが答礼舞踏会を、四日後、六日後、八日後に同時期参詣のマレーシャス公爵とクロイデル伯爵更にカレイザス伯爵の答礼舞踏会がある。

 その後も各大使館の行事などが目白押しであり、1カ月の王都滞在の間は社交界の花盛りである。


 この時期、ベリデロンより北に位置するサルメドスと雖も、料理には相当気遣わなければならない。

 何しろ、盛夏前とは言ってもかなり気温が上がる時期であり、特に生ものは痛みが早いのである。


 そのために料理人はかなり気を使うことになるので、伯爵は城塞の料理人の半数を引き連れて来ていた。

 伯爵夫人もその令嬢も中央社交界に出席するとあって衣装だけでも荷馬車一台分を用意させている。


 王家主催の舞踏会にはギルバートもリディア姫のエスコート役としてお供した。

 王宮のホールはベリデロン城塞のものに比べると倍以上に大きいのだが、4つの領主が一堂に会し、なおかつ王都の貴族や各国大使など多数が出席するので、そのホールすらも手狭になるほどである。


 舞踏会での注目は、一際美貌を際立たせているリディアに集まった。

 そうしてその傍らに寄り添うギルバートにも視線が集まる。

 多数の若い貴族子女の中にあって、この二人ほど美男美女の組み合わせはなかったし、そのどちらもが耳目を惹きつける対象であったからである。


 ギルバートにもリディアにも当然のごとくダンスの申し込みが殺到した。

 このため最初のダンスが一度だけで、ギルバートのエスコート役は終わっていた。

 ギルバートもリディアも申し込んできた男女の相手で精一杯であったのである。


 その翌日には、リディアの美貌とギルバートの美男振りが王都中に伝わり、あちらこちらで噂になって、貴族の子女がベリデロン伯爵別邸に多数押し掛ける騒ぎになっていた。

 男はリディア姫の関心を、女はギルバートの関心を惹こうとあれこれと画策してやってくるのである。


 特にリディアには多くの花束が届けられ、リディアの部屋はさしずめお花畑のような様相を呈していた。

 ギルバートの元にも多くの貴族の娘から付け文が届けられていた。


 リディアにもギルバートにもデートの申し込みが殺到していたが、両者ともその御誘いには丁重な御断りをしていた。

 そんな中で、ロルム王家の第二王子であるエルムハインツ殿下が、わざわざ別邸に出向いて来て騒ぎになった。


 エルムハインツは、リディアに一目惚れし、是非とも花嫁にと申し入れをしてきたのである。

 通常であれば、御側筋の者が言伝するものだが、異例のことにエルムハインツは直接に申し入れて来たのである。


 本来であれば玉の輿である。

 臣下筋としては受けるのが当然の立場であるのだが、デメトリオス伯爵は返事を保留した。


 デメトリオス伯爵は、娘リディアの意向を知っていたからであり、その意向を大事にしたいと考えていたからである。

 その夜、デメトリオスはリディアを呼んで、結婚の申し入れがエルムハインツ殿下からあったことを伝え、リディアの意思を確認した。


 リディアは即座に返事をした。

 「 お父様のお言いつけでもその御話には従えません。

   私には心に決めた方がいます。

   その方に断られたなら、あるいは御話に同意することもあり得ますが、そうで

  ない限りお断りします。」


 「 ふむ、・・・。

   お前の意中の男とはギルバート殿かな?」


 何の躊躇も無くリディアは答えた。

 「 はい。

   その通りです。」

 「 ギルバート殿には、そなたの意思は伝えてあるのか?」


 「 ギルバート様には、私が18歳になったら、申し入れをする旨お伝えしていま

  す。」

 「 ほう、・・・。

   何故に、18なのかな。

   エルムハインツ殿下は、今のそなたでも嫁に欲しいとの仰せだが・・。」


 「 あくまで私の考えですが、18歳になるまでには、心身ともに嫁に行く準備を

  整えたいと考えています。

   ですから、その前に嫁に行くことなど考えてもいませんし、ましてやギルバー

  ト様以外の殿方の元へ参るなど論外です。」

 「 なるほど・・・。

   お前の気持ちはわかった。

   後は、ギルバート殿の意向だが、今の時点でわしから尋ねても良いかな?」


 リディアは、少々焦った。

 事がギルバートまで波及するとなると問題である。

 だが、自分の思いを貫くためには、ここで譲歩することはできなかった。


 「 お父様、先ほど申し上げたように、私は今の時点でギルバート様の意向確認を

  したいとは思いません。

   無論、ギルバート様以外に私の嫁ぎ先など有り得ないのですが・・・。

   でも、お父様がどうしても確認をしたいとの仰せならば、どうぞ御気の済むよ

  うに。

   でも、どのような返事であれ、私の気持ちに変わりは有りません。」


 「 ふむ、私もギルバート殿に無理強いするつもりはさらさらない。

   だが、領主たる者、無暗に国王の血筋からの申し出に抗うこともできないのも

  事実。

   まぁ、わし自身は、そなたの意向次第と考えておるから、場合によっては領地

  など御返し申し上げてもいいとは思うているがな。

   わかった。

   では、ギルバート殿にも尋ねてみよう。

   そなたも立ち合うかな。」


 リディアは暫し迷った末に答えた。

 「 いいえ、今は立ち合わない方がいいと思います。

   聞こうと思えばギルバート様は何時にても教えてくれるはずですから・・。」

 「 そうか、・・・。」


 伯爵は近従のものに指示をした。

 「 今から、ギルバート殿をここへ呼んでくれぬか。」


 そうして伯爵は、微笑みながらリディアに言った。

 「 リディア、そなたは部屋に戻っていなさい。」


 リディアは素直に従った。

 だが、一方で気持ちが千路に乱れていた。


 今の時点でギルバートが必ずしもリディアを嫁に迎えることに了解をしてくれるかどうか不安なのである。

 それでもリディアとしては時が来るのをひたすら待つしかなかった。

 それが予言に託されたリディアの定めでもあると思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る