第28話 軍船の開発

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 ヘルメスとギルバートが打ち合わせていた計画が軌道に乗り始めた。

 海軍艦艇の新造船二隻ができ上がったのである。

 これまでの海軍艦艇と異なるのは帆の数が増えたことである。

 三本マストが四本マストになり、最前部に大きな三角帆が四枚とり付けられていた。


 船体の底には銅板が張り付けられ、船の抵抗を少なくしていたし、通常よりも深いキールが直進性を高め、風下に落とされる率が減ったので操船性能が格段に上がっていた。

 また主要構造部に通常よりも寸法の大きな梁や柱を使い、剛性を高めていた。

 新造船は実のところ大きな木材を使わずに造り上げた全く新たな構造の船である。


 通常船にはキールやビームと言った骨材が使われる。

 この木材は大木を切りだして使うことになるが、芯が真っ直ぐな樹木は中々にない。

 仮にあっても山の中であり、切り出し運搬に手間暇が掛かり、どうしても莫大な建造費用がかかるのである。


 しかしながら、この船は均一な材質の木材を比較的小さな小片にしてそれを組み合わせたものである。

 但し、細工は極めて精巧にしなければならなかった。

 今一つ、それら小片は組み合わせて形を成すが、それだけで十分な堅牢性を持つものであるけれど、ギルバートが造り出した耐水性の接着剤を使用することと、板目を交互に交わらせることにより自然木よりも非常に丈夫にすることができた。


 全てはギルバートが発案して船大工に造らせたものである。

 出来あがった船は従来のものより3割方重量を軽減できたにもかかわらず、その頑丈さは倍以上の強度を持っていた。

 薄い小片を多数張り合わせて作った板は、通常の同じ板に比べて5倍もの過重に耐えられた。


 しかも、一旦、型を作ってしまうと、それに合わせて大量に部品が造ることができ、建造にも従来の半分の日数で済むことになったのである。

 帆柱や帆桁すらもこの小片を組み合わせた構造材からできているのである。

 ギルバートは、更に塗料にも工夫をさせ、摩擦を軽減するものでなおかつ剥離しにくい特殊な塗料を開発させたので、船足もそれまでの3割ほど増すことになった。


 無論、帆桁、帆の形、帆の材質も吟味され、ロープ回しなども革新的なほど改良されたため、従来の艦船とはいささか異なる印象を受ける。

 従来の帆船は横帆主体で、縦帆或いは三角帆が無かったため、進路変更には極めて時間がかかった上、切りまわしの際はどうしても風下側に落とされ効率が悪かった。

 だが、新たな方式の横帆、縦帆、三角帆を混合させた船は、風上側に向かっても走れるほど効率が良く、ジャイブからの進路変更も極めて軽快であった。


 縮帆、展帆には重力制御と、ノッチ付きの巻き上げウインチを使用するため、万が一の場合には極めて短時間に切り替えることが可能である。

 既に海軍工廠では次の船を建造中なのであり、4カ月後には更に二隻が竣工することになっている。


 何よりも異なったのは武装である。

 陸軍が漸く使い始めた大砲を搭載し、しかもレールに載せて前後に移動が可能なようにしてあった。

 砲が発射されるとその反動で砲座そのものが後方へ動くようにしたのである。

 これにより、固定式の砲座が破壊される心配は無くなった。


 また、大砲の火薬が一新され、粒状黒色火薬を製造することができるようになったために、その威力が倍近くに跳ね上がった。

 これまでにロルム陸軍で使用されていた砲は精々口径が20ニルのものであったが、それですら、射程距離は600エニルほどであった。

 砲身は非常に分厚い鉄の塊であるため重く、運搬には非常に苦労していた。

 しかも、砲身に台を付けて使うものであるため、射点修正が中々効かない扱いにくいものであった。


 だがギルバートの発案により、砲身に使う鍛造工程の改定により、より強靭な砲身を造ることが可能となり、肉厚は半分以下に減った。

 また、同じくギルバートの提案により砲身に砲耳を付けて台から浮かせることにより、角度による射点修正が可能になったのである。


 砲手は火薬込めの際に、予め用意された一定の重量分の袋入りの火薬を使用するために、装填と発射の間隔が半分ほどになった。

 これまで船に搭載することを諦めていたのは主として砲そのものの重量によるところが大きい。

 砲に火薬を装填し、弾を込めるには一度砲身の前に立って、砲身内の掃除、火薬の装填、更に砲弾の装填という三つの作業をこなせなければならなかったのだが、船内は狭く、それが思うようにできない点に難点があったのである。


 だが、レールを敷いて、反動で後ろに移動する砲は、弾丸を込めるまでの作業を背後で行い、その後に船体から突き出すように砲を前に動かせばよいので極めて効率的になる。

 そのため、新造船には二層の下甲板に砲座を設け、片舷40門、上甲板に防弾板付きの砲で片舷10門を備えていた。

 それまでの大砲は鋳造によるものであったが、鍛造により極めて軽量な大砲ができ上がった。


 新たに造られた粒状黒色火薬は威力も大きく、同じ口径の砲では射程距離は3倍以上に伸びた。

 従来の砲弾は単なる鉄の弾であったが、ギルバートはこれに先込式ながら炸裂弾を生み出していた。

 標的に当たると信管が作動して爆発、大量の火炎を発生させるものであった。


 標的は木造船であり、この火炎弾で海戦は十分対応できる。

 また海岸戦闘のために攻城用の鉄鋼弾も用意させた。

 木造船では単に突き抜けてしまうが、城壁などの固いものに当たると爆発するものである。


 炸薬は粒状黒色火薬なので左程の爆発力は得られないが、それでも発射時の運動エネルギーと併せ持って、城壁の破壊力はかなりのものがある。

 実際に試射段階では、ベリデロンへの沖合にある岩場を見事に破壊してその威力を確認した。

 無論のこと新造戦艦の武器及びその構造などはベリデロンの海軍の最高機密事項とされた。


 新造船の砲術訓練は、ベリデロン西方沖合にある無人島で専ら行われ、一般人がそれを知ることはなかった。

 ベリデロンが王国から預かっている主力艦40隻は向う10年を掛けて新替される予定である。

 特に老朽艦20隻は早期に代替えする必要に迫られていたのであるが、建艦に必要な材料入手が難しく、困っていたのであるが、ギルバートの提案する小さな木片を組み合わせて作る部材の活用でそれも解消した。


 デメトリオス伯爵は、すぐにロルム国王に建艦申請を願い出て、速やかに許可されたのである。

 尤も費用の半額は、伯爵領で賄わなければならなかったが、建艦費用が減少したことで、その費用負担も少なくなったのである。


 さらには、新たな硝石鉱山の開発は順調であり、隣国シャガンド王国からの輸入に頼る必要も無いほど採掘が進んだが、周辺に与える脅威を抑えるために、硝石採掘の事実は伏せられ、これまでどおりシャガンドからの輸入が継続された。

 その一方で、新たな火薬製造の研究開発がアドニスなど魔法師の手で進められていた。

 彼らには化学知識の素養があったので、ギルバートが多少の知識を教えるだけで、ある程度は進められることができたのである。


 尤も、新型火薬の製造の試みは危険も多い。

 そのために、ベリデロンから遠く離れたバク岬付近に新たな実験場が築かれ、そこでアドニスの弟子の中で優秀な者が選ばれて研究開発に入ったのである。

 彼らに与えられた課題は無煙火薬の製造と銃の薬莢付き弾丸の製造開発である。

 どちらも、工場での大量生産が可能なようにシステムとして開発することが求められていた。

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