第27話 リディアの力量

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 リディアの護身術の訓練は、日頃の鍛錬と精進の甲斐あって、始めてから二カ月経つ頃にはしばしばメルーシャの上を行くようになっていた。

 そうして三本勝負で続けて三回メルーシャに勝ってしまった時、メルーシャは微笑みながら言った。


 「 姫様、私から教えることはもうありません。

   姫様は筋が宜しいから、もしこれ以上の鍛錬を御望みならばハインリッヒ殿か

  ギルバート様にお願いするしかございません。」


 リディアも微笑みながら師匠であるメルーシャに言った。

 「 ありがとうございます。

   メルーシャがここまで私を鍛えてくれました。

   私に武術が必要かどうかは別としても、できるならもう少し鍛錬したいと思っ

  ています。

   だから、明日からはギルバートにお願いするようにしますわ。」


 午前、午後共にリディアはギルバートから訓練を受けるようになった。

 リディアとギルバートの訓練は、かなり激しいものである。

 無論メルーシャとの稽古では、そうでは無かったのだが、剣技の稽古では真剣を用いて行う実践的な稽古である。


 通常、道場では真剣は使わない。

 誤って怪我をする可能性が高いからである。

 だが、ギルバートとリディアの剣の稽古は最初から真剣を使った。

 真剣は木刀などに比べると重い。

 その重さに慣れるために、最初からリディアには真剣を持たせたのである。


 無論、ギルバートの超絶的な剣技があってこその稽古である。

 リディアが全力で当たってもギルバートを傷つけることなどできないと知っているからこそリディアは真剣を振りまわせる。

 どれほど巧妙に立ち回っても必ず太刀筋をそらされ、かわされ、次の瞬間にはギルバートの剣がリディアの身体の寸前で止められていた。


 格闘術の方は更に激しく、見ている方がはらはらするほどである。

 足と腕が凶器の如く凄まじい早さで二人の間でかわされ、時にリディアの身体が投げられたり、蹴られて跳ばされたりもする。

 無論手加減はされており、それでリディアが怪我をするようなことは無い。

 だが少なくとも主君筋の姫である。

 何故にそれほどの手厳しい訓練をするのか周囲の者には理解できなかった。


 訓練を初めて半年ほど経った時期に、ギルバートがハインリッヒに頼んで、若手の弟子二人と対戦をさせたことがある。

 一人は剣であり、一人は格闘術である。

 無論怪我をさせてはならないから、互いに防具を付け、剣は木剣である。

 それでも、防具の無いところを叩かれれば怪我をする可能性はある。

 対戦相手になった二人は戦々恐々としていた。


 相手に怪我をさせるわけには行かず、さりとて手加減して万が一にでも負けてしまったなら、後で評判になってしまうだろう。

 中途半端な思いで立ち合った二人は、試合が始まるとすぐに、甘い考えを捨てざるを得なかった。

 軽く打ち合うつもりで出したフリューデルの剣は鋭い太刀筋で跳ね返され、瞬時にリディアの剣が防具すれすれで止められた。

 それが二度も続くと、まぐれでは無い。

 ギルバートから声がかかった。


 「 リディア姫を打ち据えるつもりで掛かられよ。

   さもなくば稽古などにはならない。

   それに、貴方が如何にあがこうがリディア姫には勝てないだろう。

   だから、稽古を付けてもらうつもりで全力で掛かりなさい。」


 フリューデルも道場では四天王とまで言われる剣士であった。

 そうまで言われては後には引けない。

 気を引き締めて立ち合い、フリューデルの渾身の一撃はそれでもかわされ、次の瞬間には防具の胴にリディアの木剣が添えられていた。

 フリューデルは、参ったと言って頭を下げた。


 次に舞台に立たされたのは、キリアンである。

 剣は左程の腕でもないが、こと格闘術となれば師匠のハインリッヒを上回るほどの腕前を持っている。

 しかも大柄な体格であった。

 リディアと比べると頭一つ分背丈が違い、胴周り腕回りは、リディアの倍以上は有りそうである。


 どう見ても子供と大人の試合である。

 だが、最初に打倒されたのはキリアンの方である。

 素早い動きから、胴への回し蹴りを食らったのである。

 その反動で大きなキリアンの身体が2エニルほども飛ばされた。

 防具がその力を半減したものの、かなりの威力があり、キリアンは痛みのために顔を歪めた。


 キリアンはすぐに起き上がって油断せずに立ち向かう。

 少なくとも攻撃の鋭さはハインリッヒを上回ると判断していた。

 ギルバートとリディアの稽古は良く見ていたし、二人が驚くほどのスピードで動きまわるのに感心したものであるが、早さだけでなく威力もあるとなると間違いなく強敵である。

 下手をすると道場の床にはいつくばるのはキリアンであった。


 キリアンはその一撃で完全に意識を切り替え、本気になっていた。

 キリアンは様子見をせずに一気に攻めに転じた。

 腕でパンチを繰り出し、足で鋭い蹴りを連発するがあと一歩のところで届かない。

 防具や道着を掠めるほど近いのであるが、実体には届いていない。

 リディアが紙一重のところでかわしているのである。


 攻撃をしながら、キリアンは冷や汗をかき始めていた。

 これほどの攻撃に耐えられる道場仲間は一人としていなかったはずである。

 連続攻撃もさすがに息が切れ始め、キリアンが一歩下がった途端、リディアの姿が消えた。

 その瞬間、キリアンは先ほどにもまして胴に衝撃を感じた。


 キリアンの重量のある身体が空中を跳び、床にたたきつけられたのである。

 キリアンはその衝撃で暫く息ができなかった。

 キリアンは、息ができるようになって床に座り込み、潔く負けを認めた。


 防具が無ければ恐らくはあばら骨を何本かへし折られていただろう。

 ギルバートに対しては、全く歯が立たないリディアではあるが、こうして名実ともに道場の高弟と同じ地位を得たのである。

 そうした目覚ましい進歩にもかかわらず、リディアの稽古は更に続けられていた。

 但し、時間は減った。

 さらに午前中にギルバートの部屋に行く時間も大幅に減った。


 その代わりにヘルメスが入り浸るようになっていた。

 ヘルメスもまた、ギルバートから超能力の教えを受け、なおかつ武術も習うようになったのである。

 従って道場でギルバートと主に稽古をするのはリディアからヘルメスに変わりつつあった。

 その分、リディアは所謂女性の御稽古ごとに力を入れ始めたのである。

 リディアも後半年すれば17歳の誕生日を迎えることになる。

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