第26話 能力(ちから)の発現

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 メルーシャの秘密を知って、リディアは狼狽した。

 『 ギルバート、・・・。

   人の意識を覗くって、何だか人の隠しておきたい秘密を暴きたてるみたいで嫌

  だわ。』

 『 そうだね。

   リディも必要が無い限りはその力を使わない方がいい。

   リディがそうした力を持っていることを知られると、人はそれを自分の利益の

  ために利用しようと考える。

   利用できなければ敵勢力に加わることを恐れて抹殺しようともするだろう。

   そんなことを考えない人にとっては、リディは称賛されるべき人物としてもて

  はやされるかもしれないが、同時に妬みや誹りの対象にもなる。

   場合によっては君の家族もその妬みや誹りの対象になり、命さえ危うくなる可

  能性もある。

   だから、リディにそんな特殊な能力があることは絶対に伏せておかねばならな

  い。

   いいね。』


 リディアは頷いた。

 ギルバートはその後で、ベリデロンを襲った危機について詳細に語ってくれた。

 ある意味で危機一髪のところでギルバートが敵の魔手からベリデロンの城郭を守ってくれたことを初めて知った。

 もし、ギルバートがいなければ、デメトリオスとヘルメスだけは何とか助かったかもしれないが、イスメラルダとリディアは無事では済まなかっただろう。


 それにアドニスの結界は8つの魔法全てには必ずしも対応していないから、デメトリオスとヘルメスも危うかった可能性は否定できないのである。

 その後、ギルバートは人ごみの中で意識を選別したり、あるいはそうした意識を無視したりする方法を教えてくれた。


 また、能力者には精霊や妖精が見える場合があるという。

 いつかはわからないけれど、朝起きた時に周囲に沢山の小人や天井や壁に顔が見えたらそれが精霊や妖精だと言う。

 これまでおとぎ話では聞いたことがあるが、実際にそんなものが存在するとは思わなかった。

 妖精や精霊は言葉では会話できないが、テレパシーを使うとできるそうである。


 そうして大事なことが一つ、いつかリディアの能力の一部が覚醒して色々なことができるようになるが、決して私利私欲のために使わないで欲しいと言われた。

 同時に、能力があるのにそれを隠し通すのは非常に難しいことだとも教わった。

 誰かを助ける場合に、他の誰かに知られてしまうと言う前提条件ならば、能力を使ってはいけないという。


 誰にも知られずに行うなら構わないが、そうでなければ目の前で人が溺れていても助けてはならないというのである。

 リディアは反発した。

 人として目の前に助けられる人がいるならばできる限りの助けの手をさしのべるべきだといったのである。

 ギルバートはそのことを否定はしなかった。


 助けられるならそうすべきだ。

 だが、それは能力を知られる危険を冒してまでしてはならない。

 ギルバートがその場面に遭遇したなら、自分の命を危険に晒しても自らの体力を使って助けに行くと言う。

 しかしながら超能力を使ってしか助けることができない場合であって、人目にそれが察知される場合ならギルバートは見殺しにする事もあり得ると言った。


 仮に、リディアがその様な場面で能力を使い、使ったことでリディアの家族、更には友人や知人に迷惑がかかり、その人の命の危険を掛けてまで助けるかと言われ、答えに窮した。

 リディアに特殊な能力があり、それが悪人の目に止まった場合、悪人は例えばクリスティナの幼子を誘拐して、リディアにロルム王を殺せと指示することもある。

 その場合、リディアはどうするのと問われたのである。


 リディアは言うことを聞くか、幼子を見殺しにするか、もしくは自分の命を絶つことぐらいしか方法が残されていないだろう。

 本当にそんなことが起こり得ると聞いて、リディアは震撼した。

 リディアの周囲に本当の意味で悪人と呼ばれる人は存在しない。

 ベリデロンの領内に盗賊や殺人などが稀に起きることは知っていた。

 だが、少なくとも城郭の中ではそんなことはないのである。


 だから、ルキアノスがクバ岬の近くで殺されたことを知った時には、まだ幼かったこともあって、その意味することが判らなかった。

 ただ、優しかった兄の一人が死んで、顔が見られなくなったことがとても悲しかった。

 そうして何となくではあるが、死というものが周囲に与える影響を感じ取ったのもその頃である。


 暫くの間は、明るかった母の顔が随分と暗くなり、無口になった。

 父も何となく怖い顔をしている日が多くなり、家族の間に会話が少し途切れてしまった。

 結婚間近のクリスティナも兄のヘルメスも暫くの間は口数が減った。

 ヘルメスは半年後に王国の近衛騎士団に入隊するためにベリデロンを去った。

 更にその半年後、ルキアノスの喪が明けて、クリスティナも子爵の元へ嫁いで行った。


 喪が明けてから、次第に母は普段の明るさを取り戻したようだった。

 メルーシャがリディアの侍女として雇われたのもその時期であった。

 何も起こらなければいいのだが、本当に選択に困る場合もあるだろう。

 ギルバートはそのために身体を鍛え、どのような事態にでも対処できるようにしていたいと言った。


 リディアは、ギルバートにならって同じように身体を鍛錬しようと思った。

 メルーシャが一応の護身術は教えてくれているのだが、何とは無くおざなりの気分でやっていたから上達もしなかった。

 だが、自分で後悔しないためには少なくともいつでも自分の身体が自由に思うように動けるようにしておかなければならないし、相応の体力も必要だと思ったのだ。

 リディアは午後をその鍛錬の時間にあてることにした。

 メルーシャが女性にも扱える細身の剣を教え、ギルバートは素手による格闘術を教えることになった。


 最初の二日は身体が思うように動かず疲労だけが溜まった。

 だが三日目からは慣れて来たのか動きが良くなってきた。

 そうして四日目の朝、目覚めた時にリディアは妖精と精霊達を目にすることになった。

 最初はさすがにぎょっとしたものである。


 誰もいないはずの自分の部屋を埋め尽くすように小人たちが多数いたからである。

 思わず叫び声を上げそうになってギルバートの言葉を思い出し、妖精や精霊達と挨拶を交わした。

 彼らは善なる心を持っていたが、悪意の無い悪戯をときどきすることもわかった。

 リディアは彼らと友達になったのである。

 リディアの日課は、午前中は超能力の訓練であり、午後は専ら体力と護身術の稽古に当てられている。


 8日目の朝、リディアが目覚めた時、ネグリジェ姿のまま雪景色の中にいるのに気づいた。

 凍てつく寒さは厳しく風雪も激しかった。

 このままでは凍死する恐れさえあった。

 一瞬、どうなっているのかわけがわからず混乱し、ギルバートに助けを求めた。


 思念で呼びかけた途端、ギルバートも、また、パジャマ姿ですぐ傍に現れた。

 次の瞬間には、リディアの寝室にギルバートに抱きかかえられたまま立っていた。

 ベリデロンは、マンセル月も半ば、初秋であり、すごしやすい季節を迎えようとしていたが、まだまだ日中の暑さは残っている。

 極寒の地から移っただけで暖かさの恵みが判ったが、それ以上にギルバートの身体の温もりが嬉しかった。


 ギルバートはリディアがテレポートを覚えたのだと説明してくれた。

 超能力は突然発現することがある。

 発現した時にその力をコントロールできていなければ、本人は死の淵に佇むことにもなるのである。

 いきなり溶岩で煮えたぎっている火口にでも入り込んだ日には先ず助からないだろうし、空気の無い宇宙にでもテレポートしていたならば、帰る方法が判らなければ僅かの時間で窒息するだろう。

 その意味でリディアはついていたともいえる。


 リディアは既にテレパスとテレキネシスを使えるようになっていたし、癒しの力が次第に増して来ているのも自分で知っていた。

 テレポートも混乱していながらもギルバートが連れ帰った時にその力の使い方を何となく掴んだ様な気がしていた。

 ギルバートとテレパスでリンクしながらのテレポートだったからである。

 リディアが行った先は、400ケニルも離れたシェラ大陸の極地近くの山岳部であった。

 ここは通年雪も氷も解けない地域であった。

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